ソーダ

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  • 返信先: 共存地区〈オオヒト区〉の話 #1265
    ソーダ
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    巨人狼

     

    『巨人狼?』
    タツヒコさんが、タクトさんから聞いた言葉をそのまま聞き返した。
    『そっす。ちょっとしたゲームなんですけど、少しやってみませんか?』

    ここはタツヒコさんの家。
    『寒くなってきたし鍋でもしようぜ!』というタツヒコさんに呼びかけられて、俺と、レイさん&キョウイチさんのカップル、そしてタクトさん、タクマさん、ソウタさんの、「居酒屋てる」常連巨人の3人組の、計7人が集まって、鍋パーティーをすることになった。
    タツヒコさんの作る美味しい鍋をごちそうになって、一息ついた頃。タクトさん達3人から、あるゲームを持ちかけられたのだ。
    タクトさんの説明によると、こういうゲームらしい――

    あるところに平和な人間の村があった。その村に、人喰いの巨人狼が紛れ込んだという。
    巨人狼は、昼の間は人間の姿に化け、嘘をついて正体を隠しているため、村人達には誰が巨人狼なのか分からない。
    そして巨人狼は、夜になると元の姿に戻って、村人を襲撃して捕食してしまう。
    毎晩、ひとり、またひとりと村人は数を減らしていく……
    そこで村人達は、毎朝会議を開き、巨人狼と疑わしい人物を1人選び、処刑することに決めた――

    ……まあ要するに、村人陣営と巨人狼陣営に分かれて、紛れ込んだ巨人狼を見抜ければ村人の勝ち、嘘がバレずに村人を喰い続けられれば巨人狼の勝ち、っていうゲームなんですけどね。動画サイトに遊んでるところアップしてる人とかいて、面白そうだなーと思って。ちょっとやってみませんか?』
    とタクトさん。
    『へー、結構面白そうじゃねえか。いっちょやってみるか!』
    タツヒコさんは乗り気な様子で、口の端をニッと吊り上げた。タツヒコさんは、こういう勝負事みたいなのは結構好きみたいだ。
    俺も、なんだかワクワクしてきて「そうっすね!面白そうっす!」と巨人に負けないように声を張り上げた。
    レイさんも「面白そうだね。やってみよう?」と、キョウイチさんを誘っている。
    『む……俺はあんまり嘘とか演技は得意じゃないけど、レイがそう言うなら、ちょっとやってみるか』
    と、キョウイチさんはあまり自信はなさそうだったけど、最後は覚悟を決めたような表情で参加する意思を示した。
    『良かった! 俺達、前からやってみたかったんですけど、ある程度人数が必要だから、なかなか実際にプレイできてなかったんですよね』
    『そうそう』
    タクマさんとソウタさんが、互いに頷き合いながら言った。
    タクトさんも、嬉しそうに俺達に笑顔を向けて話す。
    『よし、じゃあ早速始めてみましょうか! ルールをもう少し説明すると、さっきも言った通り、村人陣営と巨人狼陣営に分かれて、話し合いをしてそれぞれの陣営の勝利を目指すゲームって感じっす。村人陣営は、巨人狼を追い出したら勝ち。巨人狼は、村人を自分と同数まで減らしたら勝ち。で、村人陣営には、ただの村人以外にもいくつか役職があるっす』
    と言いながら、タクトさんは何枚かのカードを取り出した。タクトさんにとっては掌サイズだが、俺からすると布団ぐらいの大きさがある。
    『例えば占い師は、毎晩別の誰かを占って、その人が巨人狼かそうではないかを判別することができる役職っす。他にも騎士は、毎晩巨人狼の襲撃から自分以外の誰かを一人守ることができるっす。今回は村人3人、占い師1人、騎士1人、巨人狼1体でやってみましょっか。あと、今回は俺がゲームマスターをやるっすね』
    「ゲームマスターって?」
    俺が尋ねると、タクトさんが
    『簡単に言うと、ゲームの進行役っすね。話し合いの時間を計ったり、誰が喰われたのか発表したりするっす』
    と解説してくれた。
    『役職は、このカードをランダムで配るんで、それで決めていきまーす』
    タクトさんは、手にしていたカードをシャカシャカとシャッフルし、表面を伏せてみんなの前に1枚ずつ配った。
    『じゃあ、ひとりずつ、自分にだけ見えるようにカードをめくって役職を確認していきましょう。めくった時のリアクションも、推理のヒントになるから皆さんしっかり見ててくださいねー。あ、ヨシキチ君とレイ君はめくりづらそうっすから、ゲームマスターの俺がめくるっすね』
    タクトさんの進行で、タクマさん、ソウタさん、レイさん、キョウイチさん、タツヒコさん、そして俺の順番で、それぞれ役職を確認していった。

    タクマさんは、カードを見た後も、いつも通り朗らかな感じで、でもちょっとドキドキしているような気もする。
    ソウタさんは、カードを伏せてから、フーっと息を吐いていた。
    レイさんは、あまり普段の様子と変わりなく、ニュートラルな感じだ。
    キョウイチさんは、口を真一文字に結んで、やや緊張感が漂った表情をしている。
    そして、隣にいるタツヒコさんの顔を見上げた時には、ニヤッと口角を上げていた。
    ……うーん、これだけだと誰が巨人狼なのか判断するのは難しそうだ。
    最後に、俺が確認する番になった。タクトさんの大きな手の指先が、俺の目の前に伏せてある布団サイズのカードを、そっとめくった。俺だけに見えているカードの表面には、光る水晶を覗き込む人物のイラストが描かれていた。
    なるほど。俺の役職は占い師か。
    俺は合図して、役職を確認し終えたことをタクトさんに伝える。するとカードは再び伏せられ、タクトさんの巨大な手もスッと引っ込まれた。

    『じゃあ、全員見終わったところで、まずは役職の確認のため、夜のターンに入るっす。みんな目を伏せて眠りについてくださーい』
    タクトさんの指示で、全員伏せる。
    『それでは、巨人狼の人だけ目を覚ましてくださいっす』
    この瞬間、巨人狼だけが顔を上げて俺達を見下ろしてるのか……と思うと少しドキドキした。
    『はい、了解っす。じゃあ巨人狼さんはまた伏せてください。じゃあ次は占い師の人、目を覚ましてくださいっす』
    俺はそっと目を開けて、顔を上げる。他の巨人4人と人間1人が机に顔を伏せているのと、タクトさんがこちらを見下ろしているのが見えた。
    『はい、それでは占い師さん。今晩誰を占いたいか教えてくださいっす』
    そう問われて、俺はちょっと困惑した。5人の中にいる巨人狼をピンポイントで当てるのは、なかなか難しそうだ。まだ誰が怪しいのかの見当も付いていない。……でも、強いて言うなら、カードを見てニヤッと笑っていたタツヒコさんが怪しい、のかもしれない。それにもし、占いの結果タツヒコさんが村人である事が判明すれば、心強い見方になってくれそうだ。
    そう思って、俺はタツヒコさんを指差した。
    『はい、了解っす。その人はコレっす』
    タクトさんは、両手の人差し指でバツを作った。マルが巨人狼のサインで、バツが村人のサインだと先ほど説明を受けていた。
    そっか。タツヒコさんも村人なのか。そう思うと、ちょっとホッとした。
    『じゃあ占い師さんも再び眠りについてくださーい』
    タクトさんの指示に従って、俺は顔を伏せる。

    『それでは、夜が明けました。みんな起きてくださーい!』
    俺が顔を上げると、他の人も同じように顔を上げているところだった。
    『これから朝の会議を始めます。話し合いで、巨人狼と疑わしい人を探ってください。時間は2分っす。では、会議スタート!』
    タクトさんはスマホでアラームをセットし、スイッチを押した。
    『さて……この中に1人巨人狼がいるってことだよね』
    少し眉を下げながら言ったのはタクマさん。そして、そこから様々な意見が飛び交い始める。
    『ソウタ、カード見た後ため息ついてなかった?』
    『いや、村人だったからホッとしたからで! そう言うタクマもちょっとソワソワしてなかったか?』
    『いやいや! 俺は、今回始めて巨人狼するからちょっとテンションあがってて……
    とか
    「ヨシキチ君は、何か役職があるような気がするんだよね~」
    ……俺もそう思う』
    「えぇっ? いや、そのー……
    なんてやりとりをわちゃわちゃやってると、話がまとまらなくなってきた。
    その時、タクトさんの『あと1分でーす』と、残り時間を知らせる声が聞こえてきた。
    するとタクマさんがみんなに質問を投げかけた。
    『役職見たときのリアクションで、他に何か気になった人はいる?』
    それに対し、ソウタさんが小さく手を上げながら発言した。
    『俺、タツヒコさんがカードめくった後ちょっとニヤっとしてたのが気になったような……
    いきなり話を振られたタツヒコさんが、びっくりしたように肩を震わせ、
    『お、俺か!? 俺は違うぞ、絶対村人だからな!』
    と大声で潔白を主張した。しかし、
    『俺も笑ってたようなのがちょっと気になっていました』
    タクマさんも、ソウタさんの意見に同調するように頷いた。
    ヤバい。タツヒコさんが疑われてる……。タツヒコさんは巨人狼じゃないって占いの結果が出ているのに。
    ていうか今この場でタツヒコさんは違うって証明できるのは、俺だけ、のはずだよな。
    「お、俺はタツヒコさんは巨人狼じゃないと思うっす!」
    なんとかタツヒコさんを助けないと!っと思って俺は咄嗟に叫んでしまった。すると、レイさんが俺の目をじっと見つめてくる。そして
    「じゃあ、何かそう思う根拠があるの?」
    と尋ねられてしまった。
    ……そりゃあ占いで分かってるからだけど……このタイミングで、俺が占い師だと名乗り出ても大丈夫なんだろうか? 巨人狼にも正体を知られるわけで、そうなったら、巨人狼の脅威である占い師は真っ先に餌食にされてしまうはず。……いや、騎士がいるから、俺を守ってくれれば……
    そんなことをグルグルと考えていると、タクトさんの『あと10秒です』という声が。
    くっ、こうなったら……
    「俺、占い師っす!んでタツヒコさんを占ったら村人だって出ました!だからタツヒコさんは違うっす!あと、騎士さん俺を守って欲しいっす!」
    俺は言いたい事を一気にまくしたてた。するとタツヒコさんは、驚いた顔で俺を見下ろす。
    『お、おおっ!? 俺の無実を証明してくれんのか? よーしよし、偉いぞー!』
    タツヒコさんが、木の幹のような太さの人差し指で俺の頭をガシガシと撫で回してくるので、俺はしばらくタツヒコさんの指のなすがままにされていた。そうこうしてるうちに、スマホのアラームがピピピっと鳴って、『はーい議論終了でーす』とタクトさんが会議の時間の終わりを告げた。

