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オオヒト区への旅(前編)
あなたが驚くのも無理はなかった。
「やった……!本当に行けるんだ……!」
なにしろ巨人と人間の共存する街“オオヒト区”に行けることになったのだから。きっかけは、あなたがよく読んでいる共存地区についての情報雑誌「GIGAMAGA」のページをめくっていた時のことだった。
「募集!オオヒト区体験レポーター」
という記事を見つけた。
「共存地区以外の街に住んでいる人が、オオヒト区を見てどう思うのか、オオヒト区に住む人々を見て何を感じるのか、体験談をインタビューさせてください!
共存地区を実際に訪れていただき、感じたことを記事にしてみませんか?」という内容だった。
それは面白そうだし、共存地区に前々から興味のあったあなたにとって願ってもないチャンスだった。
興味を惹かれたものの、当選するとも限らないのであなたは気軽な気持ちで応募してみることにした。その結果が帰ってきたのだった。
雑誌の記者から連絡があり、あなたにオオヒト区での観光を体験してもらい、それを元にインタビューしたいとのことだった。期間は2週間後の3日間。前半2日間でオオヒト区を巡り、最終日に記者さんが観光した内容を尋ね、記事の内容をまとめるということになった。あなたの頭の中に、雑誌やインターネットでしか目にしたことのない光景がいくつか浮かんだ。
人間であるあなたと20倍以上もの体格を持つ巨人の姿。そんな巨人と、人間というサイズの違う種族が暮らす土地や建物、そこでの生活――。
まだ実物を見たことがなかったそれらに、遭遇するチャンスを得たのだ。あなたは口元がゆるむのを感じつつ、急いで旅の支度にとりかかった。旅に必要なものを揃えたり、仕事の調整をしたりするうちに、準備期間は慌しく過ぎていった。
そして迎えた金曜日の朝、あなたは共存地区へ向かう列車に乗り込んだ。
いくつかの乗り換えを経て車窓の外に見えてきたのは、広い海と、その上を渡る共存地区へと繋がる橋。その向こうにうっすらと見えてくる、大きな街並み。その光景にワクワクしつつ、あなたは窓の向こうを眺めていた。そしてついに電車は、オオヒト区へのターミナル駅へと滑り込んでいった。減速し停止すると電車のドアが開き、人が続々と降りていく。あなたもホームに降り立った。
駅やホーム自体はあなたが普段使っている駅のホームと似たようなつくりだったが、天井は普段目にするものよりはるかに高く、早々に巨人を生で見られるんじゃないかとあなたの期待も高まってくる。
しかし残念ながら今はホームに見送りや出迎えに来ている巨人の姿は見られなかった。
あなたは他の人の流れについていく形で改札へと向かうことにした。駅の入り口も天井が高く、太い柱がいくつも立っていた。土地勘のないあなたはキョロキョロと辺りを見回しつつ、標識を頼りにうろうろと彷徨う。
メールでやりとりしていた「カズキ」という名前の雑誌記者が駅の入り口であなたを待っているとのことなのだが、
「青いジャケットを着ている……って書いてあったけど、どこにいるんだろう?」
とあたりをうかがっていると
『あなたが応募してくれた人?』
頭上から声が降ってきた。
ハッとして振り返ると、柱の1本にもたれかかっている人物がいた。ツヤっとした革靴に、ベージュのスラックス。白いシャツの上に青いジャケットを羽織っていた。ただ、その大きさは革靴だけでも車よりも大きく、頭はあなたの頭上のはるか先だった。
声をかけてきた人物は、巨人だった。ついに巨人を自分の目で目撃してしまった。なぜ見ず知らずの巨人があなたのことを知っているのか。あなたにはすぐに察しがついた。
「もしかして……カズキさん?」
あなたが驚きや興奮の混じった声でどうにかそう聞くと
『そうです。ようこそオオヒト区へ』
巨人――カズキさんがにこっと笑いかけながら答え、もたれかかっていた柱から腰を浮かせた。たったそれだけの動作でもズンと地響きがした。あなたがあっけにとられて見上げていると
『ああ、いいですね、そういう表情! やっぱり初めて巨人を見る人のそういう表情は新鮮でいいですね。オオヒト区にいる人間さんからじゃ絶対に引き出せないですから』
カズキさんは嬉しそうに言った。
『えーっと、とはいえ巨人であることを隠していてすみませんでした。本来ならば事前に明かしておくのが礼儀なんですけどね、あえて黙っていました。その方が驚きも倍増でしょ?』
そういえば、メールでは一切聞かされていなかった気がする。『じゃあ早速だけど移動しましょうか。僕の手に乗ってください』
カズキさんはしゃがみこんで、あなたの目の前に掌を差し出してきた。手だけでもあなたが大の字になって転がっても余裕な大きさだ。
あなたは初めて乗る巨人の掌に若干どぎまぎしつつ、なんとか登ることができた。
『じゃあ、立ちますよ。しっかり掴まっててくださいね』
カズキさんがゆっくり立ち上がると、地面が離れていく。ズシン、ズシンと足音を立てて、カズキさんは駅の外へ歩き始める。
『じゃあ、まずは色々と必要なものを渡しておきますね。こっちの袋は靴を入れる用のものです。僕はあんまり気にしないですけど、そうじゃない巨人もいるんで、掌に乗るときは靴脱ぐのが無難だと思いますよ。
そしてこっちのはタブレット端末です。滞在中お貸ししておきます。訪れた場所や体験したことはメモしたり写真に撮ったりしておいてくださいね。あとでそれを元にインタビューするんで。
あとこれは、この街で巨人・人間双方の支払いに使えるICカードです。いくらかチャージされてますので、乗り物や、買い物の時に使ってください』
カズキさんは歩みを進めながら早口で説明していった。『まずはホテルにチェックインしてもらいますね。えーっと、その後の行動ですが、メールでもやりとりしてた通り、今回の企画は「共存地区を初めて訪れる人間さんが何をどう感じるか?」というのがテーマになってます。なので今日一日は、あなたが思うように好きに行動しちゃってください』
「え? カズキさんも同行してくれるんじゃないんですか?」
『それだと、よくあるツアーになって面白さも半減しちゃうでしょ? 初めて来た人の直感を大事にしたいんですよー』
カズキさんはこともなげにさらっと言う。
『まあ、あまり気張らずに好きなように観光してみてください。
大丈夫!明日からは僕も同行しますし、何か困ったことがあったら電話してもらっても良いですから』
なんてことを一方的に言われているうちに駅前ロータリーまで出ていた。
