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「タツさん! 最近新しくできた“レイジルーム”に行ってみませんか?」
ヨシキチの弾んだ声が、工務店の倉庫に響いた。
『レイジルーム? なんだそりゃあ?』
昼休憩中のタツヒコは、ヨシキチの言葉に首を傾げた。
あぐらをかき、手に持った弁当から、唐揚げを箸で摘まみ、口に入れてもぐもぐと頬張る。ラウンド髭の口元に油が少しついた。
既に弁当を食べ終えたヨシキチは、タツヒコのクロスした足の側へ、スマホを手に近づく。そしてスマホの画面をタツヒコに向けながら、説明を始めた。
「簡単に言えば、物を壊してストレス発散できる施設のことっす。一般的にはお皿とか古くなった家電とかを壊すものらしいんですけど、最近オオヒト区にできたのは巨人向けのスペシャル仕様で、ビルとか自動車とかをぶっ壊して好き勝手に暴れまわることができる施設なんですって。ほら、これ見て下さいタツさん!」

タツヒコは目を細めてヨシキチのスマホ画面を覗き込む。若干老眼気味のタツヒコだが、巨人の眼力をもってすれば、人間用の小さなスマホ画面でも内容を読むことはできる。
画面には「RAGE ROOM RAMPAGE」というロゴと、ツナギ姿をしたワイルドな風貌の巨人がビルを踏み潰している写真が表示されていた。巨人のブーツがビルの上層部分を滅茶苦茶に破壊し、コンクリートの破片が飛び散る瞬間が写っていた。
『ほぉー……』
感心するような声をあげたタツヒコ。その口元には、ほのかな笑みが浮かんでいた。
それもそのはずだった。仕事で建物の解体をよく行うタツヒコは、建物を踏み潰す感触を密かに気に入っており、仕事上のちょっとした楽しみとなっていたのである。――そんな楽しみを仕事以外でも体感できる場があるのか、と途端に興味を惹かれたのだ。
そういえば、とタツヒコは先日の解体現場でのちょっとした出来事を思い出した。
その日も、タツヒコは意気揚々と廃ビルを踏み潰そうと、6mもある安全ブーツを高々と振り上げていた。上から見るとコの字型をした、少し特徴的な4階建てビルを見下ろし、コンクリートが足裏で砕ける感触を期待していたタツヒコだったが、そこに人間の作業員からの慌てた声が飛んできた。
「タツヒコさん! ちょっと待ってください! この建物、移築することになったんで、踏み潰さないでください!」
『……あん? 移築?』
タツヒコはピタッと足を止めると、ブーツを下ろし、首をかしげた。
こんな廃ビル、どこに移築するんだ……? と訝しげに思いつつ、結局その日は解体作業をできずに終わり、なんとも残念感の残る一日だったからよく覚えている。
その後別の作業中に、その廃ビルを地盤ごと持ち上げて帰っていった巨人を見かけたのだが、どうも写真に写っているのはその時見た巨人とよく似ている気がする。
今、ヨシキチのスマホ画面を見て、タツヒコは合点がいった。
(なるほどなぁ……。ぶっ壊す用に、使われなくなったビルを集めてたってわけか)
タツヒコは髭を撫でながら呟き、唐揚げをもう一つ口に放り込んだ。
ヨシキチはスマホを手に持ったまま、さらに話を続ける。
「実はレイさんが、キョウイチさんとタツヒコさん、レイさんと俺の4人で行ってみない?って誘ってくれたんすよ! どうです、タツさん?」
タツヒコの目がパッと輝く。
建物の踏み潰し大好きなタツヒコに、断る理由など皆無だった。
『おぉ、そりゃ面白そうだな! 乗った! ヨシキチ、俺は行くぞ!』
タツヒコがニっと歯を見せながら言うと、ヨシキチは嬉しそうにスマホを取り出し、レイにメッセージを送信する。
「了解です! じゃあ、レイさんに参加OKって送りますね! あと、いつ行くかとかも決めないといけないですねー」