    『じゃあ、会議の内容を踏まえて、一番怪しいと思う人にせーので指をさしてください。いきますよー?せーのっ!』
    タクトさんの掛け声と共に、全員が思い思いに指をさす。結果、一番票を集めたのは、3人から指をさされたソウタさんだった。
    「タツヒコさんが巨人狼じゃないっていうのを信じるのなら、そのタツヒコさんを疑ってたソウタ君かなぁって思って」
    ソウタさんに1票入れたレイさんが、その理由を答えた。
    『えぇー!? そんなぁ』
    当のソウタさんは、驚いてうなだれていた。
    『俺もレイと同じ理由でソウタに入れたぞ』
    「俺もっす!」
    タツヒコさんに続いて、俺も答えた。
    キョウイチさんを指したタクマさんは、まだ決めかねてるといった雰囲気だけど、理由を説明してくれた。
    『うーん、俺はとにかく、今議論の中心だったタツヒコさんやソウタ、ヨシキチ君は外しといた方が良いかなぁっと思って、あまり喋ってなかったキョウイチさんに何となく入れてみました』
    ……俺も、いまいち良く分からなかったから、勘で入れた』
    タクマさんを指さしたキョウイチさんも、そう短く答えた。

    『会議の結果、処刑されるのはソウタになりましたー!』
    『うーん、残念……
    ソウタさんはがっかりとしながら、テーブルから少し下がった位置にズシンと座り直した。脱落した者は、一切喋ったりヒントになるような動きをしてはいけないルールだからだ。
    『さーて、処刑を行ったにもかかわらず、恐ろしい夜がやって来たっすよー。みんな眠りについてくださーい!』
    タクトさんの号令で、みんな顔を伏せる。
    『では巨人狼さん、起きて今晩誰を餌食にするのか教えてくださいっす』
    しばらく静かな時間が過ぎた後、
    『分かりました。ではもっかい伏せてください。次は占い師さん、起きて誰を占うのか指定してほしいっす』
    タクトさんの指示に従って、俺は顔を上げる。今度はタクマさんを占おうと思っていたので早速指さした。
    『了解っす。その人はこうっす』
    タクトさんが、指でバツを作った。それを確認して、俺はタクトさんに頷いて見せた。
    『では占い師さんも伏せてください。次は騎士さん、起きて今晩誰を守るのか教えてくださーい』
    またしばらく静かな時間が流れてから、
    『オッケーっす。では伏せてください。……さて、朝がやってきましたよー!みんな起きるっす!』
    タクトさんが皆に声をかける。全員顔を上げたのを確認した後、タクトさんは発表した。
    『この日……なんと、襲われた人はいないっす!』
    一瞬、みんなの頭の上に「?」が浮かぶ。しかし
    「それってつまり……騎士が誰かを守ったってこと?」
    レイさんの言葉に、みんなおぉーっと声を上げた。そして誰とも分からない騎士へ向けてパチパチと拍手が沸き上がった。
    『じゃあ今から2分間、朝の会議スタートっす』
    タクトさんの進行により、再び朝の会議が始まる。最初に口を開いたのはタクマさんだった。
    『巨人狼はきっと、占い師のヨシキチ君を襲おうとして失敗したみたいだね。それでヨシキチ君、今回は誰を占ったのかな?』
    俺は素直に答える。
    「タクマさんを占いました。そしたら村人だって出ました!」
    『おっ!そうか! だったら俺の疑いも晴れそうだな!』
    タクマさんは嬉しそうに笑った。
    「いやいや、まだ信頼するのは早いかもですよ~? ヨシキチ君が巨人狼の可能性だって捨てきれないんだし」
    レイさんが、そんなタクマさんに釘をさすように言う。
    『うーん、そりゃあ、ヨシキチ君が絶対占い師だとは言い切れないけど……』『でも嘘を付く理由なんか……』『いや、もしかしたら、自分が疑われないために占い師を名乗ってる可能性だって……』などと憶測が飛び交う。
    そんな中、話題を変えるように、タクマさんはキョウイチさんの方へ向き直った。
    『前回の会議でもあまり口数が多くなかったですけど、キョウイチさんはどう思います?』
    この時、タクマさんも、特別確信があってキョウイチさんに話題を振ったんじゃないと思う。でも、全員の目が集中したキョウイチさんは、なぜか妙に硬くなっていた。
    『お、俺、は……巨人狼じゃない……ぞ?』
    かろうじでそう話すキョウイチさんの額には汗がにじんでいて、話し終えた後に固く結んだ口は真一文字を通り越して若干への字になってしまっている。
    その発言や表情から、なんだかもう色々と明らかだった。恋人であるレイさんですら「あーあー……」みたいな顔をしてキョウイチさんを見上げている。
    結局そのままキョウイチさんは自分への疑いを晴らせないまま、会議の時間が終了し、5票も入れられたキョウイチさんが処刑される羽目に。
    『さて、皆さんを脅かす巨人狼はもういません!村人陣営の勝ちっす!』
    タクトさんの発表で、あっさりとこのゲームの勝負がついたことが明かされた。
    『おっしゃあ!勝ったぜ!!』
    タツヒコさんが嬉しそうにガッツポーズを決めている。そして俺を見下ろして、布団サイズのでっかいカードを指先で摘み上げ、その表面を見せながら話してくれた。
    『俺、騎士だったんだよ! 面白そうな役もらったなーって思わずニヤッとしてたら疑われちまって焦ったけどよ』
    なるほど、あの笑みはそういう意味だったのか。
    『で、占い師が襲撃されそうだなぁと思って、ヨシキチを守ってやってたんだ』
    「えっ、そうだったんですか!? ありがとうございます、タツヒコさん!」
    タツヒコさんが俺を守ってくれてたのか!と嬉しくなった俺はタツヒコさんの指にギューっと抱きついて、感謝の気持ちを示した。その一方で、ズーンと肩を落としているキョウイチさん。
    『くそー……やっぱり俺、嘘吐くの下手だなー……
    レイさんが、キョウイチさんの手元まで駆け寄って、指をよしよしと撫でて慰めていた。
    「まぁまぁ、そこがキョウイチの良いところだしね。今回はツイてなかったね」
    『ははっ。まあ、巨人狼ひとりで嘘突き通さないといけないのは大変だったかもなぁ。じゃあ、今度は狂人を入れてもっかいだけやってみないっすか?』
    タクトさんが、皆が持っていたカードを回収しながらそんな提案をした。
    『狂人?』
    キョウイチさんが聞き返す。
    『狂人っていうのは、村人でありながら、巨人狼側に味方する役職っすね。巨人狼が勝つと、狂人も勝ち判定になるっす。ただし、巨人狼からは誰が狂人かは分からないし、狂人からも誰が巨人狼なのかは分からないところが注意点っすね。あと、占いされた時は村人だという結果が出るっす』
    なるほど、そんな役職もあるのか。そうなると、余計に巨人狼を探り当てるのが難しくなりそうだ。
    『そうか……。それなら、万が一もう一度俺が巨人狼になってもなんとかなるかもしれないな。それに、このまま負けたまま帰るのも悔しいから、もう一回やってみよう』
    キョウイチさんはレイさんに慰められたからか、気を取り直したようにグッと拳を握り締めて、そう呟いた。レイさんもそれを聞いてうんうんと首を縦に振っている。
    「確かに、俺も面白そうだと思います! タクトさん、やりましょう!」
    俺もタクトさんに向かってそう言った。するとタクトさんはニカッと笑って
    『よっしゃ! それじゃあ決まりっすね!』
    と、嬉しそうに声を上げた。そんなタクトさんに、タクマさんが声をかける。
    『じゃあ、今度は俺がゲームマスターやるよ。タクトもプレイヤーやってみたいだろ?』
    『お、そうか。ありがとなタクマ!』
    とお礼を言ったタクトさんは、持っていたカードの束をタクマさんに手渡した。タクマさんは、その束から村人のカードを1枚引き抜き、代わりに狂人のカードを入れて、何度かシャッフルした後みんなの前に配った。

    『では、第2回戦開始です。ひとりずつ役職を確認していきましょう』
    タクマさんの進行に沿って、1回戦と同じようにカードをめくって確認していく。
    皆、さっきよりもポーカーフェイス気味で、読み取れることが少ない感じだった。あのキョウイチさんですら、強面の顔に多少力が入ってるものの、見るからに怪しいといった雰囲気は無い。

    一通り互いの反応を確認した後、ゲームマスターの巨人狼の確認と、占い師が誰を占うのかを決める時間が取られる。
    『それでは、朝が来ましたので全員起きてください』
    タクマさんに促されて、全員が顔を上げる。
    『では今から2分間、朝の会議スタートです』
    タクマさんの合図の後すぐ、レイさんが両手を上げながら発言した。
    「僕、占い師です! ヨシキチ君を占ったら村人って出ました!」
    『えっ……? 占い師は俺なんだけど』
    ソウタさんがきょとんとしながら答える。
    『どういうことだ?』
    キョウイチさんも、眉間にしわを寄せて、ちょっと戸惑ったように言った。
    『っつーことはつまり……レイとソウタのどっちかが嘘吐いてる狂人ってことか?』
    と、片方の眉を上げて話すタツヒコさん。そこにタクトさんが付け足すように言う。
    『嘘をついてるのが、巨人狼の可能性だってあるっすよ』
    うーん、なんだか1回目の時よりも複雑になってきた気がするぞ……
    『ソウタは誰を占ったんだ?』
    キョウイチさんが尋ねると
    『俺もヨシキチ君。村人だって出ました』
    と返すソウタさん。
    それなら、俺はどちらの占い師からも疑われてないってことなのかな?
    なんて風にひとりで安心してる間にも、そいつはカードを見る時間が長かっただとか、あいつはカードを見た後耳が赤くなってなかったか?とか、みんなそれぞれの証言を元にガヤガヤと議論していく。でも、結局結論が出ることはなく、時間切れになってしまった。
    『はい、じゃあここで投票タイムに入ります!』
    タクマさんがそう宣言すると、各々一番疑わしい人を指さす。
    一番票を入れられたのは、3票のタクトさんだった。
    『とりあえず、レイとソウタとヨシキチ以外に票入れようと思ってよ。キョウイチに入れるか迷ったけど』
    「俺もそんな感じっす!」
    「僕もだよ」
    タツヒコさんの意見を筆頭に、俺とレイさんも投票の理由を答えた。
    ソウタさんはキョウイチさんに入れて1票、タクトさんとキョウイチさんはタツヒコさんに入れて2票集めることとなった。
    『では、朝の会議の結果、処刑されるのはタクトです!』
    『うがー!くそー!できればもっと長く生き残りたかった……
    タクトさんは相当悔しそうに呟きながら、少しテーブルから身を離した。

