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「はぁ……。とうとう着いてしまった……」
俺は電車を降りながら、ため息と一緒にそんな言葉を吐き出した。
俺が降り立ったのは、オオヒト区のターミナル駅。
オオヒト区といえば、人間の他に巨人がいることで有名な街だ。
そんな街になんで俺が来ることになったかというと、
俺の勤めている会社の取引先の会社がオオヒト区内にあって、
その会社へウチから一人、会議に行く予定だったんだが、
行くはずだった人が急遽行けなくなってしまい、
俺がなぜか代理に選ばれてしまったのだった。
まさか俺が行く事になるとは……。
生まれてこのかたずっと人間の町暮らしの俺には一生縁のない場所だと思っていた。
そりゃあ、巨人のことは中学や高校の社会の授業で習ったことはあるはずだが、
それっきりで今ではもうほとんど覚えていない。
巨人ってどれくらい大きいんだったっけ?
ていうかいきなり取って喰われたりはしないよな流石に……。
うーん、巨人に対する知識が無さ過ぎて、色々と悪い方向に考えてしまう。
こんなことなら授業中寝ないでちゃんと聞いておけばよかった。
(そもそも毎日部活部活で、勉強に励むような学生ではなかったけど)
今の所、到着したこの駅は俺が普段使っている電車や駅と様子は大して変わらない。
慣れない土地に地図を片手にキョロキョロしつつ、
俺はどうにか駅の出口を見つけた。
早いこと用事を終わらせてさっさと帰ろう、と思った矢先、
何か大きなものが俺の視界に入った。
褐色の太い柱のようなそれを、最初は「足」だとは認識できなかった。
しかしよく見ていると、それが黒い地下足袋を履いた
巨大な足だということが分かった。
そのまま視線を上げて見えたのは、引き締まったふくらはぎと、大きく発達した太もも。
それに連なる大き目の尻と、無駄な脂肪のない上半身。
更に見上げていくと、精悍な顔立ちの、こちらを見下ろす瞳と目が合った。
腹掛けに半股引、日に焼けた肌と、見るからに車夫という出で立ち。
人力車や車夫なら首都の観光スポットでも見かけることはある。
しかし、そこで見るのとは比べ物にならない大きさだった。
巨人だ。
なるべく関わらないうちに帰ろうと思っていたのに、早速見つかってしまった……。
俺があまりの巨大さにあっけにとられて見上げていると、
その巨人はニコリと笑みを浮かべ、口を開いた。
『どーも、お客さん。よかったら巨人タクシー乗っていかれます?』
軽く声をかけるような口調だったが、その声はマイクでも使っているかのように大きかった。
「巨人タクシー……?」
『そ。お客さんみたいな、人間さんを手に乗せて運ぶのが俺の仕事。
お客さん、さっきから地図持ってキョロキョロしてたし、
どっか行くところがあるんじゃないスか?』
「あー、えっと、東第2ビルっていう所を探してるんですけど……」
『あぁ、そこなら分かりますよ。ここからなら俺の足なら15分ぐらいですけど、どうします?』
この街の地理に明るくない俺にとっては非常にありがたい提案だ。俺はそこそこ方向音痴だし……。
……いきなり見ず知らずの巨人の手に乗るというのは少し気が引けるが。
しかし……と躊躇しながら巨人の顔をチラリと見上げると、相変わらず人当たりのいい笑みを浮かべている。
………ここで迷っていてもしょうがない。
「えーっと……じゃあお願いしよう……かな?」
と言うとその巨人はにっこりと笑って、
『ウッス! じゃあお客さん、俺の手に乗ってください』
片膝をついてしゃがみ、俺の前にその巨大な掌を差し出した。
俺はおっかなびっくり、巨大な親指に手をかけながら、どうにか掌の上に登ることができた。
俺が乗り込んだことを確認すると
『それじゃあ立ち上がりますよー! しっかり捕まっててくださいねー』
巨人は腰を浮かし始め、ゆっくり静かに立ち上がっていく。
そのスムーズな動きは俺のことを気をかけてくれているようで、
幸い俺は持ち上げられることにあまり怖さを感じずに済んだ。
完全に立ち上がった巨人は、俺の乗った掌を胸の位置程の高さに置く。
ビルの8階程の高さだろうか。
地上から急にそんな高さに来たので、見晴らしがとても良い。
こんな光景、別に普段からもビルの中から見ているはずなのに、
足下が巨人の呼吸と共に上下するからか、
硬いコンクリートのビルの上に立っている時とは全く違った感覚だ。
『では出発しますよー!』
巨人は俺にそう声をかけると、その大きな足でズシンと一歩踏み出した。
巨人は歩道ではなく車道を歩いていく。
まぁこんなに大きな巨人では人間用の歩道なんか入れないだろうけど……。
足元を通るの車を器用に避けつつスイスイと進んでいく。
俺は下を流れていくそんな景色をキョロキョロと見渡す。
『お客さん、ここに来るのは初めてですか?』
ふと巨人がそんなことを尋ねてきた。
「そうですけど……どうして分かったんですか?」
『いやぁ、さっき駅から出てきたときも地図片手に迷ってる感じでしたし、
今も物珍しそうに色んな所見てますからねー。』
巨人はこともなさげにそう答えた。
ざっくばらんな口調だが、特に不快ではない。
『それに俺、だいたいいつもあの駅の前で客待ちしてるんですけど、
あの駅って人間さんの街との出入り口みたいなもんじゃないですか?
