オオヒト区への旅(前編)(2025.01.22 更新)
あなたが驚くのも無理はなかった。
「やった……!本当に行けるんだ……!」
なにしろ巨人と人間の共存する街“オオヒト区”に行けることになったのだから。
きっかけは、あなたがよく読んでいる共存地区についての情報雑誌「GIGAMAGA」のページをめくっていた時のことだった。
「募集!オオヒト区体験レポーター」
という記事を見つけた。
「共存地区以外の街に住んでいる人が、オオヒト区を見てどう思うのか、オオヒト区に住む人々を見て何を感じるのか、体験談をインタビューさせてください!
共存地区を実際に訪れていただき、感じたことを記事にしてみませんか?」という内容だった。
それは面白そうだし、共存地区に前々から興味のあったあなたにとって願ってもないチャンスだった。
興味を惹かれたものの、当選するとも限らないのであなたは気軽な気持ちで応募してみることにした。
その結果が帰ってきたのだった。
雑誌の記者から連絡があり、あなたにオオヒト区での観光を体験してもらい、それを元にインタビューしたいとのことだった。期間は2週間後の3日間。前半2日間でオオヒト区を巡り、最終日に記者さんが観光した内容を尋ね、記事の内容をまとめるということになった。
あなたの頭の中に、雑誌やインターネットでしか目にしたことのない光景がいくつか浮かんだ。
人間であるあなたと20倍以上もの体格を持つ巨人の姿。そんな巨人と、人間というサイズの違う種族が暮らす土地や建物、そこでの生活――。
まだ実物を見たことがなかったそれらに、遭遇するチャンスを得たのだ。あなたは口元がゆるむのを感じつつ、急いで旅の支度にとりかかった。
旅に必要なものを揃えたり、仕事の調整をしたりするうちに、準備期間は慌しく過ぎていった。
そして迎えた金曜日の朝、あなたは共存地区へ向かう列車に乗り込んだ。
いくつかの乗り換えを経て車窓の外に見えてきたのは、広い海と、その上を渡る共存地区へと繋がる橋。その向こうにうっすらと見えてくる、大きな街並み。その光景にワクワクしつつ、あなたは窓の向こうを眺めていた。
そしてついに電車は、オオヒト区へのターミナル駅へと滑り込んでいった。減速し停止すると電車のドアが開き、人が続々と降りていく。あなたもホームに降り立った。
駅やホーム自体はあなたが普段使っている駅のホームと似たようなつくりだったが、天井は普段目にするものよりはるかに高く、早々に巨人を生で見られるんじゃないかとあなたの期待も高まってくる。
しかし残念ながら今はホームに見送りや出迎えに来ている巨人の姿は見られなかった。
あなたは他の人の流れについていく形で改札へと向かうことにした。
駅の入り口も天井が高く、太い柱がいくつも立っていた。土地勘のないあなたはキョロキョロと辺りを見回しつつ、標識を頼りにうろうろと彷徨う。
メールでやりとりしていた「カズキ」という名前の雑誌記者が駅の入り口であなたを待っているとのことなのだが、
「青いジャケットを着ている……って書いてあったけど、どこにいるんだろう?」
とあたりをうかがっていると
『あなたが応募してくれた人?』
頭上から声が降ってきた。
ハッとして振り返ると、柱の1本にもたれかかっている人物がいた。
ツヤっとした革靴に、ベージュのスラックス。白いシャツの上に青いジャケットを羽織っていた。ただ、その大きさは革靴だけでも車よりも大きく、頭はあなたの頭上のはるか先だった。
声をかけてきた人物は、巨人だった。ついに巨人を自分の目で目撃してしまった。
なぜ見ず知らずの巨人があなたのことを知っているのか。あなたにはすぐに察しがついた。
「もしかして……カズキさん?」
あなたが驚きや興奮の混じった声でどうにかそう聞くと
『そうです。ようこそオオヒト区へ』
巨人――カズキさんがにこっと笑いかけながら答え、もたれかかっていた柱から腰を浮かせた。たったそれだけの動作でもズンと地響きがした。
あなたがあっけにとられて見上げていると
『ああ、いいですね、そういう表情! やっぱり初めて巨人を見る人のそういう表情は新鮮でいいですね。オオヒト区にいる人間さんからじゃ絶対に引き出せないですから』
カズキさんは嬉しそうに言った。
『えーっと、とはいえ巨人であることを隠していてすみませんでした。本来ならば事前に明かしておくのが礼儀なんですけどね、あえて黙っていました。その方が驚きも倍増でしょ?』
そういえば、メールでは一切聞かされていなかった気がする。
『じゃあ早速だけど移動しましょうか。僕の手に乗ってください』
カズキさんはしゃがみこんで、あなたの目の前に掌を差し出してきた。手だけでもあなたが大の字になって転がっても余裕な大きさだ。
あなたは初めて乗る巨人の掌に若干どぎまぎしつつ、なんとか登ることができた。
『じゃあ、立ちますよ。しっかり掴まっててくださいね』
カズキさんがゆっくり立ち上がると、地面が離れていく。
ズシン、ズシンと足音を立てて、カズキさんは駅の外へ歩き始める。
『じゃあ、まずは色々と必要なものを渡しておきますね。こっちの袋は靴を入れる用のものです。僕はあんまり気にしないですけど、そうじゃない巨人もいるんで、掌に乗るときは靴脱ぐのが無難だと思いますよ。
そしてこっちのはタブレット端末です。滞在中お貸ししておきます。訪れた場所や体験したことはメモしたり写真に撮ったりしておいてくださいね。あとでそれを元にインタビューするんで。
あとこれは、この街で巨人・人間双方の支払いに使えるICカードです。いくらかチャージされてますので、乗り物や、買い物の時に使ってください』
カズキさんは歩みを進めながら早口で説明していった。
『まずはホテルにチェックインしてもらいますね。えーっと、その後の行動ですが、メールでもやりとりしてた通り、今回の企画は「共存地区を初めて訪れる人間さんが何をどう感じるか?」というのがテーマになってます。なので今日一日は、あなたが思うように好きに行動しちゃってください』
「え? カズキさんも同行してくれるんじゃないんですか?」
『それだと、よくあるツアーになって面白さも半減しちゃうでしょ? 初めて来た人の直感を大事にしたいんですよー』
カズキさんはこともなげにさらっと言う。
『まあ、あまり気張らずに好きなように観光してみてください。
大丈夫!明日からは僕も同行しますし、何か困ったことがあったら電話してもらっても良いですから』
なんてことを一方的に言われているうちに駅前ロータリーまで出ていた。
『おーい、すみません!』
カズキさんは、ロータリーにいた、黒い装束を着た巨人に声をかけた。
『おっ、カズキさんじゃないっすか。今日も取材中ですか?』
黒い装束を着た巨人がカズキさんに親しげに話しかけた。どうやら知り合いのようだ。
『ええ、まあそんなところです。それでちょっとお願いがあるんですが、この人をオオヒトグランドホテルまで連れて行ってもらえますか?』
『はい、了解しました!』
カズキさんはあなたを黒い装束の巨人の掌へと移しかえると、巨人は歩き始めてしまった。
思わずカズキさんの方を振り返ると、
『それじゃあ、記録はガンガン残していってくださいねー!オオヒト区での旅を楽しんでいってくださーい!』
なんて言いながら手を振っているのが見えた。
なんだかすごく無茶振りをする人だなぁ……と思いながら、ふと今乗っている手の持ち主を見上げる。
とっさのことで先ほどは気が回らなかったが、黒い衣装に日焼けした肌……、巨人タクシーだ、と雑誌で見ていたあなたには見当が付いた。
『お客さんは、カズキさんとお知り合いなんですか?』
巨人さんが話しかけてきた。
「うーん、知り合いというかなんというか……」
あなたはオオヒト区まで来た経緯を説明した。
『へぇー、あの雑誌でそんな企画やってるんですね。俺も前に取材されたことあるんですよ。あ、よかったら巨人タクシーのこともぜひ宣伝しておいてくださいね!どうですか、巨人タクシーの乗り心地は?』
「え、ええ……最初はドキドキしましたけど、普段とは目線が全然違って新鮮ですね。」
あなたは掌の上から、巨人さんの足元を覗き込みながら言った。巨人さんの足は、そばを通る車やバスをスイスイと避けながら通り抜けていく。
『そうでしょうそうでしょう!初めてオオヒト区に来られた人にはいつも驚かれるんですよ』
そうやって巨人タクシーさんと楽しく会話をしているうちに、目的地のホテルまで辿り着いた。会計を済ましてあなたが地面に降りると
『じゃあ、オオヒト区の観光楽しんでいってくださいね!』
巨人さんは爽やかな笑顔で元気に挨拶すると、ズシンズシンと足音を立てて去っていった。
雑誌で見て、いつか乗ってみたいと思っていたものに来て早々あっさりと乗れてしまった。カズキさんに若干無理矢理乗せられた感があるものの、その点はカズキさんに感謝しなければならない、かもしれない。
乗った感想なんかもインタビューの時に言えたらいいな、宣伝も頼まれたし。と思い、忘れないうちに簡単にメモにまとめておくことにした。
メモを書き終わると、ホテルへと目を向ける。
赤いカーペットが敷かれ、とても高い天井にはシャンデリアが吊り下げられている。正面玄関には、黒と金の制服に身を包んだ、ピシッとした立ち姿がカッコイイ巨人のドアマンがいた。
巨人ドアマンは
『いらっしゃいませ。チェックインでございますか?』と笑顔で迎えてくれた。
「は、はい」
『ではこちらへどうぞ』
とても身体が大きいのに威圧感を与えない丁寧な物腰にドキドキしつつ、あなたは示された方にある人間用のフロントデスクに向かう。
「いらっしゃいませ。ご予約はございますか?」
「はい」
カズキさんがホテルの予約をしていてくれたので、予約票を提示し、台帳に名前を記入する。
「こちらがお部屋の鍵でございます。403号室のお部屋をご用意させていただきました。係りの者がご案内いたします」
後ろに控えていた巨人のベルボーイが『お乗りください』と白手袋に包まれた手をあなたの前に差し出してきた。その巨大な手に乗り込むと、巨人はあなたの荷物も手に乗せ、スッと立ち上がる。あっという間に403号室の前まで運んでくれた。
『1階へ降りられる際は、あちらにエレベーターがございます。また、我々へ御用がございましたら遠慮なくお申し付けください』
巨人ベルボーイは部屋の前で待ち構えていた人間のボーイにあなたの荷物を受け渡すと、丁寧にお辞儀して去っていった。