    『さぁ、疑わしい人を処刑したにもかかわらず、恐ろしい夜がやって来ました。全員眠りについてくださいね』
    タクマさんのアナウンスで、全員が一斉に顔を伏せた。ゲームが続行しているってことは、まだ巨人狼が潜んでいるということだ。
    『巨人狼さんは目を覚まして、今晩のターゲットを選択してください』
    しばらくの間の後、
    『はい。分かりました。では眠りについてください。では続いて占い師さん。今夜占いたい人を指定してください』
    それからまたしばらくして
    『分かりました。この人はこうです。では伏せてください。……続いて、騎士さん。目覚めてください。そして今日、巨人狼の襲撃から守りたい人を選んでください』
    今回は特別な能力のない村人だからか、顔を伏せている間のドキドキ感もさっきより増しているような気がする。
    やがて、今晩の皆の夜の行動が決まったようで、タクマさんが全員に呼びかけた。
    『皆さん、朝になりました。起きてくださーい!』
    皆が顔を上げると、タクマさんが続けて発表する。
    『さて、皆さんが目を覚ますと、一軒の家の屋根に無残にも大きな穴が開いてるのが見えました。……そこはキョウイチさんの家でした。そしてキョウイチさんの姿はどこにも見当たりません。恐らく巨人狼に食べられてしまったのでしょう。ということで、キョウイチさんはここで脱落です』
    タクマさんの宣言に、
    『むぅ……そうか……
    キョウイチさんは残念そうに俯いて、少し後ろに身を引いた。
    『それじゃあ、朝の会議を始めましょう。時間は2分です』
    タクマさんの仕切りで会議が始まった途端に、レイさんが大きくアピールするかのように両手を振りながら言った。
    「はいはーい!僕、タツヒコさんを占いました! 村人だって出ました!ヨシキチ君とタツヒコさんが村人だから、巨人狼は絶対ソウタ君です!」
    『ええっ? 違うよ、俺がタツヒコさんを占って、巨人狼だって出たんだ!だから巨人狼はタツヒコさん!』
    真っ向から意見が食い違うふたり。
    でっかいソウタさんを相手にしても、全く気圧されずに意見を主張するレイさんと、若干押され気味な様子のソウタさん。
    しばらく「巨人狼だ!」『巨人狼じゃない!』と押し問答が続いた後、タツヒコさんが口を開いた。
    『俺から見れば、レイとソウタのどっちかが狂人なんだと思うんだよなー。で、俺を陥れようとしてくるソウタが怪しいと思う』
    そう……なんだろうか。でも確かに、強いて言えば、いの一番に発言しているレイさんの方が信用できる……のかな?という気がした。ソウタさんの発言は、後手後手に回っている印象だった。
    『はーい、議論終了です!投票タイムに移ります』
    タクマさんの合図に合わせて、みんな一斉に、疑わしい人物に指をさす。
    ソウタさんは自分の宣告通りにタツヒコさん、レイさんも先ほどの主張通りにソウタさんを指さした。タツヒコさんもソウタさんを、そして……俺もソウタさんを選んだ結果、ソウタさんが3票集めて処刑されることになった。
    『ぃよっしぃ! これで村人側の勝利だな!』
    タツヒコさんが嬉しそうにガッツポーズをしてるところを見ると、どうやら本当にタツヒコさんは巨人狼ではないらしい。俺はホッとため息をついた。
    そんな中、タクマさんが『では今回の会議で、ソウタが脱落となります』と宣言する。
    『そっか、まぁ……こうなったらもう仕方がないね……
    残念そうに微笑みながら、ソウタさんはテーブルから少し身を退いた。

    と、ここでタクマさんが突如、全員の注目を集めるようにパンパンと手を叩いた。
    『はーい、もう騎士が生き残っていないので、この時点で村人がひとり必ず捕食されるのが確定して、巨人狼の勝ちとなりました! 今回のゲームの巨人狼は――
    タクマさんがそう言いかけたところで、突然、俺の身体が宙に釣り上げられる感覚に襲われた。
    「えっ、うわあっ!?」
    思わず声を上げてしまう俺。すると、俺の目の前には……
    舌なめずりをしながら、ジロリと大きな瞳をこちらに向けるタツヒコさんの顔があった。

    『へへへ……悪いなヨシキチ』
    そう言うと、ほくそ笑むような視線で俺を睨みつけたまま、タツヒコさんはゆっくりとその巨大な口を開ける。大きな歯が露になり、その向こうに巨大な軟体生物のような赤い舌が覗いている。
    「ま、まさかタツヒコさんが……
    俺が呆然としている間に、俺を摘んだタツヒコさんの手が更に上空へと移動し、俺はタツヒコさんの口の真上で宙ぶらりんになってしまった。下から、タツヒコさんが吐いた息が吹き上がってくる。先ほどまで食べていた鍋の出汁の臭いが漂ってきた。そして下を見る俺の視線の先、歯と歯の間に、鍋の具材だった肉の欠片が挟まっているのが見えた。
    お、俺もああなっちゃうのか……!?
    「う、嘘ですよねタツヒコさん……助けてぇ!」
    俺が必死に叫んでいると、タツヒコさんはニヤニヤと笑いながら『あ~ん』と更に大きく口を開け、手をゆっくりと降ろしていく。
    赤くテラテラと不気味に光る舌が、俺を待ち構えるかのように口から飛び出している。
    その舌にあと数10センチで着地してしまう……というところで、
    『はい、そこまでー! もう、タツヒコさん、結果を発表する前にネタバレしないでください!』
    タクマさんがストップをかけてくれたおかげで、タツヒコさんは慌てて口を閉じ、俺を静かにテーブルへと降ろした。
    『ははは、わりぃわりぃ。ちょっと面白そうなこと思いついちまったもんだからよ』
    『まったくもう……。それじゃあ、もうバレちゃったけど改めて発表しちゃいます。今回の巨人狼は、タツヒコさんでしたー! そして狂人はレイ君でした!』
    タクマさんの宣言で、村人側はええっ!と声を上げた。
    『よーしぃ!また勝ったぜー!』
    タツヒコさんが両腕を突き上げて喜びの声を上げる。そして左手を下ろすと、人差し指をレイさんの方へ向ける。すると
    「やりましたね! タツヒコさん!」
    『おう!』
    レイさんはタツヒコさんの指に掌をパンッと合わせ、ハイタッチのようなことをしていた。
    「僕、最初の役職確認の時から、なんとなーくタツヒコさんが巨人狼じゃないかなーって目星を付けてたんだよね。だから占い師を騙って、タツヒコさんを村人だってことにして、僕が狂人だって気付いてもらおうとしたんだよね~」
    と、レイさんは種明かしをしてくれた。
    タツヒコさんも、イタズラがバレた後のイタズラッ子みたいな表情で話してくれた。
    『おう、レイが俺を村人だって言ってくれたから、すぐに狂人だって気付いたぞ!』
    なるほど、俺達が気付かないうちに、巨人狼陣営で結託が出来上がっていたのか……
    『お、俺は騎士だったんだけど、レイを守っちまってた……
    キョウイチさんは、がっくりとしながら打ち明けて、「あらら、狂人の僕を守ってくれてたんだ~。ありがとね~キョウイチ~」とレイさんはニンマリ勝ち誇ったような顔をしていた。それを見ながら、
    『はははっ、まあ、こういう騙し合いがあってこその、巨人狼ゲームですからね~。俺は結構楽しめたけど、皆さんはどうでした?』
    とタクマさん。
    『俺も楽しかったぞ!なんせ2勝したからな!』
    ガハハと笑うタツヒコさん。レイさんもそれに続いて
    「僕も! ハッタリ仕掛けるのはドキドキしたけど楽しかったー!」
    と、満面な笑顔を見せた。一方キョウイチさんは
    ……俺は負けちまったけど、次は勝てるようにがんばりたい』
    ちょっと悔しそうに顔を歪めていた。
    「あ、じゃあ僕が演技指導つけてあげるよ~。本性を隠す、恐ろしくて悪辣な人喰い巨人狼……どんな風に演じてもらおうかな~……!」
    レイさんが、目を閉じて頬に手を当てて、自分の妄想の世界へ入り込んでしまったのを見て、
    『うっ……、そ、それは勘弁してくれ……
    と、キョウイチさんはたじたじになっていた。それを見ながら苦笑するソウタさん。
    『はははっ、俺も、今回はあんまり長生きできなかったから、次は最後まで生き残れるようにしたいなぁ』
    俺も、思ったことを素直に口に出す。
    「俺も……勝ち負けはともかく、騙されたー!っていうのも含めて面白い体験でした」
    そしてタツヒコさんの方に向き直る。
    「でもっ!いきなり食べようとするフリは止めてください!ホントにびっくりしたんですからね!」
    と俺はプンスカ怒りながら言った。タツヒコさんも流石にきまりが悪そうに
    『いやぁ、すまなかったな。最後まで生き残ったから嬉しくなっちまって、巨人狼の気分のままつい、な?』
    と言って左手で頭をポリポリ掻きながら、申し訳無さそうに右手を顔の前に立てる。その表情は、巨人狼だった時のタツヒコさんのものではなくなっていて、すっかり元のタツヒコさんの顔に戻っていた。
    そしてタツヒコさんは、右手を俺の頭上まで持ってきて、人差し指で俺の頭を、詫びるように優しく撫で始めた。
    時々、こうやって急に摘み上げられたりとか、作業着の胸元にポイッと放り込まれたりするのだが、こんな風に謝られると許したくなっちゃうのが、この人のズルいところだ。
    むしろ普段は巨人一倍、人間には丁寧に接するタツヒコさんが、こうして俺には気さくに接してくれるのは、実は結構嬉しいことだったりもする。
    ……だからと言って、食べられるのは勘弁だけど。だから俺は、
    「もぅ、これからは気をつけてくださいね?」
    と、今回の巨人狼ゲームでほんのちょっとは向上したであろうポーカーフェイスで、それだけ言った。
    そんな俺達2人のやりとりを見た後、タクトさんが
    『ははっ、まあ、みんなにも気に入ってもらえたんなら俺も嬉しいっす。もうちょっと人数が多いと、巨人狼2体とか、もっと違った役職入れたものもできたりするんで、また人数が集まったときなんかはやってみましょうね』
    と笑顔で言って締めくくった。

    そろそろ良い時間なので、鍋パーティーもそのままお開きになった。
    ソウタさんが『あんまりやり過ぎると人間不審・巨人不審になっちゃいそうだな~』と言ってたり、レイさんが「普段のキョウイチもカッコイイけど、巨人狼になっちゃったキョウイチも、それはそれで……」と相変わらずうっとりしながら呟いているのを聞きながら、みんなで後片付けをする。
    その間にも、俺は、タツヒコさんの口まで持っていかれた時のドキドキ感が、密かに収まらずにいるのを感じていた。謝られたし、別にもう根に持ってるわけでもないんだけど……このドキドキ感がどこから来るものなのかは、自分でも分からなかった。

    終わり

     

     