『おーい、すみません!』
カズキさんは、ロータリーにいた、黒い装束を着た巨人に声をかけた。
『おっ、カズキさんじゃないっすか。今日も取材中ですか?』
黒い装束を着た巨人がカズキさんに親しげに話しかけた。どうやら知り合いのようだ。
『ええ、まあそんなところです。それでちょっとお願いがあるんですが、この人をオオヒトグランドホテルまで連れて行ってもらえますか?』
『はい、了解しました!』
カズキさんはあなたを黒い装束の巨人の掌へと移しかえると、巨人は歩き始めてしまった。
思わずカズキさんの方を振り返ると、
『それじゃあ、記録はガンガン残していってくださいねー!オオヒト区での旅を楽しんでいってくださーい!』
なんて言いながら手を振っているのが見えた。
なんだかすごく無茶振りをする人だなぁ……と思いながら、ふと今乗っている手の持ち主を見上げる。
とっさのことで先ほどは気が回らなかったが、黒い衣装に日焼けした肌……、巨人タクシーだ、と雑誌で見ていたあなたには見当が付いた。
『お客さんは、カズキさんとお知り合いなんですか?』
巨人さんが話しかけてきた。
「うーん、知り合いというかなんというか……」
あなたはオオヒト区まで来た経緯を説明した。
『へぇー、あの雑誌でそんな企画やってるんですね。俺も前に取材されたことあるんですよ。あ、よかったら巨人タクシーのこともぜひ宣伝しておいてくださいね!どうですか、巨人タクシーの乗り心地は?』
「え、ええ……最初はドキドキしましたけど、普段とは目線が全然違って新鮮ですね。」
あなたは掌の上から、巨人さんの足元を覗き込みながら言った。巨人さんの足は、そばを通る車やバスをスイスイと避けながら通り抜けていく。
『そうでしょうそうでしょう!初めてオオヒト区に来られた人にはいつも驚かれるんですよ』
そうやって巨人タクシーさんと楽しく会話をしているうちに、目的地のホテルまで辿り着いた。会計を済ましてあなたが地面に降りると
『じゃあ、オオヒト区の観光楽しんでいってくださいね!』
巨人さんは爽やかな笑顔で元気に挨拶すると、ズシンズシンと足音を立てて去っていった。雑誌で見て、いつか乗ってみたいと思っていたものに来て早々あっさりと乗れてしまった。カズキさんに若干無理矢理乗せられた感があるものの、その点はカズキさんに感謝しなければならない、かもしれない。
乗った感想なんかもインタビューの時に言えたらいいな、宣伝も頼まれたし。と思い、忘れないうちに簡単にメモにまとめておくことにした。メモを書き終わると、ホテルへと目を向ける。
赤いカーペットが敷かれ、とても高い天井にはシャンデリアが吊り下げられている。正面玄関には、黒と金の制服に身を包んだ、ピシッとした立ち姿がカッコイイ巨人のドアマンがいた。
巨人ドアマンは
『いらっしゃいませ。チェックインでございますか?』と笑顔で迎えてくれた。
「は、はい」
『ではこちらへどうぞ』
とても身体が大きいのに威圧感を与えない丁寧な物腰にドキドキしつつ、あなたは示された方にある人間用のフロントデスクに向かう。
「いらっしゃいませ。ご予約はございますか?」
「はい」
カズキさんがホテルの予約をしていてくれたので、予約票を提示し、台帳に名前を記入する。
「こちらがお部屋の鍵でございます。403号室のお部屋をご用意させていただきました。係りの者がご案内いたします」
後ろに控えていた巨人のベルボーイが『お乗りください』と白手袋に包まれた手をあなたの前に差し出してきた。その巨大な手に乗り込むと、巨人はあなたの荷物も手に乗せ、スッと立ち上がる。あっという間に403号室の前まで運んでくれた。
『1階へ降りられる際は、あちらにエレベーターがございます。また、我々へ御用がございましたら遠慮なくお申し付けください』
巨人ベルボーイは部屋の前で待ち構えていた人間のボーイにあなたの荷物を受け渡すと、丁寧にお辞儀して去っていった。
人間のボーイに案内されて部屋に入る。掃除の行き届いた、落ち着いた雰囲気のキレイな部屋だった。ボーイが去った後、あなたは白いシーツに大きな枕のあるベッドの上に倒れこんだ。そのまま目を閉じてゆっくりしたい気分だったが、あなたはガバッと身体を起こして
「いろんなところ見てまわらないとね……」
最低限の荷物だけカバンに入れて部屋を後にした。ホテルの入り口に戻ってくると、あなたは先ほど声をかけてくれた巨人のドアマンさんに話しかけた。
「あのー、すみません」
『はい、どうされましたか?』
ドアマンさんは、立膝を付いて優しく声をかけてきた。
「この辺で観光できるようなところはありますか?」
『そうですね、あちらの道を進むと、街の中心に出ますので、飲食店やお土産店などもたくさんございますよ。あとは――』
ドアマンさんは丁寧にホテルの周辺について説明してくれた。
「ありがとうございます!助かりました」
とお礼を言うとドアマンさんは
『また何かありましたらいつでも声をかけてください』と言って立ち上がった。
とても親切で丁寧な巨人ドアマンさんだな、と思いあなたはさらっとメモを取った。あなたは人間用歩道を歩く。とりあえず道なりに散策してみることにした。
改めて自分の足で歩いていると、色々と発見がある。ただ道を歩いているだけでも行き交う巨人の足音や地響きを感じることができる。横を通り過ぎていく巨人を、あなたはついつい目で追ってしまう。さっきは豪快にもトラックを抱えた、水色の制服を着た配送業者らしい巨人が歩いていったし、今はスーツ姿の背の高い巨人が腕時計を見て慌てた様子で走っていった。
巨人が足音を立てて通り過ぎていく。たったそれだけでもあなたにとっては胸が躍る光景だった。
反対に、あなたの周りを歩いている人達は慣れっこなのか、特に気にする様子は見られない。
そんなカルチャーギャップがなんだか面白く感じられた。オオヒト区に住んでいる人には日常的な光景でも、外から来た自分には物珍しく映る……と、素直な感想を書き取った。しばらく進んでいくと、人間用の歩道も巨人用歩道も人通りが多く、賑わってきた。このあたりが街の中心部のようだ。
あなたはぐるっと辺りを見渡す。
途轍もなく大きい、巨人用の建物のすみっこに人間用のドアがあったり、あなたの目の高さにある標識と同じものがビルの屋上に大きなサイズで掲げてあったり。サイズのごちゃまぜ感が、不思議な場所に迷い込んだような気分にさせた。そんな様子を興味深くきょろきょろと眺めていると、背の高いビルの側面に、大型ビジョンが設置されているのに気が付いた。
『続いてのニュースです』