人間のボーイに案内されて部屋に入る。掃除の行き届いた、落ち着いた雰囲気のキレイな部屋だった。ボーイが去った後、あなたは白いシーツに大きな枕のあるベッドの上に倒れこんだ。そのまま目を閉じてゆっくりしたい気分だったが、あなたはガバッと身体を起こして
「いろんなところ見てまわらないとね……」
最低限の荷物だけカバンに入れて部屋を後にした。
ホテルの入り口に戻ってくると、あなたは先ほど声をかけてくれた巨人のドアマンさんに話しかけた。
「あのー、すみません」
『はい、どうされましたか?』
ドアマンさんは、立膝を付いて優しく声をかけてきた。
「この辺で観光できるようなところはありますか?」
『そうですね、あちらの道を進むと、街の中心に出ますので、飲食店やお土産店などもたくさんございますよ。あとは――』
ドアマンさんは丁寧にホテルの周辺について説明してくれた。
「ありがとうございます!助かりました」
とお礼を言うとドアマンさんは
『また何かありましたらいつでも声をかけてください』と言って立ち上がった。
とても親切で丁寧な巨人ドアマンさんだな、と思いあなたはさらっとメモを取った。
あなたは人間用歩道を歩く。とりあえず道なりに散策してみることにした。
改めて自分の足で歩いていると、色々と発見がある。ただ道を歩いているだけでも行き交う巨人の足音や地響きを感じることができる。
横を通り過ぎていく巨人を、あなたはついつい目で追ってしまう。さっきは豪快にもトラックを抱えた、水色の制服を着た配送業者らしい巨人が歩いていったし、今はスーツ姿の背の高い巨人が腕時計を見て慌てた様子で走っていった。
巨人が足音を立てて通り過ぎていく。たったそれだけでもあなたにとっては胸が躍る光景だった。
反対に、あなたの周りを歩いている人達は慣れっこなのか、特に気にする様子は見られない。
そんなカルチャーギャップがなんだか面白く感じられた。オオヒト区に住んでいる人には日常的な光景でも、外から来た自分には物珍しく映る……と、素直な感想を書き取った。
しばらく進んでいくと、人間用の歩道も巨人用歩道も人通りが多く、賑わってきた。このあたりが街の中心部のようだ。
あなたはぐるっと辺りを見渡す。
途轍もなく大きい、巨人用の建物のすみっこに人間用のドアがあったり、あなたの目の高さにある標識と同じものがビルの屋上に大きなサイズで掲げてあったり。サイズのごちゃまぜ感が、不思議な場所に迷い込んだような気分にさせた。
そんな様子を興味深くきょろきょろと眺めていると、背の高いビルの側面に、大型ビジョンが設置されているのに気が付いた。
『続いてのニュースです』
ビジョンの中では、アナウンサーがニュースを読み上げていた。隣に何人かいるコメンテーターよりもはるかに大きい、メガネをかけた巨人のアナウンサーだ。
『人間区の×××××氏が共存地区の×××××氏への表敬訪問に訪れ――』
人間の政治家が黒いスーツを着た巨人の掌の上に乗って移動している映像が流れた。スーツがよく似合う、スキのない雰囲気の巨人だった。護衛の人だろうか。あんな巨人さんに守ってもらえるなんて羨ましいなぁ、などとぼんやり考えていると、ニュースの画面が切り替わったのであなたは散策に戻ることにした。
タイルで舗装された道からエスカレーターで上っていくと、広い高架の回廊に繋がっていた。
地上の歩道よりも見晴らしが良く、花壇やベンチ、噴水が整備され、ちょっとした広場のようになっている。巨人の目線と同じ高さの所や巨人が下をくぐれるような高さの所もあり、街の各方面へと繋がるデッキになっているようだ。
あなたが回廊の上を歩いていると、地上に消防署があるのが見えた。
訓練場らしきところでは人間の消防士が腕立てをしている。
それに混じって、巨人の消防士の姿もあった。同じく腕立てをしている。青のシャツに汗がにじみ、顎の先からも大粒の汗が滴り落ちている。真剣な表情で黙々とトレーニングをこなしている姿はかなりかっこよかった。
巨人消防士のこんな姿が見られるなんて良いスポットだな、とちょっとした発見が嬉しくなり、あなたはメモに書き残した。
再び歩き始めると、後ろからワーッと騒がしい声が聞こえてきた。見てみると、水色の服に帽子をかぶった園児達だった。園外散歩をしているようで、仲良く手を繋いで歩いている。こういう光景は自分のまわりでも良く見かけるな、とあなたが思っていると
『みんなー、そろそろ園に戻るよー。先生の手に乗ってねー』
エプロンをした巨人さんが声をかけ、子供達に手を差し出す。子供達もわいわいと楽しそうに巨人の手の元に集まっていく。あなたのまわりでも、子供をカートに乗せて移動しているのを見たことがあるが、カート代わりに巨人の保育士さんの手に乗るのは共存地区ならではだな、とあなたは思った。
そろそろお昼時。
階段で高架を降りると、どこか近くに飲食店はないかな、とそばにあったバス停のマップに近づいていった。
それによると、バスで何駅か進んだ先に自然公園があって、そのそばにレストランやカフェなどの店舗もあるようだ。丁度その方向に向かうバスがやってきたので、あなたは乗ってみることにした。
しばらくバスに揺られ、広くて整備された公園の前にやって来た。確かにレストランやテイクアウトできる店が公園に面して立ち並んでいる。
せっかく晴れているのでテラス席のある店で昼食をとることにした。
手渡されたメニューを見ると、オオヒト区で育てられた野菜、
それも巨人サイズのものを使ったサンドイッチがオススメとのことだった。
面白そうなのでそれを注文してみる。
テーブルに運ばれてきたサンドイッチは、見た目はよくあるものとさして変わらないように見えた。
一口かじってみると、なるほど、若干歯ごたえのある野菜もあったが味は普段食べているものより濃い気がする。
サンドイッチを食べ終わり、あなたは公園の方を眺める。
テラス席から見えるのは、緑色の絨毯のような芝生エリアと良く晴れた空。そしてそんな青空の下、キャッチボールやジョギングなど思い思いに過ごす巨人や人間の姿があった。
そんな様子を何枚か写真に撮っておいた。
他にも巨人が植樹作業をしているのが見えた。緑色のエプロンをして、髪には黄緑色のヘアピンをとめている。黒いビニールポットから木を土ごと取り出し、スコップで掘られた穴に植えていく。やっていることは鉢に花を植えていくのと近いのに、巨人がやるとスケールが違うなぁ、と思いながらあなたは森が出来上がっていくのを眺めていた。
お腹も満たされ元気になったあなたは再び散策を始める。
しばらくぶらぶらと歩いて十字路にさしかかった時、角の向こうからズズンッ!っと大きな音が響いた。
なんだろう、と思いあなたは音のした方へ行ってみると、そこは工事現場だった。
オレンジ色のフェンスが張り巡らされている。そのフェンスの向こうに作業服を着た巨人が立っていた。その足元には、半壊したビルとガラガラと崩れ去った瓦礫。
あなたが見上げていると、巨人はその大きな足を半壊したビルの上に持ち上げ、勢いよく振り下ろした。
ズズズンッ!っとさっきより大きな音を立てて、ビルは更に崩れていく。
あなたは近くにあった看板に目を向ける。
「建物解体工事中・ご迷惑をおかけします」とあった。
なるほど、とあなたは合点がいった。共存地区では、建物を取り壊すのには重機を使うより、巨人さんに頼んだ方が効率が良いのか。
それにしても豪快な工事だなぁ、とあなたはしばらくの間ビルが踏み潰されていくのを眺めたり、写真に収めたりした後、再び歩き始めた。
少し日が傾いてきた。
そろそろホテルに戻ろうか、とあなたは思ったが、ふと辺りを見てみるとまわりにあるのは背の高い巨人用の建物ばかりだった。
困ったな……と思っていると、向こうからズシンズシンと巨人が歩いてくるのが見えた。
水色のシャツに紺のズボン。警察官のようだ。
助かった!と思ってあなたは大きく手を振って声をかけた。
「すみませーん!ちょっと道に迷って……」
あなたに気付いた巨人警察官はズンズンとあなたのほうに迫ってくる。
あなたを見下ろし、逆光になっているので少し怖い。不審者とでも思われているのだろうか……。
『なんかモゾモゾ気配がすると思ったら……。観光の人?』
「はい、ちょっと道に迷ってしまって」
『この辺は巨人の建物ばかりですよ。人間が不用意にウロウロしない方がいい。この道を進んで右に曲がると街の中心に行けるから、はやく戻ったほうがいいですよ』
巨人警官が道を指し示しながら言う。
『じゃ、まだパトロールの続きがあるんで』
巨人警官はズシンズシンと足音を立てて行ってしまった。
せめて街の中心部まででも道案内してもらいたかったけど……仕方ない、とあなたは指示された道を歩き始めた。
広い道をしばらく歩いて、ようやく角に辿り着いた。
その時、再びズシンズシンと巨人の足音が聞こえてきた。見てみると先ほどの警官だった。
『……こっちはパトロールが終わったってのに、まだいたんですか』
巨人は溜め息を付きつつ言った。
『ったく、人間の歩く速度だとずっとその調子でしょ?またウロチョロされても困りますし、特別に街の中心まで連れて行ってあげますよ』
巨人はしゃがみ込み、あなたの前に手を広げた。
なぜだかぶっきらぼうで渋々って感じだけど、……面倒見はいい人、なのかな?
「あ、ありがとうございます」
あなたはお礼を言ってその巨大な手に乗り込んだ。
巨人のお巡りさんのおかげで、あなたは見覚えのある場所まで戻ってくることができた。大型ビジョンが見える。
『ビッグな爽快感 GIGAMINTタブレット 巨人・人間両サイズで好評発売中!』というテロップと共に、ミント色の衣装を着て踊っているアイドルの姿が映し出されている。巨人アイドルのマナトが出演しているCMだ。
マナトと言えば、元気な歌声とダンスで共存地区内外でも有名だ。雑誌にもよく出ているのであなたもよく知っていた。
流石に今回の滞在では無理だろうが、いつかは生で見てみたいものだなぁ、と物思いに耽っていると、後ろからズシンズシンと、巨人の高校生5、6人の集団が団子になって賑やかしゃべりながらに歩いてくるのが見えた。身体はとても大きいけど、ああいう下校風景はどこも変わらないんだな、と思っていると
『おっ、お前の出てるCMじゃん!』
集団の1人が、ビジョンを指差しながら言った。
『やめろよーわざわざ言うなよー恥ずかしいだろー?』
別の1人が照れたように笑いながら、その集団はズシンズシンと足音を立てて去っていった。
(お前の出てるCM、って、集団に紛れてて顔はよく見えなかったけどひょっとして……?)