    〈オマケ〉

    その日の夜。気が付くと、俺は雪深い山村の、一軒の家の中で暖炉に火を入れている最中だった。
    暖炉なんて普段めったに見ることもないのに、俺はなぜか自然な手つきで薪を足して炎の大きさを調整していたりする。
    パチッ、パチッという薪の音を立てて炎が燃えているのを眺めていると、玄関の方からドンッドンッと扉をノックする音が聞こえてきた。
    玄関へと向かい、鍵を外して扉を開ける。すると現れたのはタツヒコさんだった。
    人間サイズで俺の前に立っているタツヒコさんに特に何の違和感も持たず、俺は話しかける。
    「あれ? タツヒコさん、どうしたんですか?」
    「あぁ、ちょっとお前さんに用事があってな」
    そう言うとタツヒコさんは、若干そわそわと部屋に入りたそうな素振りをしている。こんな夜遅くに何だろう、と思いつつも俺はタツヒコさんを家の中に招き入れることにした。
    「まあ、ここじゃ寒いですし、とりあえず中に入ってください。お茶くらい出しますよ」
    「おっ、ありがとな」
    タツヒコさんは礼を言いつつ、そのまま家へと入っていき、こちらに背を向けたままリビングのテーブルの前で立ち止まった。
    「それで、用事って言うのは?」
    異様な雰囲気のまま立ち尽くすタツヒコさんに俺がそう尋ねると、タツヒコさんは振り返ることもなく、何やらブツブツと呟き始めた。
    「いや、なに……ちぃっと腹が減っちまったもんでよ……
    「えっ?食料の貯蔵なくなっちゃったんですか? 少しでよかったら、野菜とか差し上げましょうか?」
    ……
    なぜか無言のままのタツヒコさん。
    「あの、タツヒコさん?」
    俺が恐る恐る声をかけると、
    「いやぁ……んなもんは喰ってらんねぇよ……だって……
    と言って、ようやくこちらを振り向く。その瞳は赤黒く輝き、狂気的な光を放っていた。
    「俺が喰いてぇのは、お前なんだからよ!」
    そして次の瞬間、タツヒコさんの髪の毛が逆立ち、口が大きく裂け、牙が伸びていくのを目撃した。
    「ひっ!?」
    思わず尻餅をつく俺。そんな俺を見下ろしてニヤリと笑うと、タツヒコさんの身体は突如としてむくむくと膨れ上がり、灰色の体毛が覆い始める。そのままぐんぐんと、体積を増やしていくタツヒコさんの身体。ついには天井にぶつかり、そのままドゴオォォン!と大きな音を立てながら屋根を突き破ってしまった。
    「あっ、あああ……
    恐怖で腰が抜けてしまった俺は、這うようにして逃げようとするものの、そんな俺を逃すまいと、長い爪が伸びた巨大な手が俺に向かって伸びてくる。そして、がっしりと巨大な手に掴まれる俺。そのまま、軽々と持ち上げられてしまい、俺はタツヒコさんの顔の高さにまで引き上げられる。
    「うぅ……ひぐ……うぐ……
    あまりの怖さに涙目になりながらも、タツヒコさんに目を向ける。タツヒコさんの身体はいつも以上に筋肉質になっており、その上をゴワゴワとした灰色の毛がびっしりと多い尽くしていた。これが、巨人狼の姿なのか……
    『へへへ……悪いなヨシキチ』
    タツヒコさん、いや、巨人狼が、そう言いながら口を大きく開ける。その口の中には鋭い牙がズラッと並んでいた。
    「い、嫌だ……
    俺はどうにか巨人狼の手から逃れようと抵抗するものの、ビクともしない。そのまま、大きく開いた口の上まで高々と持ち上げられてしまう。その時、ふと、視界の端に、地上で物陰からこちらを窺うような人影があるのに気が付いた。
    それは、狼の頭をかたどった妙なローブを身に纏い、ジャラジャラと装飾の付いた杖を手にした、レイさんだった。
    「あぁ……巨人狼様……!この村から生け贄を捧げることができて、わたくしは幸せです……
    祈りを捧げるようなポーズを取るレイさん。その顔には狂喜が浮かんでいた。
    しかしそんな様子には一切目もくれず、こちらをジッと見つめる巨人狼。
    『昨日喰った騎士も美味かったが、お前もかなり期待ができそうな、良い身体をしているな……。じゃ、いただきまーす!』
    巨人狼の野太い声が響き、俺を摘み上げていた指がパッと開かれる。
    俺の身体はヒューっと巨大な口の中に落ちていく。舌の上に着地した俺は、粘ついた液に絡め取られ、なす術もなく巨人狼の喉奥へと運ばれてしまう。やがて、大きな口がゆっくりと閉じられ、視界が暗転したかと思うと、ゴクリという嚥下音が耳に届き――

    そこで俺は、ハッと目を覚ました。額には汗が浮かび、心臓はバクバク鳴っている。
    俺は上半身を起こし、あたりを見回す。いつもと変わらない、俺の部屋だった。
    ……夢、だったのか。俺は頭をガシガシ掻いた。
    なんつー夢だよ……。それだけ、今日の出来事が強烈に印象に残っているということなのだろうか。
    「はぁ……
    すっかり寝るような気分ではなくなっていたが、明日仕事中に眠くなるわけにもいかない。仕方なく、俺はため息を吐いた後、体を横たえ、無理矢理眠りについた。

    そしてそれからしばらくの間、俺は昼休憩の時、タツヒコさんが弁当を食っている時に妙にドキドキとしてしまうのだった。

    終わり

    返信先: 共存地区〈オオヒト区〉の話 #1037
    ソーダ
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    巨人整骨院

     

    「ここか……」
    俺は、スマホの地図アプリが指し示す、目的地の巨大な建物を見上げて呟いた。
    巨人サイズの巨大な建造物。看板には「トウキ整骨院」と書かれている。

    俺がここに来たのは、デスクワーカーの俺が最近極度の背中の凝りと痛みに悩まされていることを人間の同僚に話していたのがきっかけだった。
    偶然その話を聞いていた巨人の上司が、腕のいい整骨院があるから行ってみたらどうだ、と紹介してくれたのだ。
    『巨人の院長一人でやっている小ぢんまりとした整骨院だが、人間への施術も対応している、いい腕の整骨院だぞ』と巨人の上司は話していた。

    俺は目の前に建つ建物を見上げたまま思う。
    小ぢんまり、というのは巨人の尺度での話だったようだ。人間の俺から見れば扉ですら途轍もなく大きい。しかし、巨人用出入り口のすぐ脇にはちゃんと人間用の出入り口まで用意されていた。それも、エレベーターの入り口になっているようだ。
    「よし、じゃあ入るか」
    上ボタンを押してエレベーターに乗り込む。
    エレベーターは、駅でもよくあるようなタイプで、今入ってきた扉の向かい側にも扉がついている。
    上昇した後、向かい側の扉が開き、俺は建物の内部へと足を踏み入れた。

    「こんにちは!初めての方ですか?」
    エレベーターを出てすぐのところに人間サイズのカウンターがあり、若い人間が元気よく挨拶してきた。
    「はい。知り合いに紹介されて初めて来ました」
    「かしこまりました。ではこちらの問診票に記入いただけますか?」
    と言って、クリップホルダーに挟まれたA4サイズの問診票を差し出した。
    俺は手早く住所や年齢、痛む部分等を書き込んで人間スタッフに渡した。
    「ありがとうございます。それでは順番にお呼びしますので、あちらの待合席でお待ちください」
    人間スタッフは手で人間用座席がたくさん設置されている一角を指した。
    基本が巨人サイズの建物だからか、人間用の待合スペースもかなり広く作られているような感じがする。
    それに幸いなことに今は人間は誰も座っていない。
    「わかりました」
    俺は人間スタッフに会釈してから座席の方へと向かう。

    俺は人間用待合の椅子に腰を下ろした。そして、何の気なしに巨人用待合座席の方をボーっと眺める。
    壁の一面は、たくさんの写真や色紙で埋め尽くされていた。
    写真には、大勢の巨人のラグビーの選手たちが笑顔で写っていた。あまりラグビーに詳しくない俺でも名前を聞いたことのある名門校のユニフォームを着た巨人達の集合写真で、色あせた古いものから最近貼られたであろうものまで、さまざまだった。
    それに色紙には「院長のおかげで、大会で優勝できました!」「院長の治療がなかったらラグビー続けられてたかわかりません。本当にありがとう」といった寄せ書きがびっしりと書きこまれていた。
    なるほど、まだ姿も見ていないが、ここの院長はかなり慕われているようだ。そういえば、ここを紹介してくれた俺の上司も学生時代はラガーマンだったと話していたな、と今になって合点がいった。

    人間用待合席には俺一人しかいないが、巨人用待合席には俺が来るより前からひとりの巨人が座っていた。こちらも一目でラガーマンだと分かるような風貌で、大学生ぐらいのようだ。筋肉の上に脂肪が乗ってるような、がっちり感とむっちり感がある肉体。赤と黒のユニフォームに身を包み、足元にはでっかいスポーツバッグを置いて、スマホをいじっている。
    『ヤスハル君、施術室入ってきていいぞー!』
    突然、部屋の奥のほうからそんながなり声が轟いた。今のが院長の声だろうか。
    『うっす!よろしくお願いします!』
    ヤスハルと呼ばれた大学生巨人がパッと顔を上げて腰を浮かせる。その立ち上がった全長は普通の巨人よりも頭二つ分くらいは高いようだ。それにラグビー選手らしく厚みもある。うちの会社でも巨人社員は多いので巨人には見慣れているが、現役スポーツマンのガタイにはなかなかに迫力があった。
    彼は、俺の前をズシン、ズシンと重い足音を立てながら通過し、施術室に入っていった。

    『どう?腰の調子は』
    『う~ん、そうっすね。大分良くはなってきてるんすけど、やっぱり練習中まだちょっと違和感があるような……』
    施術室の中からそんな会話が聞こえてくる。
    『そうか。よし、分かった。じゃあ今日はちょっと本格的に施術してみよう。ちょっとキツいかもしれないが、腹ぁくくるんだぞ?』
    『う、うっす。お願いします』
    『よし!じゃあまずはうつ伏せになろっか』

    俺は興味本位でそっと施術室の中を覗いてみる。
    ここからだと柱なんかであまり詳しくは見えないが、ヤスハルがベッドの上でうつ伏せの姿勢になっているのがわずかに見える。先程目の前を通った分厚いその身体が横たわっている様子は、まるで山のようだった。
    そんなヤスハルの横に、白い半袖のケーシー姿の巨人が立っている。こちらに背を向けているので顔は見えないが、あれが院長なのだろう。
    『それじゃあ、まずは軽く揉むからな』
    『はい、お願いします』
    院長がヤスハルの肩あたりに両手を添えた。それから力を込めて、肩回りを揉みこんでいく。大きな掌の付け根が、大柄な巨人の身体を揉み解していく様はなかなかに圧巻だ。
    『よぉしそろそろ腰のほういくからな。痛くても我慢するんだぞ?』
    『うっす』
    今度は大きな親指がヤスハルの分厚い肉体の腰に添えられ、グイっと揉みこまれていく。
    『イ、イデデデっ!』
    ヤスハルはうめき声をあげた。
    『ほら我慢しろって言っただろ!』
    『で、でも、いででっ!』
    『ほらほら、次の試合までに治したいんだろ?』
    『う、うっす!』
    『よーし!じゃあがんばれ!』
    院長は情け容赦なく腰回りを再び揉みこみはじめる。
    『……っうぐぅぅ……』
    ヤスハルの身体が若干反り返り、歯を食いしばっている。相当痛いようだ。
    俺は大の巨人が大声を上げて悶える姿に、気圧されつつも、ハラハラと部屋の中の様子を垣間見ていた。
    『よーし、こんなもんかな』
    院長がそう言うと、ヤスハルはぐったりと力無く手足を伸ばした。
    「ほら、ちょっと立ち上がってみてくれ』
    院長に促され、ヤスハルは施術ベッドからズシンと足を降ろし、立ち上がる。
    『どうだ?腰は』
    『おっ?あ、あれ?なんかすっげぇ腰が軽くなってる!』
    ヤスハルが驚いたようにそう声を上げた。院長は得意そうに『ふふん』と笑う。
    『まぁな、俺の施術は効くだろう?』
    『はい!ありがとうございます!』
    『まあ、これでしばらく経過を見よう。また腰が痛くなってきたらいつでも来ていいからな』
    『うっす!ありがとうございました!』
    ヤスハルは再び俺の前を横切っていく。心なしか足取りは入っていく時より軽くなっているようだ。
    そして巨人用待合席に着くと、ズゥゥゥンと重苦しい音を立てて着席した。