ビジョンの中では、アナウンサーがニュースを読み上げていた。隣に何人かいるコメンテーターよりもはるかに大きい、メガネをかけた巨人のアナウンサーだ。
『人間区の×××××氏が共存地区の×××××氏への表敬訪問に訪れ――』
人間の政治家が黒いスーツを着た巨人の掌の上に乗って移動している映像が流れた。スーツがよく似合う、スキのない雰囲気の巨人だった。護衛の人だろうか。あんな巨人さんに守ってもらえるなんて羨ましいなぁ、などとぼんやり考えていると、ニュースの画面が切り替わったのであなたは散策に戻ることにした。タイルで舗装された道からエスカレーターで上っていくと、広い高架の回廊に繋がっていた。
地上の歩道よりも見晴らしが良く、花壇やベンチ、噴水が整備され、ちょっとした広場のようになっている。巨人の目線と同じ高さの所や巨人が下をくぐれるような高さの所もあり、街の各方面へと繋がるデッキになっているようだ。
あなたが回廊の上を歩いていると、地上に消防署があるのが見えた。
訓練場らしきところでは人間の消防士が腕立てをしている。
それに混じって、巨人の消防士の姿もあった。同じく腕立てをしている。青のシャツに汗がにじみ、顎の先からも大粒の汗が滴り落ちている。真剣な表情で黙々とトレーニングをこなしている姿はかなりかっこよかった。
巨人消防士のこんな姿が見られるなんて良いスポットだな、とちょっとした発見が嬉しくなり、あなたはメモに書き残した。再び歩き始めると、後ろからワーッと騒がしい声が聞こえてきた。見てみると、水色の服に帽子をかぶった園児達だった。園外散歩をしているようで、仲良く手を繋いで歩いている。こういう光景は自分のまわりでも良く見かけるな、とあなたが思っていると
『みんなー、そろそろ園に戻るよー。先生の手に乗ってねー』
エプロンをした巨人さんが声をかけ、子供達に手を差し出す。子供達もわいわいと楽しそうに巨人の手の元に集まっていく。あなたのまわりでも、子供をカートに乗せて移動しているのを見たことがあるが、カート代わりに巨人の保育士さんの手に乗るのは共存地区ならではだな、とあなたは思った。そろそろお昼時。
階段で高架を降りると、どこか近くに飲食店はないかな、とそばにあったバス停のマップに近づいていった。
それによると、バスで何駅か進んだ先に自然公園があって、そのそばにレストランやカフェなどの店舗もあるようだ。丁度その方向に向かうバスがやってきたので、あなたは乗ってみることにした。しばらくバスに揺られ、広くて整備された公園の前にやって来た。確かにレストランやテイクアウトできる店が公園に面して立ち並んでいる。
せっかく晴れているのでテラス席のある店で昼食をとることにした。
手渡されたメニューを見ると、オオヒト区で育てられた野菜、
それも巨人サイズのものを使ったサンドイッチがオススメとのことだった。
面白そうなのでそれを注文してみる。テーブルに運ばれてきたサンドイッチは、見た目はよくあるものとさして変わらないように見えた。
一口かじってみると、なるほど、若干歯ごたえのある野菜もあったが味は普段食べているものより濃い気がする。サンドイッチを食べ終わり、あなたは公園の方を眺める。
テラス席から見えるのは、緑色の絨毯のような芝生エリアと良く晴れた空。そしてそんな青空の下、キャッチボールやジョギングなど思い思いに過ごす巨人や人間の姿があった。
そんな様子を何枚か写真に撮っておいた。他にも巨人が植樹作業をしているのが見えた。緑色のエプロンをして、髪には黄緑色のヘアピンをとめている。黒いビニールポットから木を土ごと取り出し、スコップで掘られた穴に植えていく。やっていることは鉢に花を植えていくのと近いのに、巨人がやるとスケールが違うなぁ、と思いながらあなたは森が出来上がっていくのを眺めていた。
お腹も満たされ元気になったあなたは再び散策を始める。
しばらくぶらぶらと歩いて十字路にさしかかった時、角の向こうからズズンッ!っと大きな音が響いた。
なんだろう、と思いあなたは音のした方へ行ってみると、そこは工事現場だった。
オレンジ色のフェンスが張り巡らされている。そのフェンスの向こうに作業服を着た巨人が立っていた。その足元には、半壊したビルとガラガラと崩れ去った瓦礫。
あなたが見上げていると、巨人はその大きな足を半壊したビルの上に持ち上げ、勢いよく振り下ろした。
ズズズンッ!っとさっきより大きな音を立てて、ビルは更に崩れていく。
あなたは近くにあった看板に目を向ける。
「建物解体工事中・ご迷惑をおかけします」とあった。
なるほど、とあなたは合点がいった。共存地区では、建物を取り壊すのには重機を使うより、巨人さんに頼んだ方が効率が良いのか。
それにしても豪快な工事だなぁ、とあなたはしばらくの間ビルが踏み潰されていくのを眺めたり、写真に収めたりした後、再び歩き始めた。少し日が傾いてきた。
そろそろホテルに戻ろうか、とあなたは思ったが、ふと辺りを見てみるとまわりにあるのは背の高い巨人用の建物ばかりだった。
困ったな……と思っていると、向こうからズシンズシンと巨人が歩いてくるのが見えた。
水色のシャツに紺のズボン。警察官のようだ。
助かった!と思ってあなたは大きく手を振って声をかけた。
「すみませーん!ちょっと道に迷って……」
あなたに気付いた巨人警察官はズンズンとあなたのほうに迫ってくる。
あなたを見下ろし、逆光になっているので少し怖い。不審者とでも思われているのだろうか……。
『なんかモゾモゾ気配がすると思ったら……。観光の人?』
「はい、ちょっと道に迷ってしまって」
『この辺は巨人の建物ばかりですよ。人間が不用意にウロウロしない方がいい。この道を進んで右に曲がると街の中心に行けるから、はやく戻ったほうがいいですよ』
巨人警官が道を指し示しながら言う。
『じゃ、まだパトロールの続きがあるんで』
巨人警官はズシンズシンと足音を立てて行ってしまった。
せめて街の中心部まででも道案内してもらいたかったけど……仕方ない、とあなたは指示された道を歩き始めた。
広い道をしばらく歩いて、ようやく角に辿り着いた。
その時、再びズシンズシンと巨人の足音が聞こえてきた。見てみると先ほどの警官だった。
『……こっちはパトロールが終わったってのに、まだいたんですか』
巨人は溜め息を付きつつ言った。
『ったく、人間の歩く速度だとずっとその調子でしょ?またウロチョロされても困りますし、特別に街の中心まで連れて行ってあげますよ』
巨人はしゃがみ込み、あなたの前に手を広げた。
なぜだかぶっきらぼうで渋々って感じだけど、……面倒見はいい人、なのかな?