ホテルへの道すがらお土産の下見をしたり、部屋でつまむものを買ったりしつつ、あなたはホテルへ戻る道を探す。
「次の角を曲がって……あっちか」
あなたはタブレットを頼りに進んでいく。
地図によるとホテルへ戻る道は――
「……巨人用道路をはさんで向こう側か……」
あなたの目の前には、かなりの幅がある道路が広がっている。
あちら側に渡りたい。しかし、あなたの近くには信号や歩道橋は見当たらない。ついでに言うと巨人の姿も見られなかった。
「よし、いいや、渡っちゃえ」
あなたは小走りに巨人用道路を横断しはじめた。
あなたが道の真ん中ほどに差し掛かった時、ズシン、ズシンとかすかに地響きがしはじめ、しだいに近づいてくる。
その方向へ目をやると、曲がり角から、大学生風の巨人が2人並んで歩いて来ているところだった。
2人はおしゃべりに夢中なようで、あなたには目を向ける気配もない。
このまま踏み潰される!?かと思ったが、1人の巨人の足が持ち上がったかと思うと、あなたの頭上でピタッと一瞬止まり、そのまま踏み降ろすコースからは外れ、あなたから離れた位置に着地した。
あなたは巨人の顔を見上げたが、巨人は何事もなかったかのようにおしゃべりを続け、歩き去っていった。こちらを直接見た様子も無かった。まるで人間がいることが分かってわざと歩幅を変えたような気がしたのに……。
……そういえば聞いたことがある。巨人は人間よりも温度や
音等をキャッチする感覚が鋭いと。先ほどの警官さんも『モゾモゾ気配がする』とか言ってたっけ。それで足元に人間がいることが分かったのだろうか?
ともあれ、巨人用道路の無理な横断はもうやめよう、とあなたは肝に銘じたのだった。
何とか帰りつくと、もうすぐ夕食の予約の時間だ。一旦部屋に荷物を置き、ダイニングホールへと向かった。
相変わらず高い天井に、巨人が何十人入っても余裕なほど広いホールだった。スタッフに案内され、巨人サイズのテーブルを支えている脚の1本に向かう。この脚はエレベーターになっており、簡単に天板まで上がることができた。
ドアが開きエレベーターから出ると、既に多くの人間でにぎわっていた。
このテーブル丸ごとひとつが、人間用のビュッフェ会場になっているようだ。あなたも人間のウェイターに席に案内された後、料理の並べられているコーナーへ向かう。
どれもこれもキレイに盛り付けられていて、キラキラと輝いているように見えた。
ここでも巨人サイズの食材は名物のようで、芽キャベツで作ったというロールキャベツや、ウズラの卵を使ったというオムレツなどが並べられているのが面白かった。
好きなものを好きなだけ取ったあなたは、席に戻って美味しい食事を堪能した。
食べている最中、巨人のウェイターがコーナーの一角丸ごとできたての料理に入れ替えているのにも驚いた。
あなたのいる巨大なテーブルの向こう側でも、巨人の客がビュッフェを楽しんでいるのが見えた。
遠目にだが、巨人用の席に人間の客が同席しているのも見える。巨人さんと一緒に来たのかな、同席できるのは羨ましいな……なんてことを思いつつ、あなたとさほど大きさの変わらない食べ物が、巨人の口の中に消えていくのはなかなかに迫力のある光景だった。
食事を終えたあなたは自室に戻ってきた。
シャワーを浴び、寝る用意を済ませてベッドに寝転がる。
タブレットを見ると、カズキさんから『観光はどうでした? 明日の朝ホテルに迎えに行きますのでよろしくお願いします』とメッセージが来ていた。簡単に返信をして、あなたは今日のことを振り返る。
今日1日だけでもたくさんの巨人を見ることができた。
眠る前なのに、既に夢を見ているような気分の1日だった。明日にも期待ができそうだ、と思いながら目を閉じると、あなたは気分良く眠りに落ちることができた。
前編 終わり
オオヒト区への旅(後編)(2025.01.22 更新)
朝。ホテルのロビーラウンジで、カズキさんが巨人用の大きなソファーに腰掛けてあなたを待っていた。
「昨日は驚きましたよ。いきなり放り出すんですもん……」
『まぁまぁ! 今日は僕がしっかりエスコートしますからね!』
カズキさんはあなたの抗議もなんのその、人当たりの良い笑みで答えた。
『昨日送ってもらったメールを元に、まだ行かれてないスポットでオススメなところをいくつかピックアップしてきましたからね』
「え? メール送ったの結構夜遅かったですけど、それから考えてたんですか?」
『ええ、まぁ、こういう仕事柄、そういう場所はいくつかおさえてますから。それに俺、こういうの考えるのは結構好きなんで』
一見飄々とした感じのするカズキさんだが、こういうところは流石は記者というところなのだろうか。
『さあさあ、早速出発しましょう! いろんな所まわりますから覚悟しておいてくださいね!』
カズキさんがあなたの前に手を差し出した。
あなた達が最初に着いたのは牧場だった。
だだっ広い草地がどこまでも続いている、開放感あふれるところだった。遠くの方では、巨大なサイズの牛が放牧され、のんびりと草を食んでいるのが見えた。
ここでは餌やり体験ができるとのことらしい。既に何人かの人間のグループも集まってきている。
『では餌やり体験の方はこちらへどうぞー!』
緑色のつなぎを着た、背の高い若い巨人さんに案内されて、鶏舎へと入っていった。
「……おおっ」
あなたの目の前には、たくさんのヒヨコがいる。
黄色くてふわふわでピヨピヨ鳴いていてなんとも可愛らしい……が、どれもあなたの身長より大きかった。
あなたはヒヨコ用の餌のついた棒を持って柵の前にいるが、それを見つけたヒヨコ達が群がってくる。可愛いような、ちょっと怖いような……。
なんとか餌をあげ切ったあなたを尻目に、
『いや~、ふわふわしてて可愛いですね~』
カズキさんは片手にヒヨコを乗せて、もう片方の手に乗せた餌をやっていた。
……こうして巨人の手に収まっている姿を見れば、やっぱり小さくて可愛い気がした。
あなた達が次に訪れたのは、陸上自衛隊の演習場。
『訓練開始!』
牧場でのほのぼのとした空気からは一変、緊張感のある声が響いた。
今日はここで防災・救助訓練の公開演習が行われる、とカズキさんが教えてくれた。
あなたの立っているまわりには、倒壊したビルを模した瓦礫が散乱している。あなたは、集まった観客の中から、要救助者の役を与えられてしまった。
瓦礫の向こうに、迷彩服を着た何人かの人間の隊員さんと、巨人の隊長さんが見える。人間の隊員さんも皆遠目にも分かるほど立派な体格だったが、巨人の隊長さんは特に鍛え抜かれた身体をしていた。流石は自衛隊員、もしかしたら今まで見てきた巨人さんの中でも格段にガッシリとした体付きかもしれない。
巨人の隊長さんが一歩一歩注意深く足を瓦礫に踏み降ろし進んでいく。その都度足元にいる人間の隊員さんが、まわりに取り残された人がいないか、崩れそうな瓦礫がないか確認し、着実にあなたの元を目指す。慎重に、そして迅速な動きで救助隊は、あなたのすぐ前にある一際大きな瓦礫の前まで辿り着いた。
『ふんっ!!』
巨人の隊長さんが、掛け声と共にその大きな瓦礫を持ち上げる。瓦礫が無くなってできたスペースから人間の隊員さん達があなたの元へ駆け寄る。
「要救助者確保!」
人間の隊員さんが叫ぶと、観客から大きな歓声があがった。
『お疲れ様でした。突然の申し出にもかかわらずご協力頂き感謝します』
あなたは、巨人の隊長さんの手に乗せられ、観客席まで戻っていく。
分厚くてまめや傷の多くできた手。あぁ、この手でたくさんの人を守ってきたんだろうなぁ、と如実に感じさせる力強い手だった。
カズキさんのところまで戻ってきた。
『救助される役に選ばれるなんてラッキーでしたね!』
そういうカズキさんも、公開演習の様子が撮影できてなかなか楽しんでいる様子だった。
『さあ、次はそろそろお昼ごはんにしましょうか。僕のオススメのお店があるんです。海辺なんでここからだとちょっと歩きますけど、まぁ歩くのは僕なんで大丈夫ですよね!』
カズキさんは立ち上がって元気よく歩き出した。
『海が見えてきましたよ』
カズキさんがあなたの乗った手を少し持ち上げる。
「おお……!」
あなたの目の前にも、キラキラと太陽の光を反射して青く輝く海が広がった。
その海に沿って長く続く浜辺には、海水浴客の巨人も人間も入り混じって賑わっている。
「結構たくさん人がいますね」
『そうですねー、この辺は海水浴もそうですけど、人間さんがサーフィンするのにもいい条件が揃ってるらしいですよ』
「巨人さんは、サーフィンはしないんですか?」
『波が小さすぎて、人間さんのようには波に乗れないんですよねー。その分ウィンドサーフィンとかシーカヤックとか、シュノーケリングやダイビングなんかは巨人にも人気ですよ』
なんて巨人さんのマリンスポーツの豆知識を解説してくれた。
ふと、ズシン、ズシンと向こうから巨人のライフセーバーが歩いてくるのが見えた。
こんがり日焼けした肌に、ライフセーバー用の真っ赤な水着が眩しい。