だから初めて来る人間さんもよく来るんで、
お客さんのこともそうじゃないかなーってなんとなく分かったんスよね~。
あとは俺を見たときの反応も含めてね。
……あ、じゃあもしかして、巨人見るのも初めてだったりします?』
「そ、そうです……」
『そうッスか! いや~、俺が初めて見る巨人だなんて、何だか照れちゃうな~』
巨人は俺を持っていないほうの手で頭の後ろをガシガシとかきながら笑った。
「ところで……車道通っちゃって大丈夫なんですか?」
俺は下を覗き込みながら、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
『この辺りは人間さん用の建物と道路が多いから、
人間さんの乗り物用の道と共用なんスよ。
もっと街の中心の方とかにはちゃんと俺達用の道もありますよー』
なんて解説しながら、足下のオレンジ色をした歩道橋をヒョイと跨いでいった。
普段俺だったら見上げるような大きさの歩道橋も、
巨人には一跨ぎできるサイズなんだな……。
その後も、巨人はこの街ならではのものや制度、習慣なんかを色々と話してくれた。
一通り話が終わると、
『お客さんはどうしてオオヒト区まで来たんです?』
巨人は次にそんなことを聞いてきた。
俺は、うちの会社からここへ会議に参加しに来るはずだった社員が急に来れなくなったこと、
代わりに俺が来ることになったことなどを軽く説明した。
『へぇ〜、そうだったんスか。それじゃあ今からお仕事なんですね。
頑張ってくださいね!俺応援してるッスよ』
人懐っこい笑みを向けられて、なぜだか俺の心臓はドクッと波打った。
顔が赤くなるのを感じていると
『あ、お客さん、もうすぐ目的地のビルっスよ』
と言いながら、巨人が前方にあるひとつのビルを指差したので、
そっちに顔を向けて何とかごまかすことができた。
『さてお客さん、この街でのお金の払い方は知ってるっスか?』
あ、確かに巨人では、俺が普段使ってる小銭やお札は扱えそうもない。
でも確か会社を出る前に渡されたものの中に……。
「えっと、会社出る時にこんなの渡されたんですけど……」
俺はカードを一枚取り出した。
『おっ! それそれ。持ってるんなら話が早いや』
そういうと巨人は腹掛のポケットから
小さな(と言っても巨人にとってで、俺から見れば自動販売機ぐらいの大きさがある)
四角い機械を取り出した。
そのひとつの面に、液晶画面と、改札やレジにあるようなカードをタッチするマークが描かれている。
『マークのところにカードをタッチしてくださーい。
そしたら支払い完了だから。ちなみに料金は1000GPでーす。
あ、GPっていうのは、この街で使える通貨のことね。
人間さんのお金は俺達には小さすぎるし、巨人の金は人間さん達には大きすぎるでしょ?
だからこの街ではこうやって巨人と人間でお金のやりとりしてるんスよ』
なるほど。
言われた通り、カードを触れさせる。
するとピコンと小気味良い音が流れた。
『はい、確かに1000GP頂きました!ご利用ありがとうございました!』
と言って、巨人はゆっくりしゃがみながら、
俺の乗っている手を地面に降ろしていく。
地面に降り立ち、立ち上がった巨人を改めて見上げると、
あんな高いところにいたんだなぁ……、としみじみと思ってしまった。
『ちなみにそのカード、駅とかコンビニとかで残高確認したり、チャージができるから』
「そうですか。色々と教えてくれてありがとうございました」
『いえいえ! オオヒト区に初めて来たお客さんに、色々と教えたり観光ガイドしたりするのも俺の仕事ですから!』
巨人は爽やかな笑顔を浮かべて言った。
『あ、あとさっきのカード、スマホで読み取ったら
使った履歴とかウチの電話番号ものってるからさ、よかったら帰りも俺のこと呼んでよ。
じゃあね、お客さん。お仕事頑張ってねー』
軽く手を振ると、巨人はズシン、ズシンと地響きを立てながら去っていった。
時計を見ると、会議の時間までまだだいぶ余裕がある。
流石はあれだけ大きい巨人の移動速度といったところだろうか。
これだけ時間があれば、会議の前にじっくり資料を再確認する時間もありそうだ。
自分の足で来ていたらこうはならなかっただろうな。
駅に着いたときはどうなることかと思ったが、
以外と何とかなるもんだな。
最初はビクビクしていたけど、実際のところはそんなに怖がるものでもなかったな。
むしろ、あんなに色々と親切に教えてもらえてよかった。
それにしても、『帰りも俺のこと呼んでよ』か……。
営業上手だなぁ、と思いながらも、なぜか嫌な気はしない。
うん、せっかくだから、できたら帰りも彼の手に乗せてもらおう。
良い報告ができるように会議もがんばらないとな。
俺は改めて気を引き締めて、ビルのエントランスの扉をくぐった。
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