「あ、ありがとうございます」
あなたはお礼を言ってその巨大な手に乗り込んだ。巨人のお巡りさんのおかげで、あなたは見覚えのある場所まで戻ってくることができた。大型ビジョンが見える。
『ビッグな爽快感 GIGAMINTタブレット 巨人・人間両サイズで好評発売中!』というテロップと共に、ミント色の衣装を着て踊っているアイドルの姿が映し出されている。巨人アイドルのマナトが出演しているCMだ。
マナトと言えば、元気な歌声とダンスで共存地区内外でも有名だ。雑誌にもよく出ているのであなたもよく知っていた。
流石に今回の滞在では無理だろうが、いつかは生で見てみたいものだなぁ、と物思いに耽っていると、後ろからズシンズシンと、巨人の高校生5、6人の集団が団子になって賑やかしゃべりながらに歩いてくるのが見えた。身体はとても大きいけど、ああいう下校風景はどこも変わらないんだな、と思っていると
『おっ、お前の出てるCMじゃん!』
集団の1人が、ビジョンを指差しながら言った。
『やめろよーわざわざ言うなよー恥ずかしいだろー?』
別の1人が照れたように笑いながら、その集団はズシンズシンと足音を立てて去っていった。
(お前の出てるCM、って、集団に紛れてて顔はよく見えなかったけどひょっとして……?)ホテルへの道すがらお土産の下見をしたり、部屋でつまむものを買ったりしつつ、あなたはホテルへ戻る道を探す。
「次の角を曲がって……あっちか」
あなたはタブレットを頼りに進んでいく。
地図によるとホテルへ戻る道は――
「……巨人用道路をはさんで向こう側か……」
あなたの目の前には、かなりの幅がある道路が広がっている。
あちら側に渡りたい。しかし、あなたの近くには信号や歩道橋は見当たらない。ついでに言うと巨人の姿も見られなかった。
「よし、いいや、渡っちゃえ」
あなたは小走りに巨人用道路を横断しはじめた。
あなたが道の真ん中ほどに差し掛かった時、ズシン、ズシンとかすかに地響きがしはじめ、しだいに近づいてくる。
その方向へ目をやると、曲がり角から、大学生風の巨人が2人並んで歩いて来ているところだった。
2人はおしゃべりに夢中なようで、あなたには目を向ける気配もない。
このまま踏み潰される!?かと思ったが、1人の巨人の足が持ち上がったかと思うと、あなたの頭上でピタッと一瞬止まり、そのまま踏み降ろすコースからは外れ、あなたから離れた位置に着地した。
あなたは巨人の顔を見上げたが、巨人は何事もなかったかのようにおしゃべりを続け、歩き去っていった。こちらを直接見た様子も無かった。まるで人間がいることが分かってわざと歩幅を変えたような気がしたのに……。
……そういえば聞いたことがある。巨人は人間よりも温度や
音等をキャッチする感覚が鋭いと。先ほどの警官さんも『モゾモゾ気配がする』とか言ってたっけ。それで足元に人間がいることが分かったのだろうか?