ビーチにいる巨人の中でも一際存在感があって、ついつい視線を引きつけられてしまった。
あんな巨人さんが見守ってくれていたら安心してビーチで過ごせるだろうなぁ、と思いつつあなたは巨人ライフセーバーを眺めていた。
『ここでお昼にしましょう!』
カズキさんは、浜の前に建つレストランの前であなたに声をかけた。青いタイルを張り合わせた外壁の、キレイなお店だった。
席に通され、メニューを眺める。
『ここはピザがオススメなんですよ。もちろん人間さんサイズのものもありますけど、どうします?』
「あ、じゃあそれで」
確かに通された席のすぐ前には、大きなドーム型の窯があった。その横で巨人さんが具材をトッピングして、ピザピールに乗せて窯に入れている。
注文したものが来るまでの間、あなたとカズキさんは昨日の感想をまとめたメモや写真を見ながら待つことにした。
『ふーん、なるほど、人間さんならではの視点ですねー』
カズキさんがメモや写真を見ながら言う。なかなか好感触なようだった。
『どうでした? 今日午前中行ったところは』
「面白かったです。なかなか普段体験できないようなことができたと思います」
『それは良かった! 午前は山の方だったんで、午後は海の方を観光していきますよー! ……あと個人的にちょっとお願いしたいことが……』
「?」
『お待たせしました』
カズキさんが何か言いかけた時に、注文したものがテーブルに届けられた。
『まあ、それは後でいいや。冷めないうちにいただきましょう!』
カズキさんが大きな一口でピザにかじりついた。
『んー!やっぱり美味いなー!』
そんな様子をしげしげと見つめていると、カズキさんと目が合った。
『ん? どうしました?』
「い、いえ、なんでも……」
昨夜もホテルでの夕食で遠目に巨人さんが食べ物を口に運んでいるところを見かけたが、こうして間近で見るとはるかに迫力がある。しどろもどろになりながら、カズキさんの口の中に、自分よりも大きなピザの塊が消えていくのを眺めていた。
ドキドキの昼食を終えて、あなたとカズキさんは海辺の散策に戻る。
「カズキさん、あそこのお店は何ですか?」
『あー、あそこは、海に流れ着いたものとか、人間さんの不要になったものとかをアクセサリーや雑貨に加工してる工房兼ショップですね。入ってみます?』
「そうですね……せっかくなんで」
『いらっしゃいませ』
店の奥から挨拶が聞こえた。低くて渋い感じの声だった。奥の方を覗くと、白髪の混じった、穏やかな雰囲気の中年の巨人さんがいた。ここの店主さんのようだ。
木目調の落ち着いた店内では、巨人サイズのネックレスやキーホルダー、装飾品などが並べられていた。
人間サイズのサーフボードや、錨、浮き球なんかが加工されて巨人のアクセサリーになっているのが面白い。
あなたたちの他に、人間と巨人の先客もいた。こちらに背を向けてふたりして商品を見ているようだ。
「これとかキョウイチに似合うんじゃない? あ、あっちのも似合いそう!」
『う~ん、こういうのは俺にはよく分かんねぇなぁ……。レイが選んだものにまかせるよ』
商品を眺めていた巨人が振り返る。
「っ……!」
あなたは思わず息が詰まってしまった。振り返った巨人はタンクトップを着ていて、ガタイが良くて、三白眼だった。一言で言うと、なんだか恐そうな雰囲気だった。
でも
「ねーねーこれもカッコイイよーつけてみてよー」
『ん……こんなの普段つけないからちょっと恥ずかしいな……』
「たまにはつけてみたらいいじゃん! 絶対似合うよ!」
人間の人に急かされるようにアクセサリーを身に着けさせられていたりして、ちょっと照れくさそうなのがなんだか微笑ましかった。
『あ、この辺人間さんサイズの商品も置いてありますよ』
カズキさんが近くにあった商品棚を指しながら声をかけてきた。
「本当ですね」
あなたが近づいてみると、大きめのトートバッグや鞄が
並べられている。脇には解説が書かれていた。
「えーっと……“使われなくなった人間のヨットの帆を再利用してバッグを作りました”ですって。へぇー、珍しいですね」
『そうですねー。こんな小っちゃいカバンも、あの店主さんが1個1個手作りで作ってるんですね。器用な人だなぁ』
カズキさんが、鞄のひとつを摘みあげて物珍しそうに眺めた。確かに、人間にとっては担げるサイズの鞄でも、今カズキさんが摘み上げてる指と比べてみると、まさにミニチュアのような大きさだ。
……値段もそこそこするみたいだけど、せっかくこの街で何か買って帰るなら、どうせなら巨人さんが作ったものの方が思い出になりそうだな……とあなたは思った。
元になった生地によってそれぞれ色や柄が違うようなので、好みのものも見つかりそうだ。
「……よし、これにしよっと」
しばらく考えて、あなたは買うカバンを決めた。
『おっ、その鞄買うんですか?』
「はい。せっかくなのでこの街に来た記念に……」
『いいですね! 俺も何か買おっかな~』
カズキさんが飾られてる商品をあちこち見る。
『おっ、コレにしようかな』
カズキさんが手を伸ばしたのは、巨人用のブレスレットのコーナーだった。
カズキさんが手に取った物は、布を編んで作られたブレスレット。あなたが選んだカバンと同じ布が使われているようだ。
『へへっ、俺も今回の旅の記念ということで』
カズキさんは照れたように笑いながらブレスレットをつけた腕を見せてくれた。
次にあなた達がやってきたのは、ショッピングモール。
人間用の店舗がずらりと並んだフロアが、何階層にも連なっている。そのすぐ横の吹き抜け部分を、巨人の客が行き交っていた。
吹き抜けのショッピングモールは共存地区以外の場所にもたくさんあるが、こんな光景は共存地区ならではだな、とあなたは興味深く見回したり、写真に撮ったりした。
そんなあなたを、カズキさんはなぜか困ったような表情で見下ろしていた。
『あー……人間さんのフロアでお買い物とかされたいですよねー……。でもその前に! ちょっと付き合ってもらえません?』
「別に買い物は後でも構いませんけど……」
『それなら良かった! ではこちらに行きましょう!』
なんだか嬉しそうにカズキさんは歩き始めた。
カズキさんに連れられて入ったお店は、フードフロアのスイーツショップ。
「……うおお」
巨人のウェイターさんによって運ばれてきたものを見て、あなたは小さく声をあげた。白いプレートに乗せられて出てきたのは、一軒の家だった。それも、ビスケットや飴、チョコ等でできたお菓子の家だった。
『おー、これこれ! これが食べたかったんですよー!』
カズキさんがニコニコしながら言った。
『いやー、実は俺結構甘党でして……』
ニコニコ笑顔から、照れたような顔になってポツポツと話し続ける。
『前からこの店でこれ食ってみたかったんですけど、このメニュー、巨人と人間のペアでしか注文できなくて……。人間の同僚に頼んだりもしたんですけど、甘いもの好きじゃないって断られてしまって……。いや~実物が食べられるなんて嬉しいなー! あ、でも一応取材でもあるんで食べる前に撮影しておきましょうね。サイズ感分かるようにしたいので、扉の前に立ってもらえますか?』
カズキさんに促され、クッキーを型抜きしてできた扉の前に立つと、撮影会が始まった。
しばらくカズキさんがパシャパシャと取り続けると、
『あ、中からの撮影お願いしてもいいですか?』
と言われたのであなたは家の内部に入ることにした。
外ほど明るくはないが、型抜きされた扉や窓から光が漏れてくるので、見えない程暗いわけでもない。
家の内部も様々なお菓子でデコレーションされていて、甘い空気が漂っていた。
あとでカズキさんにも見せてあげよう、とあなたも写真に収めていく。しばらく撮っていると
『中はどうですかー?』
外からカズキさんが声をかけてきた。
「中もお菓子だらけでキレイですよ。あとで見せてあげますね」
『それはありがとうございます! あの~、そろそろ食べても……?』
「あ、はいどうぞお構いなく」
『では早速! 屋根はがしちゃいますねー』
パキっ!っという音がして、あなたの頭上から光が入って来る。見上げると、天井に空いた穴から、折ったクッキーを持ったカズキさんが見えた。カズキさんはその持っているクッキーをパクッと頬張って、幸せそうな表情を浮かべた。
『う~ん、美味しい! これなら何個でもいけちゃいますね』
そう言いつつカズキさんは更に屋根の解体に取り掛かる。あなたはその迫力に圧倒されつつ、少し後ずさりした。
……これで巨人さんが食事しているところを見るのは3回目だが、これまでの中で一番迫力のある光景だな、とあなたは思った。
あなたが見つめていることにハッと気が付いたカズキさんが
『あ、俺ばっかりすみません。 お好きなだけ食べてくださいね。残った分は俺が責任を持って食べますんで!』
照れ笑いを浮かべながら言った。
……先ほどから時々、カズキさんの一人称が「僕」から「俺」に変わってきている気がする。少しは打ち解けてきた、ということかな?
