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巨人と人間が共存する地区、オオヒト区。
その広大な街の一角にある工事現場では、年末の冷たい風が吹きすさぶ中、仕事納めとなる建設作業が行われていた。
その現場でひときわ目を引くのは、身長が40.4メートルもある巨人作業員――タツヒコだ。巨人の中でも大柄な彼は、彫りの深い顔立ちとラウンド髭が印象的な巨人だ。40代だが、日々の労働で鍛えられたがっしりとした体躯を持っており、その分厚い身体を今は防寒仕様の作業着に包み、黄色いヘルメットを被っていた。タツヒコは、足元に積まれた鉄骨を掴み上げては、建設中のビルの上に乗った人間の作業員の前に慎重に差し出す。人間が溶接作業を進める間、彼はその手を動かさずに支え続ける。
巨人の圧倒的な力と人間の繊細な技術。オオヒト区ならではのチームワークが、ひとつのビルを着実に形作っていた。『今日で仕事納めか……月日が過ぎるのは早いねぇ』
作業の合間の昼食時に、タツヒコはふと空を見上げて呟いた。今年も数々の大仕事を乗り越えてきたが、今日はその締めくくりだ。そして、その仕事を終えた後には楽しみにしていることがある。
高校時代からの友人であり今は自衛隊員をやっているリクや、仲の良い常連客たちと「居酒屋てる」で忘年会を開き、酒を酌み交わす予定があるのだ。タツヒコは、仲間たちとの楽しいひとときを想像しながら、自然と笑みを浮かべた。
『さて、もうひと踏ん張りするか!』
昼休みが終わると、タツヒコは再び現場に戻り、残りの作業に取り掛かった。そんな作業が続けられている、午後3時ごろ。
タツヒコが大きな手に鉄骨を掴んで持ち上げようとしたその瞬間、ズズズ……と足元の地面が微かに揺れるのに気が付く。なんだ?とタツヒコが違和感に気が付いたと同時に、
「じ、地震だ!」
一人の人間作業員が叫んだ。その声をきっかけに、周囲の人間作業員たちが慌てふためき、現場は一気にざわつき始めた。意識を足元に集中すると、さっきより地面が揺れているのが感じられる。巨人である自分でも感じられるのだから、人間達にとっては自分が感じる以上に恐ろしい揺れなのに違いなかった。『落ち着け。俺が建物を押さえてるから大丈夫だ』
タツヒコは慌てる人間たちをなだめるように言うと、がっしりとした大きな手を建設中の建物に添え、揺れる鉄骨や資材を支える。
『お前ら、揺れが完全に収まるまで動くなよ』
低く落ち着いた声が現場に響く。それは自然と周囲に安心感を与えるものだった。タツヒコの言葉を聞いた人間作業員たちは、ざわめきを収め、次第に冷静さを取り戻し、揺れが収まるのをじっと待つ。やがて地震の揺れが完全に収まると、タツヒコは建物の状態を確認した。
その大きな手を器用に使って、細かい部分にも異常がないかを慎重に触って見定める。
『よし、どうやら大きなダメージはなさそうだな。作業を再開しよう。ただし余震には警戒しねぇとな』
タツヒコの的確な判断と指示に、人間作業員たちは再び仕事に取りかかり始める。その姿を見て、タツヒコはふぅっと大きく息を吐くと、作業を続行した。地震というトラブルはあったものの、工事はその後順調に進んでいた。
しかし夕方が近づいた頃、タツヒコの視界に、小さな人影が手を振りながらこちらに向かってくるのが見えた。タツヒコが勤める工務店の、人間の社長だった。
「おーい、タツヒコ!」
息を切らしながら駆けてきた社長は、タツヒコの足元に到着するや否や、声を張り上げた。
「タツヒコ!すまないが、今すぐ別の現場に行ってくれ。緊急の仕事だ!」
タツヒコは眉をひそめる。
『おいおい、どうしたんだ?落ち着いて話してくれよ』
「実はな、さっきの地震で人間の住宅街の橋が崩れちまってな……」話を詳しく聞いたところ、その橋は人間の住宅が密集する地域とオオヒト区の中心部を結ぶ重要な生活動線であり、近隣住民にとって欠かせないものだという。もし復旧が間に合わなければ、年末年始の生活に大きな支障をきたしてしまうとのことだった。