ともあれ、巨人用道路の無理な横断はもうやめよう、とあなたは肝に銘じたのだった。何とか帰りつくと、もうすぐ夕食の予約の時間だ。一旦部屋に荷物を置き、ダイニングホールへと向かった。
相変わらず高い天井に、巨人が何十人入っても余裕なほど広いホールだった。スタッフに案内され、巨人サイズのテーブルを支えている脚の1本に向かう。この脚はエレベーターになっており、簡単に天板まで上がることができた。
ドアが開きエレベーターから出ると、既に多くの人間でにぎわっていた。
このテーブル丸ごとひとつが、人間用のビュッフェ会場になっているようだ。あなたも人間のウェイターに席に案内された後、料理の並べられているコーナーへ向かう。
どれもこれもキレイに盛り付けられていて、キラキラと輝いているように見えた。
ここでも巨人サイズの食材は名物のようで、芽キャベツで作ったというロールキャベツや、ウズラの卵を使ったというオムレツなどが並べられているのが面白かった。
好きなものを好きなだけ取ったあなたは、席に戻って美味しい食事を堪能した。
食べている最中、巨人のウェイターがコーナーの一角丸ごとできたての料理に入れ替えているのにも驚いた。
あなたのいる巨大なテーブルの向こう側でも、巨人の客がビュッフェを楽しんでいるのが見えた。
遠目にだが、巨人用の席に人間の客が同席しているのも見える。巨人さんと一緒に来たのかな、同席できるのは羨ましいな……なんてことを思いつつ、あなたとさほど大きさの変わらない食べ物が、巨人の口の中に消えていくのはなかなかに迫力のある光景だった。食事を終えたあなたは自室に戻ってきた。
シャワーを浴び、寝る用意を済ませてベッドに寝転がる。
タブレットを見ると、カズキさんから『観光はどうでした? 明日の朝ホテルに迎えに行きますのでよろしくお願いします』とメッセージが来ていた。簡単に返信をして、あなたは今日のことを振り返る。
今日1日だけでもたくさんの巨人を見ることができた。
眠る前なのに、既に夢を見ているような気分の1日だった。明日にも期待ができそうだ、と思いながら目を閉じると、あなたは気分良く眠りに落ちることができた。前編 終わり
オオヒト区への旅(後編)
朝。ホテルのロビーラウンジで、カズキさんが巨人用の大きなソファーに腰掛けてあなたを待っていた。
「昨日は驚きましたよ。いきなり放り出すんですもん……」
『まぁまぁ! 今日は僕がしっかりエスコートしますからね!』
カズキさんはあなたの抗議もなんのその、人当たりの良い笑みで答えた。
『昨日送ってもらったメールを元に、まだ行かれてないスポットでオススメなところをいくつかピックアップしてきましたからね』
「え? メール送ったの結構夜遅かったですけど、それから考えてたんですか?」
『ええ、まぁ、こういう仕事柄、そういう場所はいくつかおさえてますから。それに俺、こういうの考えるのは結構好きなんで』
一見飄々とした感じのするカズキさんだが、こういうところは流石は記者というところなのだろうか。
『さあさあ、早速出発しましょう! いろんな所まわりますから覚悟しておいてくださいね!』
カズキさんがあなたの前に手を差し出した。あなた達が最初に着いたのは牧場だった。
だだっ広い草地がどこまでも続いている、開放感あふれるところだった。遠くの方では、巨大なサイズの牛が放牧され、のんびりと草を食んでいるのが見えた。ここでは餌やり体験ができるとのことらしい。既に何人かの人間のグループも集まってきている。
『では餌やり体験の方はこちらへどうぞー!』
緑色のつなぎを着た、背の高い若い巨人さんに案内されて、鶏舎へと入っていった。「……おおっ」
あなたの目の前には、たくさんのヒヨコがいる。
黄色くてふわふわでピヨピヨ鳴いていてなんとも可愛らしい……が、どれもあなたの身長より大きかった。
あなたはヒヨコ用の餌のついた棒を持って柵の前にいるが、それを見つけたヒヨコ達が群がってくる。可愛いような、ちょっと怖いような……。
なんとか餌をあげ切ったあなたを尻目に、
『いや~、ふわふわしてて可愛いですね~』
カズキさんは片手にヒヨコを乗せて、もう片方の手に乗せた餌をやっていた。
……こうして巨人の手に収まっている姿を見れば、やっぱり小さくて可愛い気がした。あなた達が次に訪れたのは、陸上自衛隊の演習場。
『訓練開始!』
牧場でのほのぼのとした空気からは一変、緊張感のある声が響いた。
今日はここで防災・救助訓練の公開演習が行われる、とカズキさんが教えてくれた。あなたの立っているまわりには、倒壊したビルを模した瓦礫が散乱している。あなたは、集まった観客の中から、要救助者の役を与えられてしまった。
瓦礫の向こうに、迷彩服を着た何人かの人間の隊員さんと、巨人の隊長さんが見える。人間の隊員さんも皆遠目にも分かるほど立派な体格だったが、巨人の隊長さんは特に鍛え抜かれた身体をしていた。流石は自衛隊員、もしかしたら今まで見てきた巨人さんの中でも格段にガッシリとした体付きかもしれない。
巨人の隊長さんが一歩一歩注意深く足を瓦礫に踏み降ろし進んでいく。その都度足元にいる人間の隊員さんが、まわりに取り残された人がいないか、崩れそうな瓦礫がないか確認し、着実にあなたの元を目指す。慎重に、そして迅速な動きで救助隊は、あなたのすぐ前にある一際大きな瓦礫の前まで辿り着いた。
『ふんっ!!』
巨人の隊長さんが、掛け声と共にその大きな瓦礫を持ち上げる。瓦礫が無くなってできたスペースから人間の隊員さん達があなたの元へ駆け寄る。
「要救助者確保!」
人間の隊員さんが叫ぶと、観客から大きな歓声があがった。『お疲れ様でした。突然の申し出にもかかわらずご協力頂き感謝します』
あなたは、巨人の隊長さんの手に乗せられ、観客席まで戻っていく。
分厚くてまめや傷の多くできた手。あぁ、この手でたくさんの人を守ってきたんだろうなぁ、と如実に感じさせる力強い手だった。カズキさんのところまで戻ってきた。
『救助される役に選ばれるなんてラッキーでしたね!』
そういうカズキさんも、公開演習の様子が撮影できてなかなか楽しんでいる様子だった。
『さあ、次はそろそろお昼ごはんにしましょうか。僕のオススメのお店があるんです。海辺なんでここからだとちょっと歩きますけど、まぁ歩くのは僕なんで大丈夫ですよね!』
カズキさんは立ち上がって元気よく歩き出した。『海が見えてきましたよ』
カズキさんがあなたの乗った手を少し持ち上げる。