ショッピングモールで人間エリアでの買い物も済ませ、再び浜辺まで戻ってきた。
少し日が傾いてきていて、空が少しオレンジがかってきている。
『さあ、本日最後のアクティビティはこちらですよ!』
カズキさんが鯨の絵が描かれている看板を指し示した。
「ホエールウォッチング?」
『そう! この辺はホエールウォッチングでも有名なスポットなんですよ。もうすぐ出航の時間なんで行きましょう』
そう言ってカズキさんは港の方へ歩いていく。そこには大きな巨人用のシーカヤックが停泊していた。
「へー、カヤックで行くなんて珍しいですね」
『あぁ、人間さんの乗り物はエンジンが付いたものが多いですよね』
「巨人さんの乗り物には多くないんですか?」
『あまりないですねー。船はエンジン付きのも一応ありますけど、それ以外の乗り物だとエネルギーの割りに輸送効率が悪くて。もうね、大体の巨人は自分で漕ぐなり走るなりしちゃった方が早いって考えちゃうんですよね。だからこの辺に住んでる巨人はともかく、共存地区外から来た巨人には人間さんの自動車とか電車とかは物珍しく映るんですよ』
なんて巨人さんの乗り物事情を話しつつ、カズキさんはカヤックに乗り込んだ。
先に乗っていた客は人間の観光客グループが5、6組で、巨人はカズキさんとカヤックを漕ぐ人だけだった。
『それではそろそろ出発しますよー!』
カヤックを操縦する人……こういう場合でも船長さんって呼んだらいいのかな? ともかく船長さんが大きな声で乗客に呼びかけると、でっかいオールで漕ぎ出して、港を離れていった。
一漕ぎ毎に盛り上がる筋肉。波なんかものともせずガンガン進んでいく。
さっきカズキさんに聞いていた通り、やっぱり巨人さんは自分の力を使って移動するのが性にあってるんだな、ということを物語っているかのようだった。
しばらくして、だいぶ沖の方までやってきた。
夕日が水面にキラキラと反射していて眩しいけれど、あたり一面オレンジに染まっているのがキレイだった。
船のすぐそばから黒いものが浮かび上がってくる。鯨だ。頭の天辺から、潮を吹き上げる。
続いて船のまわりのあちこちから何頭もジャンプするのが見えた。勢いよく飛び上がり、水しぶきを上げて着水する様子は、なかなか見ごたえのあるものだった。
カズキさんが写真を取りながらぽつりと
『なかなか迫力のある光景ですね~。
品種改良された鶏や牛はともかくとして、世界最大級の野生生物がこんなに間近で見られるなんてそうそうない機会ですからねー』
鯨よりも更に大きい生物である巨人さんの口からも、そんな感想が出るのか、と思うとなんだか面白かった。でも、巨人さんでも野生動物のダイナミックな姿に心動かされるのは人間と一緒なんだな、と思うとなんだか嬉しかった。
『こんばんはー。テルアキさん』
すっかり日が沈んだ頃、カズキさんが挨拶しながら入ったのは“居酒屋てる”と暖簾のかかったお店だった。ここもカズキさんのイチオシのお店とのことらしい。
『いらっしゃい、カズキさん』
カウンターの向こうに立っている巨人さんが挨拶を返した。
店の中は、巨人のスケールでは小ぢんまりとしているが、温かい照明に照らされ、美味しそうな匂いが漂ってくる、良い雰囲気のお店だった。
『あれ、カズキさん! それに昨日のお客さんも』
カウンターに座っていた、3人の巨人のうちの1人がこちらに振り向いて言った。焼けた肌にオレンジの瞳……あ、巨人タクシーの人だ、とあなたは思い出した。
『やぁ、タクトさん達。今日もここで飲んでるんですね』
『えへへ、そうなんですよ。あ、よかったらこっちへどうぞ』
と隣に空いていた席に誘ってくれた。カズキさんがその席に座り、あなたをカウンターの上に乗せる。すると人間の店員さんが「こちらの席をどうぞ」とあなたの為に人間サイズの椅子とテーブルを移動してきてくれた。
『人間のお客さんにはまだちゃんと自己紹介してませんでしたよね。俺はタクト。巨人タクシーやってる時に会いましたよね』
タクトさんは、あなたにニコッと笑いかけた。
『んでもってこっちはオオヒト急便で働いてるタクマ』
『こんばんは』
タクトさんが、隣にいる巨人さんに手を回して言う。
つんつんと逆立った髪に、水色の大きな瞳が特徴的な巨人さんだった。その顔を見ていると、おや?とあなたは何かが引っかかった。
この巨人さんは、昨日見かけた気がする。トラックを抱えて道を歩いていたのを覚えている。
それにこうしてよくよく見ていると、それとは別に前にもどこかで見たことがあるような……。
続いてタクトさんは、タクマさんの隣にいる巨人さんを紹介してくれた。
『こっちは街やビルの清掃をしているソウタ。2人とも俺の飲み仲間というか、ランニング仲間というか』
『どうも』
黒髪に、鼻のところにちょっとそばかすのある巨人さんだった。
『実はこのお三方と、この店のテルアキさんにもうちの雑誌に出てもらったことがあるんですよね』
カズキさんが補足するように言った。
その言葉に、あなたは見覚えの原因に思い当たった。
「あっ! もしかしてタクマさんって、前にGIGAMAGAの“働く巨人インタビュー”シリーズに出てた……」
『うわっ、そんな前のこと覚えてらっしゃるんですか? うわーちょっと恥ずかしいですね……』
タクマさんは、瞳の大きな顔を赤くして呟いた。
そうそう、言われてみれば、この瞳の大きな童顔とギャップのある鍛えられた体付きが特に印象に残っていたので、覚えていたのだった。
雑誌に載っていた生の巨人さんに会えたなんて感激だ。
タクトさんも昨日取材を受けたことがあると言っていたし、ソウタさんやテルアキさんも、雑誌のバックナンバーを探したら見つけられるかもしれない。
『人間のお客さんは、取材でオオヒト区の外から来たって言ってましたよね』
『へー、そうなんですか?』
タクマさんが気を取り直したように尋ねてきた。
「はい。雑誌の企画に応募して……」
かくかくしかじか、とあなたは巨人さん3人にこれまでのことを話した。
『へぇ~面白そうですね~』
『そんな企画があったんですね』
タクマさんとソウタさんも、タクトさんと初日に会った時と同じような感想を持ったようだった。
『今日も色々なところ観光してきましたけど、どうでしたか? この2日間オオヒト区を旅してみて』
カズキさんも尋ねてきた。
改めて振り返ってみると、この2日間で体験したことはとても濃密に感じられた。
オオヒト区に来るまでは、こんなにたくさんの巨人さんを見たり、話したりできるなんて想像もしていなかった。
実際に触れ合ってみると、なんというか、巨人さんってただ身体が大きいだけじゃないんだな、と認識することが多かった。
タクトさんは道中フレンドリーに話してくれたし、ホテルマンさんも各飲食店のウェイターさんも工房の店主さんも、とても丁寧に接客してくれた。自分よりも何倍も小さい相手にもそんな風に接することができるなんて、身体だけじゃなく度量も大きいというか、心まで大きい人が多いんだな、と感じされられる場面だった。
(警官さんは何だかぶっきらぼうな態度だったけれど……今思えばそれはそれで貴重な体験ができたような気がする)
牧場の巨人さんはあれだけの動物を大切に育てているようだし、人間の小さな小さな園児を連れている巨人さんまでいた。傍目に見ていても、大きな愛情を注いでくれる巨人さんなんだろうな、という印象のある温かい雰囲気があった。
散策中見かけたレスキュー隊員さんや自衛隊の隊長さん、ライフセーバーさんなんかは、日頃から人の命を守るためにトレーニングしていることがありありと分かるような体付きをしていた。
ほんの少しの間しか見られなかったけれど、身体の大きさに見合った包容力のある人なんだろうな、ということが伝わってくるかのようだった。
それに、解体工事でビルをパワフルに破壊する工事現場のおじさんや、勢い良くパドルを漕ぐカヤック乗りの巨人さんの、力強くて豪快な姿もカッコいいなと感じた。
思い出すままに話していくと、カズキさんも嬉しそうな笑みを浮かべた。
『それはなにより。巨人のこと、気に入ってもらえて良かったです。俺の仕事って、巨人や街のことを知ってもらうことだと思うから。
それに共存地区って楽しいところでしょ? それも体感してもらえて嬉しいです。俺も初めて来た頃を思い出すなぁ……。でも長いこと住んでるとそういう新鮮なことに気付く機会も減っていちゃって』
カズキさんがしみじみした感じで言う。
その口ぶりだと、カズキさんも元は共存地区外で住んでいたのかな。
……カズキさんにも最初こそ振り回されたものの、お世話になったし、何かお礼というか恩返しができないかな、と考えていた時、
『だから、今回の記事はまた新鮮な気持ちで書けそうで面白くなりそうです! 今回取材を手伝ってくれたのが、あなたのような人でよかった』
その言葉を聞いて、あなたは改めてここまで来た理由を思い返した。自分にできることは、この2日間体験してきたことを素直にインタビューで答えることだと感じた。
実際に見て触れて感じたことはいくらでもある。それを少しでも多く話せたられたらいいな、と思う。
巡ってきた街のことや、出会ってきた巨人さん達の魅力をいっぱい伝えられるようにがんばろう、とあなたは心に決めた。
そんなあなたを見透かしたように、カズキさんはニッコリと微笑んでくれた。
『明日からのインタビューも、よろしくお願いしますね!』
終わり
巨人タクシー(2025.02.08 更新)
「はぁ……。とうとう着いてしまった……」
俺は電車を降りながら、ため息と一緒にそんな言葉を吐き出した。
俺が降り立ったのは、オオヒト区のターミナル駅。
オオヒト区といえば、人間の他に巨人がいることで有名な街だ。
そんな街になんで俺が来ることになったかというと、
俺の勤めている会社の取引先の会社がオオヒト区内にあって、
その会社へウチから一人、会議に行く予定だったんだが、
行くはずだった人が急遽行けなくなってしまい、
俺がなぜか代理に選ばれてしまったのだった。
まさか俺が行く事になるとは……。
生まれてこのかたずっと人間の町暮らしの俺には一生縁のない場所だと思っていた。
そりゃあ、巨人のことは中学や高校の社会の授業で習ったことはあるはずだが、
それっきりで今ではもうほとんど覚えていない。
巨人ってどれくらい大きいんだったっけ?
ていうかいきなり取って喰われたりはしないよな流石に……。
うーん、巨人に対する知識が無さ過ぎて、色々と悪い方向に考えてしまう。
こんなことなら授業中寝ないでちゃんと聞いておけばよかった。
(そもそも毎日部活部活で、勉強に励むような学生ではなかったけど)
今の所、到着したこの駅は俺が普段使っている電車や駅と様子は大して変わらない。
慣れない土地に地図を片手にキョロキョロしつつ、
俺はどうにか駅の出口を見つけた。
早いこと用事を終わらせてさっさと帰ろう、と思った矢先、
何か大きなものが俺の視界に入った。
褐色の太い柱のようなそれを、最初は「足」だとは認識できなかった。
しかしよく見ていると、それが黒い地下足袋を履いた
巨大な足だということが分かった。
そのまま視線を上げて見えたのは、引き締まったふくらはぎと、大きく発達した太もも。
それに連なる大き目の尻と、無駄な脂肪のない上半身。
更に見上げていくと、精悍な顔立ちの、こちらを見下ろす瞳と目が合った。
腹掛けに半股引、日に焼けた肌と、見るからに車夫という出で立ち。
人力車や車夫なら首都の観光スポットでも見かけることはある。
しかし、そこで見るのとは比べ物にならない大きさだった。
巨人だ。
なるべく関わらないうちに帰ろうと思っていたのに、早速見つかってしまった……。
俺があまりの巨大さにあっけにとられて見上げていると、
その巨人はニコリと笑みを浮かべ、口を開いた。
『どーも、お客さん。よかったら巨人タクシー乗っていかれます?』
軽く声をかけるような口調だったが、その声はマイクでも使っているかのように大きかった。
「巨人タクシー……?」
『そ。お客さんみたいな、人間さんを手に乗せて運ぶのが俺の仕事。
お客さん、さっきから地図持ってキョロキョロしてたし、
どっか行くところがあるんじゃないスか?』
「あー、えっと、東第2ビルっていう所を探してるんですけど……」
『あぁ、そこなら分かりますよ。ここからなら俺の足なら15分ぐらいですけど、どうします?』
この街の地理に明るくない俺にとっては非常にありがたい提案だ。俺はそこそこ方向音痴だし……。
……いきなり見ず知らずの巨人の手に乗るというのは少し気が引けるが。
しかし……と躊躇しながら巨人の顔をチラリと見上げると、相変わらず人当たりのいい笑みを浮かべている。
………ここで迷っていてもしょうがない。
「えーっと……じゃあお願いしよう……かな?」
と言うとその巨人はにっこりと笑って、
『ウッス! じゃあお客さん、俺の手に乗ってください』
片膝をついてしゃがみ、俺の前にその巨大な掌を差し出した。
俺はおっかなびっくり、巨大な親指に手をかけながら、どうにか掌の上に登ることができた。
俺が乗り込んだことを確認すると
『それじゃあ立ち上がりますよー! しっかり捕まっててくださいねー』
巨人は腰を浮かし始め、ゆっくり静かに立ち上がっていく。
そのスムーズな動きは俺のことを気をかけてくれているようで、
幸い俺は持ち上げられることにあまり怖さを感じずに済んだ。
完全に立ち上がった巨人は、俺の乗った掌を胸の位置程の高さに置く。
ビルの8階程の高さだろうか。
地上から急にそんな高さに来たので、見晴らしがとても良い。
こんな光景、別に普段からもビルの中から見ているはずなのに、
足下が巨人の呼吸と共に上下するからか、
硬いコンクリートのビルの上に立っている時とは全く違った感覚だ。
『では出発しますよー!』
巨人は俺にそう声をかけると、その大きな足でズシンと一歩踏み出した。
巨人は歩道ではなく車道を歩いていく。
まぁこんなに大きな巨人では人間用の歩道なんか入れないだろうけど……。
足元を通るの車を器用に避けつつスイスイと進んでいく。
俺は下を流れていくそんな景色をキョロキョロと見渡す。
『お客さん、ここに来るのは初めてですか?』
ふと巨人がそんなことを尋ねてきた。
「そうですけど……どうして分かったんですか?」
『いやぁ、さっき駅から出てきたときも地図片手に迷ってる感じでしたし、
今も物珍しそうに色んな所見てますからねー。』
巨人はこともなさげにそう答えた。
ざっくばらんな口調だが、特に不快ではない。
『それに俺、だいたいいつもあの駅の前で客待ちしてるんですけど、
あの駅って人間さんの街との出入り口みたいなもんじゃないですか?