    『えーっとじゃあ次は……セイヤさんですね』
    俺の名前を呼びながら、院長が待合室まで出てきて、その姿を露にした。
    「……」
    俺は初めて面と向かって見る院長の、その大きさに言葉を失った。
    ヤスハルですら巨人の中でもかなりの長身だが、院長はそれを更に上回る。多分、42メートルぐらいはあるんじゃないだろうか?
    ケーシージャケットに身を包んだその肉体は、あぁこの人も学生時代は絶対にラグビーをやっていたんだろうなということがはっきり分かる程だった。盛り上がった大胸筋、ジャケットの袖をパツパツにしている太く逞しい腕。まさに筋骨隆々という言葉に相応しい肉体だった。
    『セイヤさんは、うちに来るのは初めての方ですね? 初めまして。院長のトウキと申します』
    ニカッっと笑って院長が俺に向かって右手の人差し指を差し出しながらそう挨拶してきた。俺も立ち上がり、握手に応じる。
    『えーっと、先程書いていただいたシートによると……、肩に痛みがあるとのことですが?』
    院長が、人間サイズのクリップホルダーを親指と人差し指で摘まみ上げ、問診票の文字を目を細めて読む。
    「はい。デスクワークが続いて、肩に負担が蓄積してしまったようで……」
    『分かりました。では、施術室へ案内しますので、僕の手に乗ってください』
    そう言って、院長は俺の前へとその巨大な掌を差し出す。その手は、俺がこれまで出会った巨人と比べてもダントツで分厚くてがっしりとしている。俺は少し緊張しつつも、その掌に乗る。俺が乗り込んだのを確認すると
    『はーい、ではしっかり掴まっててくださいねー』
    院長はズシン、ズシンと足音を立てながら進み始めた。どうやら、巨人の患者には自分で施術室へ入ってもらうが、人間は掌に乗せて運ぶシステムらしい。
    施術室には、巨人サイズのでっかい施術ベッドがいくつも並んでいる。そのうちのひとつに、俺は静かに降ろされた。
    院長は丸いキャスター付きの椅子にズズウウウンンと着座し、視線をベッドの上の俺に合わせるように顔の位置を下げた。
    『施術の前に、身体に歪みが無いか見させてもらいますね。こっちを向いて気をつけの状態で立ってください』
    いわれた通り、俺は気をつけの姿勢になる。院長が左目を閉じて、右目でじっと、俺を見つめる。こんなに近距離で巨人のでっかい瞳に凝視されると、なんだかどぎまぎしてしまう。
    『う~ん、少し左肩が下がっているようですね。普段座るときなどに、左側に体重を掛けちゃう癖があったりしませんか?』
    「あ……」
    そう指摘されて、俺は普段デスクに座っているとき、ついつい電話がある左側に体重を掛けてしまっていたことに気付く。そのことを院長に伝えると、
    『やはりそうですか。それで左右のバランスが崩れて、痛みが出ているのかもしれませんね』
    院長はそう納得したようにうなずいてから、姿勢を元に戻した。
    巨人の院長から見れば、人間の俺の左右の違いなんて誤差みたいに小さいだろうに……見ただけこれほど言い当てられるとは、と俺が感心していると
    『じゃあまずは軽く揉みほぐしていきますので、もう一度掌に乗ってください』
    と言って、大きな左手を差し出し、ベッドの上に置く。
    「え……ベッドの上で横になったりするんじゃないんですか?」
    俺はてっきりこのベッドで施術を受けるのかと思っていた。
    院長はニッと笑って答えた。
    『あぁ、人間さんは掌の上に横になってもらって、主に小指を使って揉み解すんですよ。その方が身体の向きを調整したり力加減がしやすいですしね。
    巨人と同じようにベッドに乗せて、親指でグッとやっちゃうと人間さんだと潰れちゃいますから』
    ガハハと笑いながら事も無げに言うが、ふと俺の脳裏には先程のヤスハルの様子が蘇ってきていた。
    あ、あんなでっかい巨人ですら痛みにうめくような力で揉まれて、本当に大丈夫なんだろうか……。
    激しく不安に駆られながらも、俺は恐る恐る巨大な掌によじ登る。
    『では顔を指側に向けて、仰向けに寝転んでくださいねー』
    院長の指示の通り、俺はうつ伏せになった。院長の分厚い掌の溝や掌紋が、複雑な模様を描いているのが目の先に広がる。
    こんなに間近に、巨人の掌の表面をまじまじと見る機会も無いので、なんだか不思議な気分になった。
    『じゃあ、まずは軽く肩の周りの筋肉を緩めていきますね』
    院長はそう言って、巨大な右手の小指を俺の右肩に押し当てる。
    押し当てられた瞬間、無意識に身体に力が入ってしまう。しかし、
    ぐぃぃぃぃぃ~っ……
    その感触は、ヤスハルのことを見ていた先入観からは全く予想外のことに、何とも絶妙で心地よかった。
    指の圧力は強いのだが、痛みは耐えられないほどという訳ではない。イタ気持ち良いという感じだ。
    人間の整復師に掌の付け根で押される時よりも遥かに広範囲にわたって、巨人の小指の先の力が俺の肩に圧し掛かる。
    ぐいぃぃ~っ……
    『どうですか?痛くありませんか?』
    「はい……大丈夫です。なんかすごく気持ちいいです」
    『それは良かったです』
    院長は嬉しそうな声で言うと、今度は左肩を揉み始めた。それもまた絶妙な力加減で気持ちがいい。肩全体の筋肉がじわじわとほぐれていくのが分かる。院長はそのまま俺の肩全体を丹念に揉みほぐすと、今度は指先を俺の背中に移動し、同様に揉み始めた。
    優しく撫でるような指先が、凝り固まった腰の筋肉をほぐしていく。
    『セイヤさん、結構腰も固まっていますね……。デスクワークが続くとどうしても身体の各部が固まりますからね。時々立ち上がったり伸びをしたりして、気を付けてくださいね』
    院長はそう言いながら、俺の背を揉みほぐしていく。
    「はい……気を付けます」
    俺がそう答えると、院長の指は今度は俺の右腕に押し当てられ、グリグリと解き揉みほぐされていった。
    「あ、そこもすごく気持ちいいです」
    『腕のこの辺りの筋肉も、デスクワークだと凝りやすいんですよ』
    院長は楽しそうにそんなことを言いながら、今度は左腕も同様に揉みしだいていく。やはり心地いい……。思わずウトウトとしてしまいそうになるが、そんな俺に院長から声がかかる。
    『ではそろそろ背中側が終わりましたので、仰向けになってください』
    俺は体操マットのような、巨人の分厚い掌に手を突きながら、ゆっくりとうつ伏せになっていた状態から身体を起こす。そしてゴロンと仰向けになった。
    『はい、では楽にしててくださいねー』
    院長はそう言って先程と同様に、グッグッと小指の先で俺の腕の流れに沿うように指圧していく。手の位置を少し変えたり、少し力を強めたり、バリエーション豊かに筋肉を揉みほぐしていく。
    「あぁ~……気持ちいい」
    『ははは、良かったです。じゃあそろそろ仕上げに取り掛かりますよー。力抜いたままにしててくださいねー』
    院長は嬉しそうにそう言うと、今度は俺の顔をそのぶっとい親指と人差し指で摘まむと、素早い動作で指をひねり、グッと俺の頭を右に向けさせた。
    その瞬間、ボキっと首の骨が鳴る。
    「!?」
    俺が目を白黒させていると、院長は
    『はーい楽にしててくださいね~』
    と言いながら、今度は俺の頭をグリっと左にひねる。
    されるがまま、ボキボキ!っと更に首の骨が鳴った。
    『はーい、これで施術終わりです。お疲れ様でしたー』
    院長はそう言って俺の顔から手を離した。それから
    『ゆっくり立ち上がってみて、肩の調子を確認してください』
    そう促され、俺は院長の掌の上でゆっくりと立ち上がる。
    「ん……おお!?」
    あれだけズッシリとしていたのが嘘のように、肩の周りが軽くなったというか、スッキリした感じがする。
    両手を軽くグルグル回しても、驚くほど滑らかに動くのが分かる。
    『どうです?楽になったでしょう?』
    院長はニコニコと笑みを浮かべながら俺にそう尋ねる。
    「はい……とても……」
    院長の言葉に俺は驚きながらそう応える。院長はそんな俺を見て満足げに笑いながら言った。
    そんな俺の様子を見て、院長は嬉しそうに笑った。
    『良かったです! どうでした?巨人の整骨院は。セイヤさん、見たところ巨人には慣れてるようですけど、最初と最後のほうは身体に力が入っているように感じたんですが、ちょっと怖かったですか?』
    ほんの少しの人間の身体の歪みも分かる院長には、指先で触れるだけでバレバレだったようだ。俺は言い訳がましく答える。
    「え?……あ、はい……。うちの会社では巨人も働いてるんでそれは大丈夫なんですが、その……さっき、巨人の大学生ぐらいの子が、すごく痛がってたのを見てたのでちょっと……」
    『あぁ、ヤスハルね。アイツ結構痛がりなんですよね。あと、僕の母校の後輩なんでちょっと遠慮なくやっちゃったってのもあるんですけど』
    院長は頭を掻きながら言った。
    『ヤスハルにもよく言われますよ。『院長は巨人にはドS過ぎる!巨人と人間で扱い方が全然違う!もっと巨人にも優しくしてくれよ!』って。いやぁ、まぁ巨人の場合、頑丈なのが分かってるからガンガンできちゃうんですけど、流石に人間さん相手に全力を使うわけにはいきませんからねぇ』
    そう言ってガハハと豪快に笑う。その姿は巨人の力の強さ、凄まじさをまざまざと感じさせた。下手したら恐ろしく聞こえてもおかしくはないが、その口ぶりはカラッとしていて、不思議とすんなりと耳に入ってくるようだった。
    もしかしたら、揉んで貰う前にこんな話を聞いていたら、大雑把な人物だと判断していたかもしれない。しかし実際に施術を受けてみて思うのは、こんな大きな身体の巨人でありながら、非常に丁寧で的確な技術を持っているということ。まあ、どうやらそれが当てはまるのは人間限定のようだけど……。
    しかしその腕は信用に足るものだと、俺は思った。
    『まあ、こんな僕のところでよかったら、また調子が悪くなったらいつでも来てくださいね』
    ニっと歯を見せて笑う院長。
    その姿に、俺は心強さのようなものと、なぜか妙に胸が高鳴るのを感じていた。

    返信先: 共存地区〈オオヒト区〉の話 #961
    ソーダ
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    巨人タクシー

     

    「はぁ……。とうとう着いてしまった……」
    俺は電車を降りながら、ため息と一緒にそんな言葉を吐き出した。

    俺が降り立ったのは、オオヒト区のターミナル駅。
    オオヒト区といえば、人間の他に巨人がいることで有名な街だ。

    そんな街になんで俺が来ることになったかというと、
    俺の勤めている会社の取引先の会社がオオヒト区内にあって、
    その会社へウチから一人、会議に行く予定だったんだが、
    行くはずだった人が急遽行けなくなってしまい、
    俺がなぜか代理に選ばれてしまったのだった。

    まさか俺が行く事になるとは……。
    生まれてこのかたずっと人間の町暮らしの俺には一生縁のない場所だと思っていた。

    そりゃあ、巨人のことは中学や高校の社会の授業で習ったことはあるはずだが、
    それっきりで今ではもうほとんど覚えていない。

    巨人ってどれくらい大きいんだったっけ?
    ていうかいきなり取って喰われたりはしないよな流石に……。

    うーん、巨人に対する知識が無さ過ぎて、色々と悪い方向に考えてしまう。
    こんなことなら授業中寝ないでちゃんと聞いておけばよかった。
    (そもそも毎日部活部活で、勉強に励むような学生ではなかったけど)