「おお……!」
あなたの目の前にも、キラキラと太陽の光を反射して青く輝く海が広がった。
その海に沿って長く続く浜辺には、海水浴客の巨人も人間も入り混じって賑わっている。
「結構たくさん人がいますね」
『そうですねー、この辺は海水浴もそうですけど、人間さんがサーフィンするのにもいい条件が揃ってるらしいですよ』
「巨人さんは、サーフィンはしないんですか?」
『波が小さすぎて、人間さんのようには波に乗れないんですよねー。その分ウィンドサーフィンとかシーカヤックとか、シュノーケリングやダイビングなんかは巨人にも人気ですよ』
なんて巨人さんのマリンスポーツの豆知識を解説してくれた。ふと、ズシン、ズシンと向こうから巨人のライフセーバーが歩いてくるのが見えた。
こんがり日焼けした肌に、ライフセーバー用の真っ赤な水着が眩しい。
ビーチにいる巨人の中でも一際存在感があって、ついつい視線を引きつけられてしまった。
あんな巨人さんが見守ってくれていたら安心してビーチで過ごせるだろうなぁ、と思いつつあなたは巨人ライフセーバーを眺めていた。『ここでお昼にしましょう!』
カズキさんは、浜の前に建つレストランの前であなたに声をかけた。青いタイルを張り合わせた外壁の、キレイなお店だった。
席に通され、メニューを眺める。
『ここはピザがオススメなんですよ。もちろん人間さんサイズのものもありますけど、どうします?』
「あ、じゃあそれで」
確かに通された席のすぐ前には、大きなドーム型の窯があった。その横で巨人さんが具材をトッピングして、ピザピールに乗せて窯に入れている。注文したものが来るまでの間、あなたとカズキさんは昨日の感想をまとめたメモや写真を見ながら待つことにした。
『ふーん、なるほど、人間さんならではの視点ですねー』
カズキさんがメモや写真を見ながら言う。なかなか好感触なようだった。『どうでした? 今日午前中行ったところは』
「面白かったです。なかなか普段体験できないようなことができたと思います」
『それは良かった! 午前は山の方だったんで、午後は海の方を観光していきますよー! ……あと個人的にちょっとお願いしたいことが……』
「?」
『お待たせしました』
カズキさんが何か言いかけた時に、注文したものがテーブルに届けられた。
『まあ、それは後でいいや。冷めないうちにいただきましょう!』
カズキさんが大きな一口でピザにかじりついた。
『んー!やっぱり美味いなー!』
そんな様子をしげしげと見つめていると、カズキさんと目が合った。
『ん? どうしました?』
「い、いえ、なんでも……」
昨夜もホテルでの夕食で遠目に巨人さんが食べ物を口に運んでいるところを見かけたが、こうして間近で見るとはるかに迫力がある。しどろもどろになりながら、カズキさんの口の中に、自分よりも大きなピザの塊が消えていくのを眺めていた。ドキドキの昼食を終えて、あなたとカズキさんは海辺の散策に戻る。
「カズキさん、あそこのお店は何ですか?」
『あー、あそこは、海に流れ着いたものとか、人間さんの不要になったものとかをアクセサリーや雑貨に加工してる工房兼ショップですね。入ってみます?』
「そうですね……せっかくなんで」『いらっしゃいませ』
店の奥から挨拶が聞こえた。低くて渋い感じの声だった。奥の方を覗くと、白髪の混じった、穏やかな雰囲気の中年の巨人さんがいた。ここの店主さんのようだ。木目調の落ち着いた店内では、巨人サイズのネックレスやキーホルダー、装飾品などが並べられていた。
人間サイズのサーフボードや、錨、浮き球なんかが加工されて巨人のアクセサリーになっているのが面白い。あなたたちの他に、人間と巨人の先客もいた。こちらに背を向けてふたりして商品を見ているようだ。
「これとかキョウイチに似合うんじゃない? あ、あっちのも似合いそう!」
『う~ん、こういうのは俺にはよく分かんねぇなぁ……。レイが選んだものにまかせるよ』
商品を眺めていた巨人が振り返る。
「っ……!」
あなたは思わず息が詰まってしまった。振り返った巨人はタンクトップを着ていて、ガタイが良くて、三白眼だった。一言で言うと、なんだか恐そうな雰囲気だった。
でも
「ねーねーこれもカッコイイよーつけてみてよー」
『ん……こんなの普段つけないからちょっと恥ずかしいな……』
「たまにはつけてみたらいいじゃん! 絶対似合うよ!」
人間の人に急かされるようにアクセサリーを身に着けさせられていたりして、ちょっと照れくさそうなのがなんだか微笑ましかった。『あ、この辺人間さんサイズの商品も置いてありますよ』
カズキさんが近くにあった商品棚を指しながら声をかけてきた。
「本当ですね」
あなたが近づいてみると、大きめのトートバッグや鞄が
並べられている。脇には解説が書かれていた。
「えーっと……“使われなくなった人間のヨットの帆を再利用してバッグを作りました”ですって。へぇー、珍しいですね」
『そうですねー。こんな小っちゃいカバンも、あの店主さんが1個1個手作りで作ってるんですね。器用な人だなぁ』
カズキさんが、鞄のひとつを摘みあげて物珍しそうに眺めた。確かに、人間にとっては担げるサイズの鞄でも、今カズキさんが摘み上げてる指と比べてみると、まさにミニチュアのような大きさだ。……値段もそこそこするみたいだけど、せっかくこの街で何か買って帰るなら、どうせなら巨人さんが作ったものの方が思い出になりそうだな……とあなたは思った。
元になった生地によってそれぞれ色や柄が違うようなので、好みのものも見つかりそうだ。
「……よし、これにしよっと」
しばらく考えて、あなたは買うカバンを決めた。『おっ、その鞄買うんですか?』
「はい。せっかくなのでこの街に来た記念に……」
『いいですね! 俺も何か買おっかな~』
カズキさんが飾られてる商品をあちこち見る。
『おっ、コレにしようかな』
カズキさんが手を伸ばしたのは、巨人用のブレスレットのコーナーだった。
カズキさんが手に取った物は、布を編んで作られたブレスレット。あなたが選んだカバンと同じ布が使われているようだ。
『へへっ、俺も今回の旅の記念ということで』
カズキさんは照れたように笑いながらブレスレットをつけた腕を見せてくれた。次にあなた達がやってきたのは、ショッピングモール。
人間用の店舗がずらりと並んだフロアが、何階層にも連なっている。そのすぐ横の吹き抜け部分を、巨人の客が行き交っていた。