だから初めて来る人間さんもよく来るんで、
お客さんのこともそうじゃないかなーってなんとなく分かったんスよね~。
あとは俺を見たときの反応も含めてね。
……あ、じゃあもしかして、巨人見るのも初めてだったりします?』
「そ、そうです……」
『そうッスか! いや~、俺が初めて見る巨人だなんて、何だか照れちゃうな~』
巨人は俺を持っていないほうの手で頭の後ろをガシガシとかきながら笑った。
「ところで……車道通っちゃって大丈夫なんですか?」
俺は下を覗き込みながら、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
『この辺りは人間さん用の建物と道路が多いから、
人間さんの乗り物用の道と共用なんスよ。
もっと街の中心の方とかにはちゃんと俺達用の道もありますよー』
なんて解説しながら、足下のオレンジ色をした歩道橋をヒョイと跨いでいった。
普段俺だったら見上げるような大きさの歩道橋も、
巨人には一跨ぎできるサイズなんだな……。
その後も、巨人はこの街ならではのものや制度、習慣なんかを色々と話してくれた。
一通り話が終わると、
『お客さんはどうしてオオヒト区まで来たんです?』
巨人は次にそんなことを聞いてきた。
俺は、うちの会社からここへ会議に参加しに来るはずだった社員が急に来れなくなったこと、
代わりに俺が来ることになったことなどを軽く説明した。
『へぇ〜、そうだったんスか。それじゃあ今からお仕事なんですね。
頑張ってくださいね!俺応援してるッスよ』
人懐っこい笑みを向けられて、なぜだか俺の心臓はドクッと波打った。
顔が赤くなるのを感じていると
『あ、お客さん、もうすぐ目的地のビルっスよ』
と言いながら、巨人が前方にあるひとつのビルを指差したので、
そっちに顔を向けて何とかごまかすことができた。
『さてお客さん、この街でのお金の払い方は知ってるっスか?』
あ、確かに巨人では、俺が普段使ってる小銭やお札は扱えそうもない。
でも確か会社を出る前に渡されたものの中に……。
「えっと、会社出る時にこんなの渡されたんですけど……」
俺はカードを一枚取り出した。
『おっ! それそれ。持ってるんなら話が早いや』
そういうと巨人は腹掛のポケットから
小さな(と言っても巨人にとってで、俺から見れば自動販売機ぐらいの大きさがある)
四角い機械を取り出した。
そのひとつの面に、液晶画面と、改札やレジにあるようなカードをタッチするマークが描かれている。
『マークのところにカードをタッチしてくださーい。
そしたら支払い完了だから。ちなみに料金は1000GPでーす。
あ、GPっていうのは、この街で使える通貨のことね。
人間さんのお金は俺達には小さすぎるし、巨人の金は人間さん達には大きすぎるでしょ?
だからこの街ではこうやって巨人と人間でお金のやりとりしてるんスよ』
なるほど。
言われた通り、カードを触れさせる。
するとピコンと小気味良い音が流れた。
『はい、確かに1000GP頂きました!ご利用ありがとうございました!』
と言って、巨人はゆっくりしゃがみながら、
俺の乗っている手を地面に降ろしていく。
地面に降り立ち、立ち上がった巨人を改めて見上げると、
あんな高いところにいたんだなぁ……、としみじみと思ってしまった。
『ちなみにそのカード、駅とかコンビニとかで残高確認したり、チャージができるから』
「そうですか。色々と教えてくれてありがとうございました」
『いえいえ! オオヒト区に初めて来たお客さんに、色々と教えたり観光ガイドしたりするのも俺の仕事ですから!』
巨人は爽やかな笑顔を浮かべて言った。
『あ、あとさっきのカード、スマホで読み取ったら
使った履歴とかウチの電話番号ものってるからさ、よかったら帰りも俺のこと呼んでよ。
じゃあね、お客さん。お仕事頑張ってねー』
軽く手を振ると、巨人はズシン、ズシンと地響きを立てながら去っていった。
時計を見ると、会議の時間までまだだいぶ余裕がある。
流石はあれだけ大きい巨人の移動速度といったところだろうか。
これだけ時間があれば、会議の前にじっくり資料を再確認する時間もありそうだ。
自分の足で来ていたらこうはならなかっただろうな。
駅に着いたときはどうなることかと思ったが、
以外と何とかなるもんだな。
最初はビクビクしていたけど、実際のところはそんなに怖がるものでもなかったな。
むしろ、あんなに色々と親切に教えてもらえてよかった。
それにしても、『帰りも俺のこと呼んでよ』か……。
営業上手だなぁ、と思いながらも、なぜか嫌な気はしない。
うん、せっかくだから、できたら帰りも彼の手に乗せてもらおう。
良い報告ができるように会議もがんばらないとな。
俺は改めて気を引き締めて、ビルのエントランスの扉をくぐった。
巨人整骨院(2025.03.23 更新)
「ここか……」
俺は、スマホの地図アプリが指し示す、目的地の巨大な建物を見上げて呟いた。
巨人サイズの巨大な建造物。看板には「トウキ整骨院」と書かれている。
俺がここに来たのは、デスクワーカーの俺が最近極度の背中の凝りと痛みに悩まされていることを人間の同僚に話していたのがきっかけだった。
偶然その話を聞いていた巨人の上司が、腕のいい整骨院があるから行ってみたらどうだ、と紹介してくれたのだ。
『巨人の院長一人でやっている小ぢんまりとした整骨院だが、人間への施術も対応している、いい腕の整骨院だぞ』と巨人の上司は話していた。
俺は目の前に建つ建物を見上げたまま思う。
小ぢんまり、というのは巨人の尺度での話だったようだ。人間の俺から見れば扉ですら途轍もなく大きい。しかし、巨人用出入り口のすぐ脇にはちゃんと人間用の出入り口まで用意されていた。それも、エレベーターの入り口になっているようだ。
「よし、じゃあ入るか」
上ボタンを押してエレベーターに乗り込む。
エレベーターは、駅でもよくあるようなタイプで、今入ってきた扉の向かい側にも扉がついている。
上昇した後、向かい側の扉が開き、俺は建物の内部へと足を踏み入れた。
「こんにちは!初めての方ですか?」
エレベーターを出てすぐのところに人間サイズのカウンターがあり、若い人間が元気よく挨拶してきた。
「はい。知り合いに紹介されて初めて来ました」
「かしこまりました。ではこちらの問診票に記入いただけますか?」
と言って、クリップホルダーに挟まれたA4サイズの問診票を差し出した。
俺は手早く住所や年齢、痛む部分等を書き込んで人間スタッフに渡した。
「ありがとうございます。それでは順番にお呼びしますので、あちらの待合席でお待ちください」
人間スタッフは手で人間用座席がたくさん設置されている一角を指した。
基本が巨人サイズの建物だからか、人間用の待合スペースもかなり広く作られているような感じがする。
それに幸いなことに今は人間は誰も座っていない。
「わかりました」
俺は人間スタッフに会釈してから座席の方へと向かう。
俺は人間用待合の椅子に腰を下ろした。そして、何の気なしに巨人用待合座席の方をボーっと眺める。
壁の一面は、たくさんの写真や色紙で埋め尽くされていた。
写真には、大勢の巨人のラグビーの選手たちが笑顔で写っていた。あまりラグビーに詳しくない俺でも名前を聞いたことのある名門校のユニフォームを着た巨人達の集合写真で、色あせた古いものから最近貼られたであろうものまで、さまざまだった。
それに色紙には「院長のおかげで、大会で優勝できました!」「院長の治療がなかったらラグビー続けられてたかわかりません。本当にありがとう」といった寄せ書きがびっしりと書きこまれていた。
なるほど、まだ姿も見ていないが、ここの院長はかなり慕われているようだ。そういえば、ここを紹介してくれた俺の上司も学生時代はラガーマンだったと話していたな、と今になって合点がいった。
人間用待合席には俺一人しかいないが、巨人用待合席には俺が来るより前からひとりの巨人が座っていた。こちらも一目でラガーマンだと分かるような風貌で、大学生ぐらいのようだ。筋肉の上に脂肪が乗ってるような、がっちり感とむっちり感がある肉体。赤と黒のユニフォームに身を包み、足元にはでっかいスポーツバッグを置いて、スマホをいじっている。
『ヤスハル君、施術室入ってきていいぞー!』
突然、部屋の奥のほうからそんながなり声が轟いた。今のが院長の声だろうか。
『うっす!よろしくお願いします!』
ヤスハルと呼ばれた大学生巨人がパッと顔を上げて腰を浮かせる。その立ち上がった全長は普通の巨人よりも頭二つ分くらいは高いようだ。それにラグビー選手らしく厚みもある。うちの会社でも巨人社員は多いので巨人には見慣れているが、現役スポーツマンのガタイにはなかなかに迫力があった。
彼は、俺の前をズシン、ズシンと重い足音を立てながら通過し、施術室に入っていった。
『どう?腰の調子は』
『う~ん、そうっすね。大分良くはなってきてるんすけど、やっぱり練習中まだちょっと違和感があるような……』
施術室の中からそんな会話が聞こえてくる。
『そうか。よし、分かった。じゃあ今日はちょっと本格的に施術してみよう。ちょっとキツいかもしれないが、腹ぁくくるんだぞ?』
『う、うっす。お願いします』
『よし!じゃあまずはうつ伏せになろっか』
俺は興味本位でそっと施術室の中を覗いてみる。
ここからだと柱なんかであまり詳しくは見えないが、ヤスハルがベッドの上でうつ伏せの姿勢になっているのがわずかに見える。先程目の前を通った分厚いその身体が横たわっている様子は、まるで山のようだった。
そんなヤスハルの横に、白い半袖のケーシー姿の巨人が立っている。こちらに背を向けているので顔は見えないが、あれが院長なのだろう。
『それじゃあ、まずは軽く揉むからな』
『はい、お願いします』
院長がヤスハルの肩あたりに両手を添えた。それから力を込めて、肩回りを揉みこんでいく。大きな掌の付け根が、大柄な巨人の身体を揉み解していく様はなかなかに圧巻だ。
『よぉしそろそろ腰のほういくからな。痛くても我慢するんだぞ?』
『うっす』
今度は大きな親指がヤスハルの分厚い肉体の腰に添えられ、グイっと揉みこまれていく。
『イ、イデデデっ!』
ヤスハルはうめき声をあげた。
『ほら我慢しろって言っただろ!』
『で、でも、いででっ!』
『ほらほら、次の試合までに治したいんだろ?』
『う、うっす!』
『よーし!じゃあがんばれ!』
院長は情け容赦なく腰回りを再び揉みこみはじめる。
『……っうぐぅぅ……』
ヤスハルの身体が若干反り返り、歯を食いしばっている。相当痛いようだ。
俺は大の巨人が大声を上げて悶える姿に、気圧されつつも、ハラハラと部屋の中の様子を垣間見ていた。
『よーし、こんなもんかな』
院長がそう言うと、ヤスハルはぐったりと力無く手足を伸ばした。
「ほら、ちょっと立ち上がってみてくれ』
院長に促され、ヤスハルは施術ベッドからズシンと足を降ろし、立ち上がる。
『どうだ?腰は』
『おっ?あ、あれ?なんかすっげぇ腰が軽くなってる!』
ヤスハルが驚いたようにそう声を上げた。院長は得意そうに『ふふん』と笑う。
『まぁな、俺の施術は効くだろう?』
『はい!ありがとうございます!』
『まあ、これでしばらく経過を見よう。また腰が痛くなってきたらいつでも来ていいからな』
『うっす!ありがとうございました!』
ヤスハルは再び俺の前を横切っていく。心なしか足取りは入っていく時より軽くなっているようだ。
そして巨人用待合席に着くと、ズゥゥゥンと重苦しい音を立てて着席した。
『えーっとじゃあ次は……セイヤさんですね』
俺の名前を呼びながら、院長が待合室まで出てきて、その姿を露にした。
「……」
俺は初めて面と向かって見る院長の、その大きさに言葉を失った。
ヤスハルですら巨人の中でもかなりの長身だが、院長はそれを更に上回る。多分、42メートルぐらいはあるんじゃないだろうか?