    今の所、到着したこの駅は俺が普段使っている電車や駅と様子は大して変わらない。

    慣れない土地に地図を片手にキョロキョロしつつ、
    俺はどうにか駅の出口を見つけた。

    早いこと用事を終わらせてさっさと帰ろう、と思った矢先、
    何か大きなものが俺の視界に入った。

    褐色の太い柱のようなそれを、最初は「足」だとは認識できなかった。
    しかしよく見ていると、それが黒い地下足袋を履いた
    巨大な足だということが分かった。
    そのまま視線を上げて見えたのは、引き締まったふくらはぎと、大きく発達した太もも。
    それに連なる大き目の尻と、無駄な脂肪のない上半身。
    更に見上げていくと、精悍な顔立ちの、こちらを見下ろす瞳と目が合った。

    腹掛けに半股引、日に焼けた肌と、見るからに車夫という出で立ち。
    人力車や車夫なら首都の観光スポットでも見かけることはある。
    しかし、そこで見るのとは比べ物にならない大きさだった。

    巨人だ。

    なるべく関わらないうちに帰ろうと思っていたのに、早速見つかってしまった……。
    俺があまりの巨大さにあっけにとられて見上げていると、
    その巨人はニコリと笑みを浮かべ、口を開いた。
    『どーも、お客さん。よかったら巨人タクシー乗っていかれます?』
    軽く声をかけるような口調だったが、その声はマイクでも使っているかのように大きかった。

    「巨人タクシー……?」

    『そ。お客さんみたいな、人間さんを手に乗せて運ぶのが俺の仕事。
    お客さん、さっきから地図持ってキョロキョロしてたし、
    どっか行くところがあるんじゃないスか?』

    「あー、えっと、東第2ビルっていう所を探してるんですけど……」
    『あぁ、そこなら分かりますよ。ここからなら俺の足なら15分ぐらいですけど、どうします?』

    この街の地理に明るくない俺にとっては非常にありがたい提案だ。俺はそこそこ方向音痴だし……。
    ……いきなり見ず知らずの巨人の手に乗るというのは少し気が引けるが。
    しかし……と躊躇しながら巨人の顔をチラリと見上げると、相変わらず人当たりのいい笑みを浮かべている。
    ………ここで迷っていてもしょうがない。

    「えーっと……じゃあお願いしよう……かな?」
    と言うとその巨人はにっこりと笑って、
    『ウッス! じゃあお客さん、俺の手に乗ってください』
    片膝をついてしゃがみ、俺の前にその巨大な掌を差し出した。

    俺はおっかなびっくり、巨大な親指に手をかけながら、どうにか掌の上に登ることができた。
    俺が乗り込んだことを確認すると
    『それじゃあ立ち上がりますよー! しっかり捕まっててくださいねー』
    巨人は腰を浮かし始め、ゆっくり静かに立ち上がっていく。
    そのスムーズな動きは俺のことを気をかけてくれているようで、
    幸い俺は持ち上げられることにあまり怖さを感じずに済んだ。

    完全に立ち上がった巨人は、俺の乗った掌を胸の位置程の高さに置く。
    ビルの8階程の高さだろうか。
    地上から急にそんな高さに来たので、見晴らしがとても良い。
    こんな光景、別に普段からもビルの中から見ているはずなのに、
    足下が巨人の呼吸と共に上下するからか、
    硬いコンクリートのビルの上に立っている時とは全く違った感覚だ。

    『では出発しますよー!』
    巨人は俺にそう声をかけると、その大きな足でズシンと一歩踏み出した。
    巨人は歩道ではなく車道を歩いていく。
    まぁこんなに大きな巨人では人間用の歩道なんか入れないだろうけど……。

    足元を通るの車を器用に避けつつスイスイと進んでいく。
    俺は下を流れていくそんな景色をキョロキョロと見渡す。

    『お客さん、ここに来るのは初めてですか?』
    ふと巨人がそんなことを尋ねてきた。
    「そうですけど……どうして分かったんですか?」

    『いやぁ、さっき駅から出てきたときも地図片手に迷ってる感じでしたし、
    今も物珍しそうに色んな所見てますからねー。』
    巨人はこともなさげにそう答えた。
    ざっくばらんな口調だが、特に不快ではない。

    『それに俺、だいたいいつもあの駅の前で客待ちしてるんですけど、
    あの駅って人間さんの街との出入り口みたいなもんじゃないですか?
    だから初めて来る人間さんもよく来るんで、
    お客さんのこともそうじゃないかなーってなんとなく分かったんスよね~。
    あとは俺を見たときの反応も含めてね。
    ……あ、じゃあもしかして、巨人見るのも初めてだったりします?』
    「そ、そうです……」

    『そうッスか! いや~、俺が初めて見る巨人だなんて、何だか照れちゃうな~』
    巨人は俺を持っていないほうの手で頭の後ろをガシガシとかきながら笑った。

    「ところで……車道通っちゃって大丈夫なんですか?」
    俺は下を覗き込みながら、さっきから気になっていたことを聞いてみた。

    『この辺りは人間さん用の建物と道路が多いから、
    人間さんの乗り物用の道と共用なんスよ。
    もっと街の中心の方とかにはちゃんと俺達用の道もありますよー』
    なんて解説しながら、足下のオレンジ色をした歩道橋をヒョイと跨いでいった。
    普段俺だったら見上げるような大きさの歩道橋も、
    巨人には一跨ぎできるサイズなんだな……。

    その後も、巨人はこの街ならではのものや制度、習慣なんかを色々と話してくれた。

    一通り話が終わると、
    『お客さんはどうしてオオヒト区まで来たんです?』
    巨人は次にそんなことを聞いてきた。

    俺は、うちの会社からここへ会議に参加しに来るはずだった社員が急に来れなくなったこと、
    代わりに俺が来ることになったことなどを軽く説明した。

    『へぇ〜、そうだったんスか。それじゃあ今からお仕事なんですね。
    頑張ってくださいね!俺応援してるッスよ』

    人懐っこい笑みを向けられて、なぜだか俺の心臓はドクッと波打った。
    顔が赤くなるのを感じていると

    『あ、お客さん、もうすぐ目的地のビルっスよ』
    と言いながら、巨人が前方にあるひとつのビルを指差したので、
    そっちに顔を向けて何とかごまかすことができた。

    『さてお客さん、この街でのお金の払い方は知ってるっスか?』
    あ、確かに巨人では、俺が普段使ってる小銭やお札は扱えそうもない。
    でも確か会社を出る前に渡されたものの中に……。
    「えっと、会社出る時にこんなの渡されたんですけど……」
    俺はカードを一枚取り出した。

    『おっ! それそれ。持ってるんなら話が早いや』
    そういうと巨人は腹掛のポケットから
    小さな(と言っても巨人にとってで、俺から見れば自動販売機ぐらいの大きさがある)
    四角い機械を取り出した。
    そのひとつの面に、液晶画面と、改札やレジにあるようなカードをタッチするマークが描かれている。

    『マークのところにカードをタッチしてくださーい。
    そしたら支払い完了だから。ちなみに料金は1000GPでーす。
    あ、GPっていうのは、この街で使える通貨のことね。
    人間さんのお金は俺達には小さすぎるし、巨人の金は人間さん達には大きすぎるでしょ?
    だからこの街ではこうやって巨人と人間でお金のやりとりしてるんスよ』

    なるほど。
    言われた通り、カードを触れさせる。
    するとピコンと小気味良い音が流れた。

    『はい、確かに1000GP頂きました!ご利用ありがとうございました!』
    と言って、巨人はゆっくりしゃがみながら、
    俺の乗っている手を地面に降ろしていく。

    地面に降り立ち、立ち上がった巨人を改めて見上げると、
    あんな高いところにいたんだなぁ……、としみじみと思ってしまった。

    『ちなみにそのカード、駅とかコンビニとかで残高確認したり、チャージができるから』

    「そうですか。色々と教えてくれてありがとうございました」

    『いえいえ! オオヒト区に初めて来たお客さんに、色々と教えたり観光ガイドしたりするのも俺の仕事ですから!』
    巨人は爽やかな笑顔を浮かべて言った。

    『あ、あとさっきのカード、スマホで読み取ったら
    使った履歴とかウチの電話番号ものってるからさ、よかったら帰りも俺のこと呼んでよ。
    じゃあね、お客さん。お仕事頑張ってねー』

    軽く手を振ると、巨人はズシン、ズシンと地響きを立てながら去っていった。

    時計を見ると、会議の時間までまだだいぶ余裕がある。
    流石はあれだけ大きい巨人の移動速度といったところだろうか。
    これだけ時間があれば、会議の前にじっくり資料を再確認する時間もありそうだ。
    自分の足で来ていたらこうはならなかっただろうな。

    駅に着いたときはどうなることかと思ったが、
    以外と何とかなるもんだな。
    最初はビクビクしていたけど、実際のところはそんなに怖がるものでもなかったな。
    むしろ、あんなに色々と親切に教えてもらえてよかった。

    それにしても、『帰りも俺のこと呼んでよ』か……。
    営業上手だなぁ、と思いながらも、なぜか嫌な気はしない。
    うん、せっかくだから、できたら帰りも彼の手に乗せてもらおう。
    良い報告ができるように会議もがんばらないとな。

    俺は改めて気を引き締めて、ビルのエントランスの扉をくぐった。

    返信先: 共存地区〈オオヒト区〉の話 #892
    ソーダ
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    オオヒト区への旅(後編)

    朝。ホテルのロビーラウンジで、カズキさんが巨人用の大きなソファーに腰掛けてあなたを待っていた。

    「昨日は驚きましたよ。いきなり放り出すんですもん……
    『まぁまぁ! 今日は僕がしっかりエスコートしますからね!』
    カズキさんはあなたの抗議もなんのその、人当たりの良い笑みで答えた。
    『昨日送ってもらったメールを元に、まだ行かれてないスポットでオススメなところをいくつかピックアップしてきましたからね』
    「え? メール送ったの結構夜遅かったですけど、それから考えてたんですか?」
    『ええ、まぁ、こういう仕事柄、そういう場所はいくつかおさえてますから。それに俺、こういうの考えるのは結構好きなんで』
    一見飄々とした感じのするカズキさんだが、こういうところは流石は記者というところなのだろうか。
    『さあさあ、早速出発しましょう! いろんな所まわりますから覚悟しておいてくださいね!』
    カズキさんがあなたの前に手を差し出した。

    あなた達が最初に着いたのは牧場だった。
    だだっ広い草地がどこまでも続いている、開放感あふれるところだった。遠くの方では、巨大なサイズの牛が放牧され、のんびりと草を食んでいるのが見えた。

    ここでは餌やり体験ができるとのことらしい。既に何人かの人間のグループも集まってきている。
    『では餌やり体験の方はこちらへどうぞー!』
    緑色のつなぎを着た、背の高い若い巨人さんに案内されて、鶏舎へと入っていった。