ヨシキチがスマホをポチポチと操作している間、タツヒコはふと疑問が浮かんだ。
『そういや、巨人の俺とキョウイチはともかく、人間のヨシキチやレイは行ってどうするんだ? 俺らが暴れてるところに一緒にいたら危ねぇだろ?』
タツヒコが心配そうに言うと、ヨシキチはニコッと笑って説明を始めた。
「それがですね、人間は強化アクリルガラスで保護された部分から、巨人の暴れっぷりを観覧できるんですって。 結構人気みたいで、俺もレイさんと一緒に観覧席からタツさんたちを見たいなって思ってるんです!」
タツヒコは感心したように頷く。
『なるほどなぁ……。人間にとっては、俺らが建物ぶっ壊すのを見るのもスリル満点のショーになるってわけか』
その時、ヨシキチのスマホがピロンと鳴る。レイからのメッセージだ。ヨシキチが画面を確認し、タツヒコに伝える。
「レイさんから返信来ました。〈今週の日曜で予約してもOKいいかな?〉ですって」
タツヒコは豪快に頷いた。
『おう、それでいいぞ! いやぁ楽しみだなぁ、ヨシキチ!』
タツヒコは期待に胸を膨らませ、次の日曜日を心待ちにするのだった。
日曜日の朝。タツヒコは黒のタンクトップと擦り切れたジーンズに身を包み、ヨシキチの家へ向かった。
『おーい、ヨシキチー。迎えに来たぞー』
ヨシキチの家の扉を、小指の先でそーっとノックすると、中からヨシキチの元気な声が飛び出した。
「おはようございます! タツさん!」
ヨシキチは、軽快なハーフパンツ、Tシャツにキャップを被ったアクティブな装いで現われた。
『おう! じゃあ早速行くか!』
タツヒコが巨大な掌をヨシキチの前に差し出す。ヨシキチは慣れた様子でその掌によじ登り、タツヒコの手のひらの中央に立ってスマホを取り出す。
「オッケーっす、タツさん! じゃあ、俺が地図見ながら行き先ガイドしますね!……えっと、この道をまっすぐ行って、巨人用通路を左に曲がってください!」
ヨシキチがスマホを見ながら案内を始めると、タツヒコはズシン、ズシンと軽快なリズムで歩き出した。
しばらく歩くと、オオヒト区の外れに辿り着いた。タツヒコの目が、巨大なドーム状の建物を捉える。
『おっ、あれがそうか?』
ドームはタツヒコの身長の何倍もの高さで、巨人向けの巨大な施設であることが一目で分かる。そのドームの大きな扉の前に、キョウイチが掌にレイを乗せて立っているのが見えた。
キョウイチはスポーツブランドのTシャツとハーフパンツ姿で、引き締まった体格が一層際立つ。レイは黒いパンツにゆるいパーカー姿。タツヒコは、2人の方に向かって歩みを進めた。
『よぉ、キョウイチ、レイ! 待たせちまったな!』
それに対しレイが元気よく手を振り返す。一方、キョウイチはいつもの強面な顔に、わずかに困惑の色が浮かんでいる。
「タツヒコさん、ヨシキチ君、おはよう!全然待ってないよ。僕たちもさっき来たばっかだから!」
レイがニコニコしながら言うと、キョウイチが少しため息交じりに口を開いた。
『俺、ついさっきレイにここがどういう施設か聞いたところなんですよ。
……レイに事前には「身体を動かす施設だよ」とだけ聞かされてたんですけど……まさかビルを壊してまわる場所だったとはな……。ちょっと騙された気分だぞ?』
キョウイチは掌の上のレイを、胡乱な目でじーっと見つめた。しかしレイは少し悪びれもせず、口元に笑みを浮かべながら返す。
「えへへ、だってこうでも言わないと来なかったでしょ?」
その返しに、キョウイチはガクッと肩を落とすが、タツヒコが豪快に笑って場を和ませた。
『ハハハ!まあ来ちまったもんはしょうがねーじゃねぇか! とにかく入ろうぜ、その、レイジ……なんとかってとこによ!』
タツヒコがとりなして、4人は連れ立ってドームの中へと入っていった。