通常なら数日かかる工事だが、この時期に急ピッチで対応するには、タツヒコの力を頼るしかないというのだ。
話を聞いて、タツヒコは深くうなずいた。
『そういうことなら、ほっておく訳にもいかねぇよなぁ。よし分かった!いっちょやってやるか!』
急な話ではあるが、困っている人々を放っておける性分ではない。タツヒコは迷わず快諾した。詳しい段取りを決めた後、タツヒコは準備を整えるため一旦工務店に戻る。
工務店の倉庫の中にあるタツヒコ専用の巨大なロッカーを開けると、中には雑然としながらも作業用の備品がきちんと整備して収納されていた。タツヒコはロッカーの奥をガサゴソといじると、河川作業用のウェーダーを取り出した。防水加工が施された長靴とズボンが一体化した装備で、水の中でも体が濡れることを防ぐ作業着だ。
『よっこらせっと……』
タツヒコはゴムの独特な手触りを感じながら、ウェーダーを履いていく。その動きに合わせてずしん、ずしんという足音が倉庫内に響いた。
最後にしっかりとベルトを締め、肩紐を調整して固定する。
『よし、これで準備万端だな』
ウェーダー姿のタツヒコは、足を振ったり肩りを軽く回して動きやすさを確認した。その後、他に持ち出す工具を取り出してチェックし、ロッカーの扉を閉めようとしたとき、ふと頭の中に今日の夕方からの予定がよぎる。
『あぁ、そうだ忘年会!』
本来であれば今日は「居酒屋てる」での忘年会に行くはずだったのだが、そんなことを言っていられる状況ではない。
『……仕方ねぇな。こりゃ今日の忘年会には行けそうにねぇなぁ……』
少しだけ肩を落としつつ、タツヒコは電話をかけることにした。『はい、居酒屋てるです!』
店主テルアキの明るい声が受話器越しに響く。
『テルアキか?俺だ、タツヒコだ』
『あ、タツヒコさん!どうしたんですか?』
『実はな……』
かくかくしかじか。タツヒコは状況を手短に説明した。
『そうですか……さっきの地震でそんなことになってたなんて……。仕方ないですね。タツヒコさん、しっかり橋を直してあげてくださいね!』
テルアキの応援の言葉に、タツヒコは笑顔を見せる。
『あぁ、すまねぇな。リク達にも悪ぃって言っといてくれ。年が明けたらまた顔を出すからよ!』
電話を切ると、タツヒコは改めて気を引き締め、緊急の現場へと向かった。『おーおー、こりゃ大変なことになってんな……』
タツヒコが人間の住宅が集まる現場に到着すると、崩れた橋が無惨な姿をさらしていた。橋脚だけが残り、床版は瓦礫となって川の中に散乱している。幸い、崩落自体に巻き込まれた人間はいないということだが、左右を見渡しても迂回できる橋もなさそうなので、このままだと交通が遮断されたままになってしまうだろう。
既に集まっていた人間作業員たちがタツヒコを見つけて駆け寄ってきた。
「タツヒコさん!来てくれて助かります!」
人間作業員の一人が声を上げる。タツヒコは現場を見渡しながら頷いた。
『状況はだいたい聞いた。瓦礫を取り除いて、新しい床版をかければいいんだな?』
「ええ、でも水深が深くて我々では作業が難航していて……」
『まぁ、そこで俺の出番って訳だろ。任せとけ!まずは瓦礫の撤去だな』
タツヒコの頼もしい言葉に、作業員たちの表情が明るくなる。
「ありがとうございます!さすがタツヒコさん!」
タツヒコは冷たそうな水の流れる川面へと目を向け、覚悟を決めたようにパシンッ!と自分の頬を両手で挟んだ。
『よっし、じゃあやるかっ』
そしてザブザブと川の中に足を踏み入れていく。
巨人であるタツヒコにとっては、川の中央部分であっても太ももの付け根程の深さだが、冬の川の冷たさがウェーダー越しにじわりと伝わり、思わず体を震わせる。社長に話を聞いた時点で覚悟していたことではあったが、体の丈夫さには自信のあるタツヒコをもってしても、なかなかにこたえる水温だった。
『……あぁ、冷てぇなぁちくしょう!』