吹き抜けのショッピングモールは共存地区以外の場所にもたくさんあるが、こんな光景は共存地区ならではだな、とあなたは興味深く見回したり、写真に撮ったりした。そんなあなたを、カズキさんはなぜか困ったような表情で見下ろしていた。
『あー……人間さんのフロアでお買い物とかされたいですよねー……。でもその前に! ちょっと付き合ってもらえません?』
「別に買い物は後でも構いませんけど……」
『それなら良かった! ではこちらに行きましょう!』
なんだか嬉しそうにカズキさんは歩き始めた。カズキさんに連れられて入ったお店は、フードフロアのスイーツショップ。
「……うおお」
巨人のウェイターさんによって運ばれてきたものを見て、あなたは小さく声をあげた。白いプレートに乗せられて出てきたのは、一軒の家だった。それも、ビスケットや飴、チョコ等でできたお菓子の家だった。
『おー、これこれ! これが食べたかったんですよー!』
カズキさんがニコニコしながら言った。『いやー、実は俺結構甘党でして……』
ニコニコ笑顔から、照れたような顔になってポツポツと話し続ける。
『前からこの店でこれ食ってみたかったんですけど、このメニュー、巨人と人間のペアでしか注文できなくて……。人間の同僚に頼んだりもしたんですけど、甘いもの好きじゃないって断られてしまって……。いや~実物が食べられるなんて嬉しいなー! あ、でも一応取材でもあるんで食べる前に撮影しておきましょうね。サイズ感分かるようにしたいので、扉の前に立ってもらえますか?』
カズキさんに促され、クッキーを型抜きしてできた扉の前に立つと、撮影会が始まった。
しばらくカズキさんがパシャパシャと取り続けると、
『あ、中からの撮影お願いしてもいいですか?』
と言われたのであなたは家の内部に入ることにした。外ほど明るくはないが、型抜きされた扉や窓から光が漏れてくるので、見えない程暗いわけでもない。
家の内部も様々なお菓子でデコレーションされていて、甘い空気が漂っていた。あとでカズキさんにも見せてあげよう、とあなたも写真に収めていく。しばらく撮っていると
『中はどうですかー?』
外からカズキさんが声をかけてきた。
「中もお菓子だらけでキレイですよ。あとで見せてあげますね」
『それはありがとうございます! あの~、そろそろ食べても……?』
「あ、はいどうぞお構いなく」
『では早速! 屋根はがしちゃいますねー』
パキっ!っという音がして、あなたの頭上から光が入って来る。見上げると、天井に空いた穴から、折ったクッキーを持ったカズキさんが見えた。カズキさんはその持っているクッキーをパクッと頬張って、幸せそうな表情を浮かべた。
『う~ん、美味しい! これなら何個でもいけちゃいますね』
そう言いつつカズキさんは更に屋根の解体に取り掛かる。あなたはその迫力に圧倒されつつ、少し後ずさりした。
……これで巨人さんが食事しているところを見るのは3回目だが、これまでの中で一番迫力のある光景だな、とあなたは思った。
あなたが見つめていることにハッと気が付いたカズキさんが
『あ、俺ばっかりすみません。 お好きなだけ食べてくださいね。残った分は俺が責任を持って食べますんで!』
照れ笑いを浮かべながら言った。……先ほどから時々、カズキさんの一人称が「僕」から「俺」に変わってきている気がする。少しは打ち解けてきた、ということかな?
ショッピングモールで人間エリアでの買い物も済ませ、再び浜辺まで戻ってきた。
少し日が傾いてきていて、空が少しオレンジがかってきている。
『さあ、本日最後のアクティビティはこちらですよ!』
カズキさんが鯨の絵が描かれている看板を指し示した。
「ホエールウォッチング?」
『そう! この辺はホエールウォッチングでも有名なスポットなんですよ。もうすぐ出航の時間なんで行きましょう』
そう言ってカズキさんは港の方へ歩いていく。そこには大きな巨人用のシーカヤックが停泊していた。
「へー、カヤックで行くなんて珍しいですね」
『あぁ、人間さんの乗り物はエンジンが付いたものが多いですよね』
「巨人さんの乗り物には多くないんですか?」
『あまりないですねー。船はエンジン付きのも一応ありますけど、それ以外の乗り物だとエネルギーの割りに輸送効率が悪くて。もうね、大体の巨人は自分で漕ぐなり走るなりしちゃった方が早いって考えちゃうんですよね。だからこの辺に住んでる巨人はともかく、共存地区外から来た巨人には人間さんの自動車とか電車とかは物珍しく映るんですよ』
なんて巨人さんの乗り物事情を話しつつ、カズキさんはカヤックに乗り込んだ。
先に乗っていた客は人間の観光客グループが5、6組で、巨人はカズキさんとカヤックを漕ぐ人だけだった。
『それではそろそろ出発しますよー!』
カヤックを操縦する人……こういう場合でも船長さんって呼んだらいいのかな? ともかく船長さんが大きな声で乗客に呼びかけると、でっかいオールで漕ぎ出して、港を離れていった。
一漕ぎ毎に盛り上がる筋肉。波なんかものともせずガンガン進んでいく。
さっきカズキさんに聞いていた通り、やっぱり巨人さんは自分の力を使って移動するのが性にあってるんだな、ということを物語っているかのようだった。しばらくして、だいぶ沖の方までやってきた。
夕日が水面にキラキラと反射していて眩しいけれど、あたり一面オレンジに染まっているのがキレイだった。
船のすぐそばから黒いものが浮かび上がってくる。鯨だ。頭の天辺から、潮を吹き上げる。
続いて船のまわりのあちこちから何頭もジャンプするのが見えた。勢いよく飛び上がり、水しぶきを上げて着水する様子は、なかなか見ごたえのあるものだった。カズキさんが写真を取りながらぽつりと
『なかなか迫力のある光景ですね~。
品種改良された鶏や牛はともかくとして、世界最大級の野生生物がこんなに間近で見られるなんてそうそうない機会ですからねー』
鯨よりも更に大きい生物である巨人さんの口からも、そんな感想が出るのか、と思うとなんだか面白かった。でも、巨人さんでも野生動物のダイナミックな姿に心動かされるのは人間と一緒なんだな、と思うとなんだか嬉しかった。『こんばんはー。テルアキさん』
すっかり日が沈んだ頃、カズキさんが挨拶しながら入ったのは“居酒屋てる”と暖簾のかかったお店だった。ここもカズキさんのイチオシのお店とのことらしい。
『いらっしゃい、カズキさん』
カウンターの向こうに立っている巨人さんが挨拶を返した。