入ってすぐのところに受付があり、そこにはツナギ姿のワイルドな風貌の巨人が待ち構えていた。身長はタツヒコよりほんの少し高い40.8mほど。日々肉体労働をしているタツヒコや、ジムのインストラクターのキョウイチにも引けを取らない、がっしりした体格と無精髭が印象的だ。レイがキョウイチの掌の上から、スマホの画面をその巨人へと差し出し話しかける。
「こんにちは! 予約した人間2人、巨人2人のグループです!」
巨人は目を細めて画面を確認すると、ニカッと豪快な笑みを浮かべ、低いが良く通る声で話し始めた。
『ようこそRAGE ROOM RAMPAGEへ! 俺の名前はジュウゾウ。RAGE ROOM RAMPAGEの管理人だ!』
ジュウゾウと名乗った巨人は、タツヒコとキョウイチの2人に向けて更に言葉を続ける。
『ここはオオヒト区内でありながら、普段はやっちゃあいけない、建物を壊してまわるってことを可能とする空間だ! 制限時間は1時間。その間、思う存分楽しんでくれよな!』
ジュウゾウの言葉に、目を活き活きと輝かせるタツヒコと、少しだけ居心地が悪そうに押し黙っているキョウイチ。
ジュウゾウは次に、レイとヨシキチの方に顔を近づけ、案内を続けた。
『人間さん2人は、ここから通路を通って観覧エリアから巨人の大暴れを見てやってくれ。スリル満点だぜ!』
ジュウゾウが足元にある小さな通路を指し示す。それはトンネル状となっており、強化アクリルガラスで覆われた観覧エリアに繋がっている。トンネル内は枝分かれし、複数のポイントから巨人の大暴れを見ることができるようになっている。そう説明を受けたレイとヨシキチは、胸をドキドキさせながら頷き、通路へと向かった。
ヨシキチがタツヒコを見上げて手を振る。
「タツさんの暴れっぷり、楽しみにしてますね!」
『おう、任せとけ! ヨシキチ、しっかり見ててくれよ!』
「キョウイチもかっこよく暴れるところ見せてねー!」
『あ、あぁ……』
タツヒコが豪快に笑う反面、キョウイチはなんとも押しの弱い返事だったが、レイとヨシキチは通路の中を進んでいった。
その後、ジュウゾウはタツヒコとキョウイチを振り返り、案内を続けた。
『それじゃ、巨人2人はこっちだ。まずはロッカールームで準備を整えてくれ』
ジュウゾウの誘導で、タツヒコとキョウイチはロッカールームへと通され、そこで専用のツナギに着替え、目を保護する透明なゴーグルを着用した。
『よーし、それじゃあいよいよメインルームに向かうぞ!』
準備が整うと、ジュウゾウは施設の奥へと進むよう促した。
メインルームへの扉の上には垂れ幕が掲げられ、「ここでは普段のルールに縛られず、本能を解き放て!」と力強い筆で書かれている。タツヒコはその言葉に胸を弾ませ、はやる気持ちを抑えきれなかった。
『いよいよか……!』
足を進める。足音がズシンと響き、キョウイチも静かにその後を追った。
タツヒコとキョウイチはジュウゾウに案内され、メインルームへと足を踏み入れた瞬間、二人同時に『おお……!』と声を漏らした。眼前に広がっていたのは、青空の下に多くのビルが立ち並ぶ、まるで本物の街の風景だ。しかし、よく見てみると、空はドーム状の天井にペンキで描かれた精巧な模造だった。ぐるりと周囲を見渡すタツヒコとキョウイチ達へ、ジュウゾウが豪快な声で呼びかけた。
『ようこそRAMPAGEのメインルームへ! ここが今日のお前たちの遊び場だぜ!』
ジュウゾウは誇らしげに腕を広げて部屋を見せながら説明を続ける。
『足元にあるビルは、不要になって取り壊し予定だった本物の人間用の建物や、俺が自分で組み立てた模型だ。だから何の遠慮もなくぶっ壊してもらって構わないぜ! こんな風にな!』
そう言いながら、ジュウゾウは足元のすぐ横にあった3階建ての雑居ビルに目をやり、足を振り上げた。
ズズーン!