タツヒコはそうぼやきながらも、水を掻き分け、川底に大きな瓦礫が沈んでいる箇所まで足を踏み入れた。崩れた橋のコンクリート片が一部川の流れを妨げている。
『まずは、この辺から片付けるぞ』
タツヒコは両手を川底に伸ばし、大きな瓦礫を一つ掴むと、慎重に川岸へ運び始めた。川の水の冷たさと、吹きつける風の寒さが身にしみるが、それでも黙々と作業を続ける。巨大な手で瓦礫を一つ一つ慎重に取り除き、次々と川岸へ運んでいった。
人間の作業員のみで行えば一つの瓦礫の撤去だけでも多くの時間を消費してしまうが、タツヒコはひょいひょいと大きな瓦礫を持ち上げては、次々と撤去していく。
『……ふぅ、これで片付いたな』
川の流れがスムーズになったことを確認し、タツヒコは一息ついた。
『次は新しい床版だな。準備できてるか?』
「はい!こちらに運んであります!」
人間作業員が指差した先には、何台もの大型トラックに床版が積み上げられていた。
『よっしゃ、持ち上げるぞ』
慎重に床版を持ち上げるタツヒコ。人間達が重機を使って運んできたものも、タツヒコは両腕で軽々と持ち上げていく。
人間作業員たちは細かく位置を確認しながら的確な指示を出し、タツヒコはそれに従い慎重に床版を設置していった。1時間ほど経つと日が沈んできたため、工事用のライトが点灯される。
タツヒコや人間の作業員達は、手を止めずに懸命に橋を架けるための工事を続ける。
その様子を、両側の川岸から人間たちが見守っていた。ランドセルを背負った小学生や、スーツ姿のサラリーマンなど、住宅街に住む住民たちだ。
凍える寒さの中、橋の修復を見守っていた。その姿を見ると、タツヒコも気が引き締まる。
「巨人のおっちゃん、がんばれー!」
子どもたちの声援に、タツヒコは笑みを浮かべながら親指を立てる。しかし、それはやせ我慢で、その笑顔の裏では冷たい水が腰から下を容赦なく襲い、彼の巨体をガタガタと震わせていた。『よっしゃぁ…これでどうだ!』
最後の床版をぴたりと設置し終えると、人間たちから歓声と拍手が巻き起こる。
「ありがとう!」「やった!これで家に帰れる!」「年越しも安心して迎えられる!」
小さな声が風に紛れながらも、確かにタツヒコの耳に届いた。
『へへ、いいってことよ!』
その顔には疲労の色が見えるが、どこか満足げな表情も浮かんでいた。
人間の作業員と巨人が協力して困難を乗り越え、多くの人間に感謝されるその光景に、心の中に大きな達成感が湧いていた。『うー、寒ぃ寒ぃ』
日が完全に沈み、冷え切った体を擦りながらタツヒコは家へ向かっていた。
玄関の鍵を取り出そうとした時、ふと自分の家の窓から漏れる明かりに気が付いた。
『……あれ? 俺、電気つけっぱなしで出たか?』
首をかしげながら玄関を開けると、台所から美味しそうな出汁の香りが漂ってきた。そして、台所からリクが姿を現す。
タツヒコとは学生時代からの付き合いがあり、20年以上の友人関係にある巨人・リク。大柄なタツヒコ以上に背が高く、かつ自衛隊で鍛え上げられた肉体をしているが、今は家庭的なエプロン姿をしている。
『おかえり、タツ』
『リク……なんでここに?』
予想外のことに驚くタツヒコ。リクはそんなタツヒコの反応を見て、少しぶっきらぼうに答えた。
『忘年会が終わった後に来て、合鍵で入らせてもらった。テルアキから話は聞いたからな。んで、台所も使わせてもらってるぞ。ほら、川での作業だったんだろ? 鍋用意してやってるから、とりあえず風呂に入れ。お湯は張ってある』
言葉の調子はそっけないが、寒さでこわばったタツヒコの体を気遣うかのような準備をしてくれている。ぶっきらぼうな態度の裏に隠された細やかな気遣いや面倒見の良さを、タツヒコはひしひしと感じ取っていた。
『あ、あぁ……悪ぃな。ありがとう』
タツヒコはリクの言葉を受けて少し照れくさそうに頭を掻きながら、風呂場へと向かった。
タツヒコはため息をつきながら湯船に足を浸け、そのまま体を沈める。冷え切っていた筋肉がほぐれていくのを感じ、思わず声が漏れた。
『ふぅ……生き返るな、こりゃ……』