    ……おおっ」
    あなたの目の前には、たくさんのヒヨコがいる。
    黄色くてふわふわでピヨピヨ鳴いていてなんとも可愛らしい……が、どれもあなたの身長より大きかった。
    あなたはヒヨコ用の餌のついた棒を持って柵の前にいるが、それを見つけたヒヨコ達が群がってくる。可愛いような、ちょっと怖いような……
    なんとか餌をあげ切ったあなたを尻目に、
    『いや~、ふわふわしてて可愛いですね~』
    カズキさんは片手にヒヨコを乗せて、もう片方の手に乗せた餌をやっていた。
    ……こうして巨人の手に収まっている姿を見れば、やっぱり小さくて可愛い気がした。

    あなた達が次に訪れたのは、陸上自衛隊の演習場。
    『訓練開始!』
    牧場でのほのぼのとした空気からは一変、緊張感のある声が響いた。
    今日はここで防災・救助訓練の公開演習が行われる、とカズキさんが教えてくれた。

    あなたの立っているまわりには、倒壊したビルを模した瓦礫が散乱している。あなたは、集まった観客の中から、要救助者の役を与えられてしまった。

    瓦礫の向こうに、迷彩服を着た何人かの人間の隊員さんと、巨人の隊長さんが見える。人間の隊員さんも皆遠目にも分かるほど立派な体格だったが、巨人の隊長さんは特に鍛え抜かれた身体をしていた。流石は自衛隊員、もしかしたら今まで見てきた巨人さんの中でも格段にガッシリとした体付きかもしれない。

    巨人の隊長さんが一歩一歩注意深く足を瓦礫に踏み降ろし進んでいく。その都度足元にいる人間の隊員さんが、まわりに取り残された人がいないか、崩れそうな瓦礫がないか確認し、着実にあなたの元を目指す。慎重に、そして迅速な動きで救助隊は、あなたのすぐ前にある一際大きな瓦礫の前まで辿り着いた。
    『ふんっ!!』
    巨人の隊長さんが、掛け声と共にその大きな瓦礫を持ち上げる。瓦礫が無くなってできたスペースから人間の隊員さん達があなたの元へ駆け寄る。
    「要救助者確保!」
    人間の隊員さんが叫ぶと、観客から大きな歓声があがった。

    『お疲れ様でした。突然の申し出にもかかわらずご協力頂き感謝します』
    あなたは、巨人の隊長さんの手に乗せられ、観客席まで戻っていく。
    分厚くてまめや傷の多くできた手。あぁ、この手でたくさんの人を守ってきたんだろうなぁ、と如実に感じさせる力強い手だった。

    カズキさんのところまで戻ってきた。
    『救助される役に選ばれるなんてラッキーでしたね!』
    そういうカズキさんも、公開演習の様子が撮影できてなかなか楽しんでいる様子だった。
    『さあ、次はそろそろお昼ごはんにしましょうか。僕のオススメのお店があるんです。海辺なんでここからだとちょっと歩きますけど、まぁ歩くのは僕なんで大丈夫ですよね!』
    カズキさんは立ち上がって元気よく歩き出した。

    『海が見えてきましたよ』
    カズキさんがあなたの乗った手を少し持ち上げる。
    「おお……!」
    あなたの目の前にも、キラキラと太陽の光を反射して青く輝く海が広がった。
    その海に沿って長く続く浜辺には、海水浴客の巨人も人間も入り混じって賑わっている。
    「結構たくさん人がいますね」
    『そうですねー、この辺は海水浴もそうですけど、人間さんがサーフィンするのにもいい条件が揃ってるらしいですよ』
    「巨人さんは、サーフィンはしないんですか?」
    『波が小さすぎて、人間さんのようには波に乗れないんですよねー。その分ウィンドサーフィンとかシーカヤックとか、シュノーケリングやダイビングなんかは巨人にも人気ですよ』
    なんて巨人さんのマリンスポーツの豆知識を解説してくれた。

    ふと、ズシン、ズシンと向こうから巨人のライフセーバーが歩いてくるのが見えた。
    こんがり日焼けした肌に、ライフセーバー用の真っ赤な水着が眩しい。
    ビーチにいる巨人の中でも一際存在感があって、ついつい視線を引きつけられてしまった。
    あんな巨人さんが見守ってくれていたら安心してビーチで過ごせるだろうなぁ、と思いつつあなたは巨人ライフセーバーを眺めていた。

    『ここでお昼にしましょう!』
    カズキさんは、浜の前に建つレストランの前であなたに声をかけた。青いタイルを張り合わせた外壁の、キレイなお店だった。
    席に通され、メニューを眺める。
    『ここはピザがオススメなんですよ。もちろん人間さんサイズのものもありますけど、どうします?』
    「あ、じゃあそれで」
    確かに通された席のすぐ前には、大きなドーム型の窯があった。その横で巨人さんが具材をトッピングして、ピザピールに乗せて窯に入れている。

    注文したものが来るまでの間、あなたとカズキさんは昨日の感想をまとめたメモや写真を見ながら待つことにした。
    『ふーん、なるほど、人間さんならではの視点ですねー』
    カズキさんがメモや写真を見ながら言う。なかなか好感触なようだった。

    『どうでした? 今日午前中行ったところは』
    「面白かったです。なかなか普段体験できないようなことができたと思います」
    『それは良かった! 午前は山の方だったんで、午後は海の方を観光していきますよー! ……あと個人的にちょっとお願いしたいことが……
    「?」
    『お待たせしました』
    カズキさんが何か言いかけた時に、注文したものがテーブルに届けられた。
    『まあ、それは後でいいや。冷めないうちにいただきましょう!』
    カズキさんが大きな一口でピザにかじりついた。
    『んー!やっぱり美味いなー!』
    そんな様子をしげしげと見つめていると、カズキさんと目が合った。
    『ん? どうしました?』
    「い、いえ、なんでも……
    昨夜もホテルでの夕食で遠目に巨人さんが食べ物を口に運んでいるところを見かけたが、こうして間近で見るとはるかに迫力がある。しどろもどろになりながら、カズキさんの口の中に、自分よりも大きなピザの塊が消えていくのを眺めていた。

    ドキドキの昼食を終えて、あなたとカズキさんは海辺の散策に戻る。
    「カズキさん、あそこのお店は何ですか?」
    『あー、あそこは、海に流れ着いたものとか、人間さんの不要になったものとかをアクセサリーや雑貨に加工してる工房兼ショップですね。入ってみます?』
    「そうですね……せっかくなんで」

    『いらっしゃいませ』
    店の奥から挨拶が聞こえた。低くて渋い感じの声だった。奥の方を覗くと、白髪の混じった、穏やかな雰囲気の中年の巨人さんがいた。ここの店主さんのようだ。

    木目調の落ち着いた店内では、巨人サイズのネックレスやキーホルダー、装飾品などが並べられていた。
    人間サイズのサーフボードや、錨、浮き球なんかが加工されて巨人のアクセサリーになっているのが面白い。

    あなたたちの他に、人間と巨人の先客もいた。こちらに背を向けてふたりして商品を見ているようだ。
    「これとかキョウイチに似合うんじゃない? あ、あっちのも似合いそう!」
    『う~ん、こういうのは俺にはよく分かんねぇなぁ……。レイが選んだものにまかせるよ』
    商品を眺めていた巨人が振り返る。
    「っ……!」
    あなたは思わず息が詰まってしまった。振り返った巨人はタンクトップを着ていて、ガタイが良くて、三白眼だった。一言で言うと、なんだか恐そうな雰囲気だった。
    でも
    「ねーねーこれもカッコイイよーつけてみてよー」
    『ん……こんなの普段つけないからちょっと恥ずかしいな……
    「たまにはつけてみたらいいじゃん! 絶対似合うよ!」
    人間の人に急かされるようにアクセサリーを身に着けさせられていたりして、ちょっと照れくさそうなのがなんだか微笑ましかった。

    『あ、この辺人間さんサイズの商品も置いてありますよ』
    カズキさんが近くにあった商品棚を指しながら声をかけてきた。
    「本当ですね」
    あなたが近づいてみると、大きめのトートバッグや鞄が
    並べられている。脇には解説が書かれていた。
    「えーっと……“使われなくなった人間のヨットの帆を再利用してバッグを作りました”ですって。へぇー、珍しいですね」
    『そうですねー。こんな小っちゃいカバンも、あの店主さんが1個1個手作りで作ってるんですね。器用な人だなぁ』
    カズキさんが、鞄のひとつを摘みあげて物珍しそうに眺めた。確かに、人間にとっては担げるサイズの鞄でも、今カズキさんが摘み上げてる指と比べてみると、まさにミニチュアのような大きさだ。

    ……値段もそこそこするみたいだけど、せっかくこの街で何か買って帰るなら、どうせなら巨人さんが作ったものの方が思い出になりそうだな……とあなたは思った。
    元になった生地によってそれぞれ色や柄が違うようなので、好みのものも見つかりそうだ。
    ……よし、これにしよっと」
    しばらく考えて、あなたは買うカバンを決めた。

    『おっ、その鞄買うんですか?』
    「はい。せっかくなのでこの街に来た記念に……
    『いいですね! 俺も何か買おっかな~』
    カズキさんが飾られてる商品をあちこち見る。
    『おっ、コレにしようかな』
    カズキさんが手を伸ばしたのは、巨人用のブレスレットのコーナーだった。
    カズキさんが手に取った物は、布を編んで作られたブレスレット。あなたが選んだカバンと同じ布が使われているようだ。
    『へへっ、俺も今回の旅の記念ということで』
    カズキさんは照れたように笑いながらブレスレットをつけた腕を見せてくれた。

    次にあなた達がやってきたのは、ショッピングモール。
    人間用の店舗がずらりと並んだフロアが、何階層にも連なっている。そのすぐ横の吹き抜け部分を、巨人の客が行き交っていた。
    吹き抜けのショッピングモールは共存地区以外の場所にもたくさんあるが、こんな光景は共存地区ならではだな、とあなたは興味深く見回したり、写真に撮ったりした。

    そんなあなたを、カズキさんはなぜか困ったような表情で見下ろしていた。
    『あー……人間さんのフロアでお買い物とかされたいですよねー……。でもその前に! ちょっと付き合ってもらえません?』
    「別に買い物は後でも構いませんけど……
    『それなら良かった! ではこちらに行きましょう!』
    なんだか嬉しそうにカズキさんは歩き始めた。

    カズキさんに連れられて入ったお店は、フードフロアのスイーツショップ。
    ……うおお」
    巨人のウェイターさんによって運ばれてきたものを見て、あなたは小さく声をあげた。白いプレートに乗せられて出てきたのは、一軒の家だった。それも、ビスケットや飴、チョコ等でできたお菓子の家だった。
    『おー、これこれ! これが食べたかったんですよー!』
    カズキさんがニコニコしながら言った。

    『いやー、実は俺結構甘党でして……
    ニコニコ笑顔から、照れたような顔になってポツポツと話し続ける。
    『前からこの店でこれ食ってみたかったんですけど、このメニュー、巨人と人間のペアでしか注文できなくて……。人間の同僚に頼んだりもしたんですけど、甘いもの好きじゃないって断られてしまって……。いや~実物が食べられるなんて嬉しいなー! あ、でも一応取材でもあるんで食べる前に撮影しておきましょうね。サイズ感分かるようにしたいので、扉の前に立ってもらえますか?』
    カズキさんに促され、クッキーを型抜きしてできた扉の前に立つと、撮影会が始まった。
    しばらくカズキさんがパシャパシャと取り続けると、
    『あ、中からの撮影お願いしてもいいですか?』
    と言われたのであなたは家の内部に入ることにした。

    外ほど明るくはないが、型抜きされた扉や窓から光が漏れてくるので、見えない程暗いわけでもない。
    家の内部も様々なお菓子でデコレーションされていて、甘い空気が漂っていた。

    あとでカズキさんにも見せてあげよう、とあなたも写真に収めていく。しばらく撮っていると
    『中はどうですかー?』
    外からカズキさんが声をかけてきた。
    「中もお菓子だらけでキレイですよ。あとで見せてあげますね」
    『それはありがとうございます! あの~、そろそろ食べても……?』
    「あ、はいどうぞお構いなく」
    『では早速! 屋根はがしちゃいますねー』
    パキっ!っという音がして、あなたの頭上から光が入って来る。見上げると、天井に空いた穴から、折ったクッキーを持ったカズキさんが見えた。カズキさんはその持っているクッキーをパクッと頬張って、幸せそうな表情を浮かべた。
    『う~ん、美味しい! これなら何個でもいけちゃいますね』
    そう言いつつカズキさんは更に屋根の解体に取り掛かる。あなたはその迫力に圧倒されつつ、少し後ずさりした。
    ……これで巨人さんが食事しているところを見るのは3回目だが、これまでの中で一番迫力のある光景だな、とあなたは思った。
    あなたが見つめていることにハッと気が付いたカズキさんが
    『あ、俺ばっかりすみません。 お好きなだけ食べてくださいね。残った分は俺が責任を持って食べますんで!』
    照れ笑いを浮かべながら言った。

    ……先ほどから時々、カズキさんの一人称が「僕」から「俺」に変わってきている気がする。少しは打ち解けてきた、ということかな?