ケーシージャケットに身を包んだその肉体は、あぁこの人も学生時代は絶対にラグビーをやっていたんだろうなということがはっきり分かる程だった。盛り上がった大胸筋、ジャケットの袖をパツパツにしている太く逞しい腕。まさに筋骨隆々という言葉に相応しい肉体だった。
『セイヤさんは、うちに来るのは初めての方ですね? 初めまして。院長のトウキと申します』
ニカッっと笑って院長が俺に向かって右手の人差し指を差し出しながらそう挨拶してきた。俺も立ち上がり、握手に応じる。
『えーっと、先程書いていただいたシートによると……、肩に痛みがあるとのことですが?』
院長が、人間サイズのクリップホルダーを親指と人差し指で摘まみ上げ、問診票の文字を目を細めて読む。
「はい。デスクワークが続いて、肩に負担が蓄積してしまったようで……」
『分かりました。では、施術室へ案内しますので、僕の手に乗ってください』
そう言って、院長は俺の前へとその巨大な掌を差し出す。その手は、俺がこれまで出会った巨人と比べてもダントツで分厚くてがっしりとしている。俺は少し緊張しつつも、その掌に乗る。俺が乗り込んだのを確認すると
『はーい、ではしっかり掴まっててくださいねー』
院長はズシン、ズシンと足音を立てながら進み始めた。どうやら、巨人の患者には自分で施術室へ入ってもらうが、人間は掌に乗せて運ぶシステムらしい。
施術室には、巨人サイズのでっかい施術ベッドがいくつも並んでいる。そのうちのひとつに、俺は静かに降ろされた。
院長は丸いキャスター付きの椅子にズズウウウンンと着座し、視線をベッドの上の俺に合わせるように顔の位置を下げた。
『施術の前に、身体に歪みが無いか見させてもらいますね。こっちを向いて気をつけの状態で立ってください』
いわれた通り、俺は気をつけの姿勢になる。院長が左目を閉じて、右目でじっと、俺を見つめる。こんなに近距離で巨人のでっかい瞳に凝視されると、なんだかどぎまぎしてしまう。
『う~ん、少し左肩が下がっているようですね。普段座るときなどに、左側に体重を掛けちゃう癖があったりしませんか?』
「あ……」
そう指摘されて、俺は普段デスクに座っているとき、ついつい電話がある左側に体重を掛けてしまっていたことに気付く。そのことを院長に伝えると、
『やはりそうですか。それで左右のバランスが崩れて、痛みが出ているのかもしれませんね』
院長はそう納得したようにうなずいてから、姿勢を元に戻した。
巨人の院長から見れば、人間の俺の左右の違いなんて誤差みたいに小さいだろうに……見ただけこれほど言い当てられるとは、と俺が感心していると
『じゃあまずは軽く揉みほぐしていきますので、もう一度掌に乗ってください』
と言って、大きな左手を差し出し、ベッドの上に置く。
「え……ベッドの上で横になったりするんじゃないんですか?」
俺はてっきりこのベッドで施術を受けるのかと思っていた。
院長はニッと笑って答えた。
『あぁ、人間さんは掌の上に横になってもらって、主に小指を使って揉み解すんですよ。その方が身体の向きを調整したり力加減がしやすいですしね。
巨人と同じようにベッドに乗せて、親指でグッとやっちゃうと人間さんだと潰れちゃいますから』
ガハハと笑いながら事も無げに言うが、ふと俺の脳裏には先程のヤスハルの様子が蘇ってきていた。
あ、あんなでっかい巨人ですら痛みにうめくような力で揉まれて、本当に大丈夫なんだろうか……。
激しく不安に駆られながらも、俺は恐る恐る巨大な掌によじ登る。
『では顔を指側に向けて、仰向けに寝転んでくださいねー』
院長の指示の通り、俺はうつ伏せになった。院長の分厚い掌の溝や掌紋が、複雑な模様を描いているのが目の先に広がる。
こんなに間近に、巨人の掌の表面をまじまじと見る機会も無いので、なんだか不思議な気分になった。
『じゃあ、まずは軽く肩の周りの筋肉を緩めていきますね』
院長はそう言って、巨大な右手の小指を俺の右肩に押し当てる。
押し当てられた瞬間、無意識に身体に力が入ってしまう。しかし、
ぐぃぃぃぃぃ~っ……
その感触は、ヤスハルのことを見ていた先入観からは全く予想外のことに、何とも絶妙で心地よかった。
指の圧力は強いのだが、痛みは耐えられないほどという訳ではない。イタ気持ち良いという感じだ。
人間の整復師に掌の付け根で押される時よりも遥かに広範囲にわたって、巨人の小指の先の力が俺の肩に圧し掛かる。
ぐいぃぃ~っ……
『どうですか?痛くありませんか?』
「はい……大丈夫です。なんかすごく気持ちいいです」
『それは良かったです』
院長は嬉しそうな声で言うと、今度は左肩を揉み始めた。それもまた絶妙な力加減で気持ちがいい。肩全体の筋肉がじわじわとほぐれていくのが分かる。院長はそのまま俺の肩全体を丹念に揉みほぐすと、今度は指先を俺の背中に移動し、同様に揉み始めた。
優しく撫でるような指先が、凝り固まった腰の筋肉をほぐしていく。
『セイヤさん、結構腰も固まっていますね……。デスクワークが続くとどうしても身体の各部が固まりますからね。時々立ち上がったり伸びをしたりして、気を付けてくださいね』
院長はそう言いながら、俺の背を揉みほぐしていく。
「はい……気を付けます」
俺がそう答えると、院長の指は今度は俺の右腕に押し当てられ、グリグリと解き揉みほぐされていった。
「あ、そこもすごく気持ちいいです」
『腕のこの辺りの筋肉も、デスクワークだと凝りやすいんですよ』
院長は楽しそうにそんなことを言いながら、今度は左腕も同様に揉みしだいていく。やはり心地いい……。思わずウトウトとしてしまいそうになるが、そんな俺に院長から声がかかる。
『ではそろそろ背中側が終わりましたので、仰向けになってください』
俺は体操マットのような、巨人の分厚い掌に手を突きながら、ゆっくりとうつ伏せになっていた状態から身体を起こす。そしてゴロンと仰向けになった。
『はい、では楽にしててくださいねー』
院長はそう言って先程と同様に、グッグッと小指の先で俺の腕の流れに沿うように指圧していく。手の位置を少し変えたり、少し力を強めたり、バリエーション豊かに筋肉を揉みほぐしていく。
「あぁ~……気持ちいい」
『ははは、良かったです。じゃあそろそろ仕上げに取り掛かりますよー。力抜いたままにしててくださいねー』
院長は嬉しそうにそう言うと、今度は俺の顔をそのぶっとい親指と人差し指で摘まむと、素早い動作で指をひねり、グッと俺の頭を右に向けさせた。
その瞬間、ボキっと首の骨が鳴る。
「!?」
俺が目を白黒させていると、院長は
『はーい楽にしててくださいね~』
と言いながら、今度は俺の頭をグリっと左にひねる。
されるがまま、ボキボキ!っと更に首の骨が鳴った。
『はーい、これで施術終わりです。お疲れ様でしたー』
院長はそう言って俺の顔から手を離した。それから
『ゆっくり立ち上がってみて、肩の調子を確認してください』
そう促され、俺は院長の掌の上でゆっくりと立ち上がる。
「ん……おお!?」
あれだけズッシリとしていたのが嘘のように、肩の周りが軽くなったというか、スッキリした感じがする。
両手を軽くグルグル回しても、驚くほど滑らかに動くのが分かる。
『どうです?楽になったでしょう?』
院長はニコニコと笑みを浮かべながら俺にそう尋ねる。
「はい……とても……」
院長の言葉に俺は驚きながらそう応える。院長はそんな俺を見て満足げに笑いながら言った。
そんな俺の様子を見て、院長は嬉しそうに笑った。
『良かったです! どうでした?巨人の整骨院は。セイヤさん、見たところ巨人には慣れてるようですけど、最初と最後のほうは身体に力が入っているように感じたんですが、ちょっと怖かったですか?』
ほんの少しの人間の身体の歪みも分かる院長には、指先で触れるだけでバレバレだったようだ。俺は言い訳がましく答える。
「え?……あ、はい……。うちの会社では巨人も働いてるんでそれは大丈夫なんですが、その……さっき、巨人の大学生ぐらいの子が、すごく痛がってたのを見てたのでちょっと……」
『あぁ、ヤスハルね。アイツ結構痛がりなんですよね。あと、僕の母校の後輩なんでちょっと遠慮なくやっちゃったってのもあるんですけど』
院長は頭を掻きながら言った。
『ヤスハルにもよく言われますよ。『院長は巨人にはドS過ぎる!巨人と人間で扱い方が全然違う!もっと巨人にも優しくしてくれよ!』って。いやぁ、まぁ巨人の場合、頑丈なのが分かってるからガンガンできちゃうんですけど、流石に人間さん相手に全力を使うわけにはいきませんからねぇ』
そう言ってガハハと豪快に笑う。その姿は巨人の力の強さ、凄まじさをまざまざと感じさせた。下手したら恐ろしく聞こえてもおかしくはないが、その口ぶりはカラッとしていて、不思議とすんなりと耳に入ってくるようだった。
もしかしたら、揉んで貰う前にこんな話を聞いていたら、大雑把な人物だと判断していたかもしれない。しかし実際に施術を受けてみて思うのは、こんな大きな身体の巨人でありながら、非常に丁寧で的確な技術を持っているということ。まあ、どうやらそれが当てはまるのは人間限定のようだけど……。
しかしその腕は信用に足るものだと、俺は思った。
『まあ、こんな僕のところでよかったら、また調子が悪くなったらいつでも来てくださいね』
ニっと歯を見せて笑う院長。
その姿に、俺は心強さのようなものと、なぜか妙に胸が高鳴るのを感じていた。
タツヒコさん短編01(2025.03.25 更新)
こんにちは!奥津です!