湯船の中で目を閉じると、今日の出来事が次々と頭をよぎる。
冷たい川の中での作業のことや、周囲から聞こえた子どもたちの元気な声援、人間たちの感謝の声。寒さで震えながらもやり遂げた達成感がじんわりと胸に広がる。
『……大変だったけど、まぁやってよかったよな』
ぽつりと独り言を漏らしながら、タツヒコは肩まで湯に沈んでいった。湯船の中で体が完全に温まるまで、しばし疲労を癒す時間を楽しんだ。風呂から上がったタツヒコを待っていたのは、リク特製の美味しい鍋だった。
『ん~!うめぇ!やっぱ冬は鍋に限るなぁ!』
タツヒコは鍋を豪快に掻き込み、勢いよく頬張る。湯気と共に広がる食材の香りが食欲をさらにそそり、タツヒコの顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
風呂と鍋のおかげで、冷え切っていた体はすっかりほくほくと温まり、タツヒコの顔に赤みが差す。
リクも向かいで鍋をつつきながら、穏やかな笑みを浮かべてぽつりと労いの言葉をかける。
『まったく、お前の働きっぷりには頭が下がるよ。この寒い中でよくやったな』
『へへ、まぁな!』
タツヒコは缶ビールをゴクゴクと喉へ流し込みながら答えた。美味しい鍋にすっかり気分を良くしている様子だった。
『あと、テルアキからこれも預かってきた。お仕事大変だろうから、おでんをどうぞってよ』
リクが差し出したのは、香り高い出汁の匂いが漂う、おでんが詰められた小鍋だった。
『……』
タツヒコはふと急に、胸の奥がジーンと熱くなるのを感じた。仕事で疲れ切った身体に、リクの気遣いやテルアキの心配りがじんわりと染み込んでくるようだった。
『へへ……みんな、ありがとな!』
目頭が熱くなっているのを悟られないようにタツヒコは再び鍋を掻き込み、ひたすら口を動かしてごまかした。
リクはそんなタツヒコを少し微笑ましそうに見ながら、今日の橋での工事のことについて話すタツヒコに相槌を打つ。
それからも2人で近況を話したり、学生時代の思い出話に花を咲かせていたとき、タツヒコがふと時計を見ながら、新しい缶ビールのプルトップを開ける。
『そういえばお前、門限とか大丈夫なのか?』
『ああ。元々忘年会みたいな時は外泊届け出すようにしてるから問題ない。……それより、流石に呑みすぎだぞ』
リクは軽く睨むように指摘したが、タツヒコは既にゴクゴクと喉を鳴らしていた。
『いいじゃねぇか。頑張ったんだ、今日くらい良いだろ!な!硬いこと言わずにお前ももっと呑めよ!』
そう言いながら、タツヒコはリクのすぐ横へ移動し、リクの肩に腕を回すと缶ビールを手渡した。
リクは呆れながらも、あまり強くは言い返さず、その缶を受け取った。
それからもタツヒコは調子に乗って飲み続け、次第に顔全体が赤くなり、頭もぼんやりとしてきた。
『ほら、もうやめとけって……』
リクが嗜める声ももはや耳に入らない様子で、タツヒコは缶を片手に大声で笑いながら飲み続けた。
二人で時間を気にせずくだらない話をしているうちに、タツヒコの記憶はだんだんと曖昧になっていった――。翌朝。タツヒコは重い瞼をこじ開けた。いつの間にか万年敷きっぱなしの布団の中に入っていたようで、モゾモゾと掛け布団から腕を出す。
自分の周囲には空になったビール缶が散乱しており、食卓には昨日の晩の鍋がそのまま放置されている。
『うー……呑みすぎた……』
掛け布団を引っぺがしながら、酒の残った頭を押さえながら体を起こそうとすると、何やら妙にスースーすることに気づいた。
『んん……?』
そして、自分が裸であることに気づく。
さらに隣を見ると、同じ布団の中で自分と同じく全裸の状態で寝息を立てているリクの姿があった。
『な、な、なんじゃこりゃ――!』
慌てふためくタツヒコの声に、目を覚ましたリクも一緒になって朝からギャーギャーと騒ぐことになるが、それはまた別の話。終
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