    ショッピングモールで人間エリアでの買い物も済ませ、再び浜辺まで戻ってきた。
    少し日が傾いてきていて、空が少しオレンジがかってきている。
    『さあ、本日最後のアクティビティはこちらですよ!』
    カズキさんが鯨の絵が描かれている看板を指し示した。
    「ホエールウォッチング?」
    『そう! この辺はホエールウォッチングでも有名なスポットなんですよ。もうすぐ出航の時間なんで行きましょう』
    そう言ってカズキさんは港の方へ歩いていく。そこには大きな巨人用のシーカヤックが停泊していた。
    「へー、カヤックで行くなんて珍しいですね」
    『あぁ、人間さんの乗り物はエンジンが付いたものが多いですよね』
    「巨人さんの乗り物には多くないんですか?」
    『あまりないですねー。船はエンジン付きのも一応ありますけど、それ以外の乗り物だとエネルギーの割りに輸送効率が悪くて。もうね、大体の巨人は自分で漕ぐなり走るなりしちゃった方が早いって考えちゃうんですよね。だからこの辺に住んでる巨人はともかく、共存地区外から来た巨人には人間さんの自動車とか電車とかは物珍しく映るんですよ』
    なんて巨人さんの乗り物事情を話しつつ、カズキさんはカヤックに乗り込んだ。
    先に乗っていた客は人間の観光客グループが5、6組で、巨人はカズキさんとカヤックを漕ぐ人だけだった。
    『それではそろそろ出発しますよー!』
    カヤックを操縦する人……こういう場合でも船長さんって呼んだらいいのかな? ともかく船長さんが大きな声で乗客に呼びかけると、でっかいオールで漕ぎ出して、港を離れていった。
    一漕ぎ毎に盛り上がる筋肉。波なんかものともせずガンガン進んでいく。
    さっきカズキさんに聞いていた通り、やっぱり巨人さんは自分の力を使って移動するのが性にあってるんだな、ということを物語っているかのようだった。

    しばらくして、だいぶ沖の方までやってきた。
    夕日が水面にキラキラと反射していて眩しいけれど、あたり一面オレンジに染まっているのがキレイだった。
    船のすぐそばから黒いものが浮かび上がってくる。鯨だ。頭の天辺から、潮を吹き上げる。
    続いて船のまわりのあちこちから何頭もジャンプするのが見えた。勢いよく飛び上がり、水しぶきを上げて着水する様子は、なかなか見ごたえのあるものだった。

    カズキさんが写真を取りながらぽつりと
    『なかなか迫力のある光景ですね~。
    品種改良された鶏や牛はともかくとして、世界最大級の野生生物がこんなに間近で見られるなんてそうそうない機会ですからねー』
    鯨よりも更に大きい生物である巨人さんの口からも、そんな感想が出るのか、と思うとなんだか面白かった。でも、巨人さんでも野生動物のダイナミックな姿に心動かされるのは人間と一緒なんだな、と思うとなんだか嬉しかった。

    『こんばんはー。テルアキさん』
    すっかり日が沈んだ頃、カズキさんが挨拶しながら入ったのは“居酒屋てる”と暖簾のかかったお店だった。ここもカズキさんのイチオシのお店とのことらしい。
    『いらっしゃい、カズキさん』
    カウンターの向こうに立っている巨人さんが挨拶を返した。
    店の中は、巨人のスケールでは小ぢんまりとしているが、温かい照明に照らされ、美味しそうな匂いが漂ってくる、良い雰囲気のお店だった。

    『あれ、カズキさん! それに昨日のお客さんも』
    カウンターに座っていた、3人の巨人のうちの1人がこちらに振り向いて言った。焼けた肌にオレンジの瞳……あ、巨人タクシーの人だ、とあなたは思い出した。
    『やぁ、タクトさん達。今日もここで飲んでるんですね』
    『えへへ、そうなんですよ。あ、よかったらこっちへどうぞ』
    と隣に空いていた席に誘ってくれた。カズキさんがその席に座り、あなたをカウンターの上に乗せる。すると人間の店員さんが「こちらの席をどうぞ」とあなたの為に人間サイズの椅子とテーブルを移動してきてくれた。

    『人間のお客さんにはまだちゃんと自己紹介してませんでしたよね。俺はタクト。巨人タクシーやってる時に会いましたよね』
    タクトさんは、あなたにニコッと笑いかけた。
    『んでもってこっちはオオヒト急便で働いてるタクマ』
    『こんばんは』
    タクトさんが、隣にいる巨人さんに手を回して言う。
    つんつんと逆立った髪に、水色の大きな瞳が特徴的な巨人さんだった。その顔を見ていると、おや?とあなたは何かが引っかかった。
    この巨人さんは、昨日見かけた気がする。トラックを抱えて道を歩いていたのを覚えている。
    それにこうしてよくよく見ていると、それとは別に前にもどこかで見たことがあるような……

    続いてタクトさんは、タクマさんの隣にいる巨人さんを紹介してくれた。
    『こっちは街やビルの清掃をしているソウタ。2人とも俺の飲み仲間というか、ランニング仲間というか』
    『どうも』
    黒髪に、鼻のところにちょっとそばかすのある巨人さんだった。
    『実はこのお三方と、この店のテルアキさんにもうちの雑誌に出てもらったことがあるんですよね』
    カズキさんが補足するように言った。
    その言葉に、あなたは見覚えの原因に思い当たった。
    「あっ! もしかしてタクマさんって、前にGIGAMAGAの“働く巨人インタビュー”シリーズに出てた……
    『うわっ、そんな前のこと覚えてらっしゃるんですか? うわーちょっと恥ずかしいですね……
    タクマさんは、瞳の大きな顔を赤くして呟いた。
    そうそう、言われてみれば、この瞳の大きな童顔とギャップのある鍛えられた体付きが特に印象に残っていたので、覚えていたのだった。
    雑誌に載っていた生の巨人さんに会えたなんて感激だ。
    タクトさんも昨日取材を受けたことがあると言っていたし、ソウタさんやテルアキさんも、雑誌のバックナンバーを探したら見つけられるかもしれない。

    『人間のお客さんは、取材でオオヒト区の外から来たって言ってましたよね』
    『へー、そうなんですか?』
    タクマさんが気を取り直したように尋ねてきた。
    「はい。雑誌の企画に応募して……
    かくかくしかじか、とあなたは巨人さん3人にこれまでのことを話した。
    『へぇ~面白そうですね~』
    『そんな企画があったんですね』
    タクマさんとソウタさんも、タクトさんと初日に会った時と同じような感想を持ったようだった。

    『今日も色々なところ観光してきましたけど、どうでしたか? この2日間オオヒト区を旅してみて』
    カズキさんも尋ねてきた。
    改めて振り返ってみると、この2日間で体験したことはとても濃密に感じられた。
    オオヒト区に来るまでは、こんなにたくさんの巨人さんを見たり、話したりできるなんて想像もしていなかった。

    実際に触れ合ってみると、なんというか、巨人さんってただ身体が大きいだけじゃないんだな、と認識することが多かった。
    タクトさんは道中フレンドリーに話してくれたし、ホテルマンさんも各飲食店のウェイターさんも工房の店主さんも、とても丁寧に接客してくれた。自分よりも何倍も小さい相手にもそんな風に接することができるなんて、身体だけじゃなく度量も大きいというか、心まで大きい人が多いんだな、と感じされられる場面だった。
    (警官さんは何だかぶっきらぼうな態度だったけれど……今思えばそれはそれで貴重な体験ができたような気がする)

    牧場の巨人さんはあれだけの動物を大切に育てているようだし、人間の小さな小さな園児を連れている巨人さんまでいた。傍目に見ていても、大きな愛情を注いでくれる巨人さんなんだろうな、という印象のある温かい雰囲気があった。

    散策中見かけたレスキュー隊員さんや自衛隊の隊長さん、ライフセーバーさんなんかは、日頃から人の命を守るためにトレーニングしていることがありありと分かるような体付きをしていた。
    ほんの少しの間しか見られなかったけれど、身体の大きさに見合った包容力のある人なんだろうな、ということが伝わってくるかのようだった。

    それに、解体工事でビルをパワフルに破壊する工事現場のおじさんや、勢い良くパドルを漕ぐカヤック乗りの巨人さんの、力強くて豪快な姿もカッコいいなと感じた。

    思い出すままに話していくと、カズキさんも嬉しそうな笑みを浮かべた。
    『それはなにより。巨人のこと、気に入ってもらえて良かったです。俺の仕事って、巨人や街のことを知ってもらうことだと思うから。
    それに共存地区って楽しいところでしょ? それも体感してもらえて嬉しいです。俺も初めて来た頃を思い出すなぁ……。でも長いこと住んでるとそういう新鮮なことに気付く機会も減っていちゃって』
    カズキさんがしみじみした感じで言う。
    その口ぶりだと、カズキさんも元は共存地区外で住んでいたのかな。

    ……カズキさんにも最初こそ振り回されたものの、お世話になったし、何かお礼というか恩返しができないかな、と考えていた時、
    『だから、今回の記事はまた新鮮な気持ちで書けそうで面白くなりそうです! 今回取材を手伝ってくれたのが、あなたのような人でよかった』
    その言葉を聞いて、あなたは改めてここまで来た理由を思い返した。自分にできることは、この2日間体験してきたことを素直にインタビューで答えることだと感じた。
    実際に見て触れて感じたことはいくらでもある。それを少しでも多く話せたられたらいいな、と思う。
    巡ってきた街のことや、出会ってきた巨人さん達の魅力をいっぱい伝えられるようにがんばろう、とあなたは心に決めた。

    そんなあなたを見透かしたように、カズキさんはニッコリと微笑んでくれた。
    『明日からのインタビューも、よろしくお願いしますね!』

     

    終わり

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