店の中は、巨人のスケールでは小ぢんまりとしているが、温かい照明に照らされ、美味しそうな匂いが漂ってくる、良い雰囲気のお店だった。『あれ、カズキさん! それに昨日のお客さんも』
カウンターに座っていた、3人の巨人のうちの1人がこちらに振り向いて言った。焼けた肌にオレンジの瞳……あ、巨人タクシーの人だ、とあなたは思い出した。
『やぁ、タクトさん達。今日もここで飲んでるんですね』
『えへへ、そうなんですよ。あ、よかったらこっちへどうぞ』
と隣に空いていた席に誘ってくれた。カズキさんがその席に座り、あなたをカウンターの上に乗せる。すると人間の店員さんが「こちらの席をどうぞ」とあなたの為に人間サイズの椅子とテーブルを移動してきてくれた。『人間のお客さんにはまだちゃんと自己紹介してませんでしたよね。俺はタクト。巨人タクシーやってる時に会いましたよね』
タクトさんは、あなたにニコッと笑いかけた。
『んでもってこっちはオオヒト急便で働いてるタクマ』
『こんばんは』
タクトさんが、隣にいる巨人さんに手を回して言う。
つんつんと逆立った髪に、水色の大きな瞳が特徴的な巨人さんだった。その顔を見ていると、おや?とあなたは何かが引っかかった。
この巨人さんは、昨日見かけた気がする。トラックを抱えて道を歩いていたのを覚えている。
それにこうしてよくよく見ていると、それとは別に前にもどこかで見たことがあるような……。続いてタクトさんは、タクマさんの隣にいる巨人さんを紹介してくれた。
『こっちは街やビルの清掃をしているソウタ。2人とも俺の飲み仲間というか、ランニング仲間というか』
『どうも』
黒髪に、鼻のところにちょっとそばかすのある巨人さんだった。
『実はこのお三方と、この店のテルアキさんにもうちの雑誌に出てもらったことがあるんですよね』
カズキさんが補足するように言った。
その言葉に、あなたは見覚えの原因に思い当たった。
「あっ! もしかしてタクマさんって、前にGIGAMAGAの“働く巨人インタビュー”シリーズに出てた……」
『うわっ、そんな前のこと覚えてらっしゃるんですか? うわーちょっと恥ずかしいですね……』
タクマさんは、瞳の大きな顔を赤くして呟いた。
そうそう、言われてみれば、この瞳の大きな童顔とギャップのある鍛えられた体付きが特に印象に残っていたので、覚えていたのだった。
雑誌に載っていた生の巨人さんに会えたなんて感激だ。
タクトさんも昨日取材を受けたことがあると言っていたし、ソウタさんやテルアキさんも、雑誌のバックナンバーを探したら見つけられるかもしれない。『人間のお客さんは、取材でオオヒト区の外から来たって言ってましたよね』
『へー、そうなんですか?』
タクマさんが気を取り直したように尋ねてきた。
「はい。雑誌の企画に応募して……」
かくかくしかじか、とあなたは巨人さん3人にこれまでのことを話した。
『へぇ~面白そうですね~』
『そんな企画があったんですね』
タクマさんとソウタさんも、タクトさんと初日に会った時と同じような感想を持ったようだった。『今日も色々なところ観光してきましたけど、どうでしたか? この2日間オオヒト区を旅してみて』
カズキさんも尋ねてきた。
改めて振り返ってみると、この2日間で体験したことはとても濃密に感じられた。
オオヒト区に来るまでは、こんなにたくさんの巨人さんを見たり、話したりできるなんて想像もしていなかった。実際に触れ合ってみると、なんというか、巨人さんってただ身体が大きいだけじゃないんだな、と認識することが多かった。
タクトさんは道中フレンドリーに話してくれたし、ホテルマンさんも各飲食店のウェイターさんも工房の店主さんも、とても丁寧に接客してくれた。自分よりも何倍も小さい相手にもそんな風に接することができるなんて、身体だけじゃなく度量も大きいというか、心まで大きい人が多いんだな、と感じされられる場面だった。
(警官さんは何だかぶっきらぼうな態度だったけれど……今思えばそれはそれで貴重な体験ができたような気がする)牧場の巨人さんはあれだけの動物を大切に育てているようだし、人間の小さな小さな園児を連れている巨人さんまでいた。傍目に見ていても、大きな愛情を注いでくれる巨人さんなんだろうな、という印象のある温かい雰囲気があった。
散策中見かけたレスキュー隊員さんや自衛隊の隊長さん、ライフセーバーさんなんかは、日頃から人の命を守るためにトレーニングしていることがありありと分かるような体付きをしていた。
ほんの少しの間しか見られなかったけれど、身体の大きさに見合った包容力のある人なんだろうな、ということが伝わってくるかのようだった。それに、解体工事でビルをパワフルに破壊する工事現場のおじさんや、勢い良くパドルを漕ぐカヤック乗りの巨人さんの、力強くて豪快な姿もカッコいいなと感じた。
思い出すままに話していくと、カズキさんも嬉しそうな笑みを浮かべた。
『それはなにより。巨人のこと、気に入ってもらえて良かったです。俺の仕事って、巨人や街のことを知ってもらうことだと思うから。
それに共存地区って楽しいところでしょ? それも体感してもらえて嬉しいです。俺も初めて来た頃を思い出すなぁ……。でも長いこと住んでるとそういう新鮮なことに気付く機会も減っていちゃって』
カズキさんがしみじみした感じで言う。
その口ぶりだと、カズキさんも元は共存地区外で住んでいたのかな。……カズキさんにも最初こそ振り回されたものの、お世話になったし、何かお礼というか恩返しができないかな、と考えていた時、
『だから、今回の記事はまた新鮮な気持ちで書けそうで面白くなりそうです! 今回取材を手伝ってくれたのが、あなたのような人でよかった』
その言葉を聞いて、あなたは改めてここまで来た理由を思い返した。自分にできることは、この2日間体験してきたことを素直にインタビューで答えることだと感じた。
実際に見て触れて感じたことはいくらでもある。それを少しでも多く話せたられたらいいな、と思う。
巡ってきた街のことや、出会ってきた巨人さん達の魅力をいっぱい伝えられるようにがんばろう、とあなたは心に決めた。そんなあなたを見透かしたように、カズキさんはニッコリと微笑んでくれた。
『明日からのインタビューも、よろしくお願いしますね!』終わり
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