一気に踏み降ろすと、ビルの屋根がグシャリと潰れ、コンクリートとガラスが飛び散る。
ジュウゾウはニヤリと笑い、説明を続ける。
『こんな風に踏み潰しても構わないし、金属バットも貸し出すから、思いっきりぶっ叩いて壊しても良いぞ!』
そう言いながら、ジュウゾウは巨人サイズのひしゃげた金属バットを、タツヒコとキョウイチにそれぞれ手渡した。タツヒコはバットを手に持つと、その重さと感触に満足げに頷く。説明を聞いているうちに、タツヒコは身体の芯から妙に熱くなっていくのを感じていた。
『面白そうじゃねーか! じゃあまずは手始めに……』
タツヒコは目を足元のコンビニに向け、意気揚々と足を振り上げた。コンビニの建物に、タツヒコの足の影が落ちる。
ズシン!と勢い良く踏み降ろすと、その途端天井があっけなく踏み抜かれ、陳列棚がタツヒコの巨大な足の下で粉々に砕かれた。足サイズ6mのブーツがコンクリートを砕く微細な感触が、靴の裏を通してタツヒコの足の裏へと伝わる。その振動に、タツヒコは背筋にゾクゾクとした感覚が走る。
『おおぉっ、 工事現場ならともかく、こう普通の街っぽいところでこんな風に建物踏み潰しちまうなんて……なんか、いつもと違って妙な気分になるなぁ!』
タツヒコは興奮気味に声を上げると、普段解体工事のときに瓦礫を細かくする為にやるように、グリグリと足を動かす。
それを見たジュウゾウは腕を組みながら豪快に笑った。
『おお、なかなか良い壊しっぷりだねぇ!』
タツヒコは照れくさそうに笑いながらも、腰に手をあてて答えた。
『へへっ、自分は仕事柄、よく建物の解体工事をするからな。ちょっと慣れてるだけだよ』
『おお、なるほどな! 道理で壊すのが上手い訳だ!』
『おいおい、そんな褒めんじゃねーよ!』
初対面ながら、似た性格なのか妙に気の合い、すぐに打ち解けるタツヒコとジュウゾウ。
タツヒコは興奮気味のまま、キョウイチの方を振り返った。
『キョウイチ、お前もやってみろよ! こりゃたまらねぇぞ!』
真面目で堅物なキョウイチは、普段ではとてもじゃないができないようなことを目の前に、少し尻込みしているようだった。
立ち尽くし、足元の一軒家をじっと見つめるキョウイチの表情には、ためらいが浮かんでいる。
『いや、俺はタツヒコさんのようには……』
キョウイチが呟くと、タツヒコは豪快に笑い、ジュウゾウもニヤリと笑みを浮かべた。
『別に俺みたいにやる必要はねぇよ。お前さんだって普段から鍛えてんだから、そのパワーをそのままぶつければいいんだよ』
タツヒコが太い腕でキョウイチの背中をバシバシ叩いて励まし、ジュウゾウがさらに声を掛ける。
『さあさあ、恥ずかしがってちゃ始まらねぇ! ともかくやってみろよ!』
促されるまま、キョウイチは覚悟を決め、『わ、分かりました……』と答えると、意を決して、建物の上に足を振り上げた。ゴクリと唾を飲み込むと、足を一気に振り下ろす。
ズシン!
キョウイチの巨大な足によって天井は簡単に陥没。木枠と瓦礫が飛び散り、キョウイチは驚きの声を漏らした。
『う、うぉわっ、こんな簡単に壊れるのか……』
目を丸くするキョウイチに、ジュウゾウがニヤリと笑って言った。
『うんうん!いい壊しっぷりだぞ!その調子だ!
さて、身体もほぐれてきた頃だし、そろそろ人間さん達がいる方へ行ってみるか? 観覧エリアから見られれば、さらに気分が盛り上がるぜ!』
ジュウゾウが二人を誘導すると、タツヒコは目を輝かせ、キョウイチも少し緊張しながら頷いた。
〈後編につづく〉
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