ソーダさんの世界観が好きで、自分もコラボした小説をいくつか発掘しましたので、掲載させていただきます!
まずは、僕の大好きな現場作業員のタツヒコさんです!!
タツヒコさん短編01
「おはよー」
「お疲れ様です。」
「今日も早出やで…」
「おーい、搬入もう来てるぞー」
朝。共存地区の外れにあるとある地区で、多くの職人が本日の作業の準備をしている。
人間の手先の細かさを活用した精密機械の建替え工事が行われているのだ。
工場はそれこそ人間用から巨人用まで。
巨人が使うものもある為、去年立て替えが終わった工場新館では20階建て以上の建物の中で人間作業員たちが機械の組み立てや検査を行う傍ら、
巨人作業員が機械の基礎部分を巨大なスパナや道具を使って組み立てたり、出来た機械を搬出していく。
タクマ「ありがとうございましたー!」
水色の制服を着た、童顔の巨人配達員がにこやかに挨拶した。
巨人専用入り口の警備員室のある10階の人間警備員がにこやかに手を振る。
彼はオオヒト運送のタクマくん。
この工場に人間では運べないほど大きな機材を搬入したばかりだった。
タクマが巨人用通路を歩いてると、目の前からタクマより巨大な人影が見える。
二期工事の現場に向かう長い道路を機材を積んだトラックが往来する中、その横の巨人用通路をトラックよりでかい安全ブーツを履いた足が、
ずしん、ずしん、ずしん!!
と、軽快なリズムで、しかし重厚感たっぷりに歩いてくる。
タクマ「あ、タツヒコさん!」
タクマが笑顔で会釈した。
タツヒコ「おぅ!タクマ!!久しいな、元気か?」
タツヒコと呼ばれた、トラックより巨大な安全ブーツを履いた巨人がにこやかな笑顔で答えた。
少しだけしわが寄り始めた目元を細め、褐色の顔を綻ばせる。
繋がったラウンド髭にワイルドな風貌。グレーの作業着が少し汚れている。
この現場で働いている、作業員のタツヒコだ。
右手には作業用のバッグに黄色のヘルメットが、左手には食いかけた握り飯と、バスが握られている。
タクマ「お久しぶりです!どうしたんですか、バスなんかもって。」
タツヒコ「あぁ、これか?今日の朝飯だよ。」
バスの中からきゃーきゃーと楽しそうな声が上がった。
中年の人間が顔を出し、「こらこらタツ!ふざけるんじゃねぇ!」と、声を描ける。
タツヒコ「はは、すんませんおやっさん。
ウチの新人でさ。今日遅刻しやがってみんな出発が遅れたから摘んできたんだよ。」
タクマ「あはは、そうなんですか〜」
タクマはすこし屈んで、バスの中を覗き込んだ。
数人の若い職人がタクマに手を振ったり話しかけている。
タツヒコ「おっと、そろそろ朝礼だ。じゃあなタクマ。
タクトに行っといてくれ。お前さんとソウタに迷惑かけるまで飲むんじゃねぇってな!」
タクマ「あー!こないだタクトと飲んでたのタツヒコさんだったんですね!?」
タツヒコ「あ。あ、いや、あはは、じゃ、じゃあな!」
タツヒコは焦った様に愛想笑いを浮かべると、そそくさと歩き出した。
おやっさんが「もっと静かにあるけ!」と檄を飛ばした。
「◯◯建設、作業員10名!搬入無し!」
「◯×建設、作業員5名、搬入、10時より搬入しまーす。タツヒコさんお願いします。」
朝礼。
作業員は統括のゼネコンの前で整列し、作業内容を述べていく。
タツヒコも列の最後尾に立つ。他の巨人作業員も何人か並び、足下の朝礼を見下ろしている。
彼等のブーツだけで、人間作業員の列より大きい。
ブーツの先っぽの部分に多くの人間が入れるほどだ。
とても目立つため、欠伸でもしよう物なら怒られてしまう。タツヒコは必死に欠伸をかみ殺した。
初老の所長が挨拶する。
最後に、
「じゃー今日の荷揚げはタツヒコさんですね。お願いします。」
タツヒコ「おっす!」
タツヒコが元気よく返事した。
朝礼が終わり、タツヒコは注意深く建物際に腰掛ける。
新築の建物への荷揚げを行う為だ。
整地した部分が沈まないよう、巨大な鉄板が敷かれているが、ここ一ヶ月タツヒコが座っていたためタツヒコの尻の形に凹んでしまっている。
タツヒコ「よっこらしょっと…」
監督「よー、タツさん、今日も頼むよ〜」
タツヒコ「へーい。」
タツヒコの足下にトラックで鉄筋やコンクリート、室外機や発電機、屋上緑化用のショベルカーまでちまちまとやってくる。
タツヒコが摘んでしまうと簡単に捻り潰してしまう為、タツヒコは地面に分厚い掌を差し出す。
ずしん…
その分厚さだけでも、人間がえっちらおっちらと登るほどだ。
数人がタツヒコの掌に乗ると、ユニック車やクレーンでタツヒコの掌に荷物を載せていく。
タツヒコ「ひひひwちょっとくすぐってぇなぁ」
作業員「動かないで下さいねー!こないだ若い巨人さんにあげてもらって大変だったんですから!」
タツヒコ「あぁ、おとついまで来てた奴だっけ?」
作業員「そうです!くすぐったかったみたいで、指先でうちのトラックの荷台が弾き潰されちゃったんですから!」
タツヒコ「おぉ、そりゃすまねぇ…」
作業員「いいですよ〜、すぐ直りましたからねー。でもタツヒコさんも気をつけてね!」
タツヒコ「はいはい。」
タツヒコは炎天下の中、ひょいひょいと人間では持ち上げれない荷物を持ち上げていく。
タツヒコから見たら玩具の用なショベルカー、コレはさすがに丈夫なので指で摘んでひょいと持ち上げるだけで大丈夫だ。
タツヒコ「はいよ。」
タツヒコは屋上の造園業者にショベルカーを下ろしてやる。
ここは巨人から見ても楽しめるよう、植物で絵を書く様なデザインになっているようだ。
人間サイズの低木で絵を描き、両極には巨人サイズの低木が、それこそ人間サイズの高木のように植えられるデザインのようだ。
タツヒコ「植物、今日入れるのか?」
造園工「ですね〜。後でマサキさんに持ってきてもらうんで、タツヒコさん大丈夫ですよ〜。」
タツヒコ「おう!了解だ。」
さて、搬入もそろそろ終わり。
タツヒコは指ほどの人間がちょこちょこと作業しているのを見るのが好きだ。
タツヒコでは指も突っ込めないほど小さく脆い建物の中で、ちっさな人間がちょろちょろと動いているのは可愛い。
みな、タツヒコが指一本で動かせる鉄筋を機械を使いながら一生懸命に持ち上げている。
ちなみに建物外角は巨人が乗っても大丈夫な頑丈な構造に対し、中身を人間が組み立てるのは、全て巨人の強度にあわせてしまうと人間では容易にリフォームや解体が出来なくなってしまうからだ。
その様子が、人間と巨人の友好の縮図な気がしてタツヒコは嬉しい。
タツヒコが少し微笑みながらその様子を見ていると、監督が声をかけた。
監督「ご機嫌だね、タツさん。」
タツ「そっか?そうかもな。」
タツヒコは微笑んだ。
10時の小休止。
作りかけの屋上緑化の周りにゾロゾロと人が集まり出した。
「タツさーん、お願いしまーす。」
タツ「お前ら、人をエレベーター代わりにしやがって、ったく…」
といいつつ、甲斐甲斐しく背中を丸めて掌に乗った作業員達を足下に下ろしていく。
作業員は珈琲を飲んだりタバコを吸ったり。
タツヒコも水筒を取り出して中のお茶を飲んだ。
タバコは口やかましい幼なじみのおかげで吸えていない。
良い様な、悪いような。
某巨人「お前は昔っから素行がやんちゃなんだから、身体に悪い事はもう止めろ!」
タツ「ってな具合で禁煙中でぇ…」
タツヒコは苦い顔で、あぐらで座って顎に手をあてる。
それでもベランダの休憩所と同じほどの高さだ。
屋上で煙草を吸う仲間に話しかけるタツヒコ。
職人達ががははと笑った。
「災難だなぁタツ。嫁がいる訳でもねぇのにw」
「いや、そいつが嫁なんじゃねーか?」
タツ「…そいつは勘弁してくれ…」
タツヒコの苦い顔に、皆がまた笑いあった。
休憩中。
タツヒコが感得いんがトラックで運んできた特大の珈琲缶を片手に、旧棟の解体作業の打ち合わせをしている。
数人の監督が屋上でボードを使ってタツヒコに作業ルートを説明していた。
タツヒコは立って目線と同じサイズの彼等の話を聞いている。
そのとき、
屋上のトビ職の若い2人がふざけあっていた。
タツヒコの膝ほどだが、危ないなぁと思っている矢先、一人が
「うわあああ」
足を滑らせた。
タツヒコは足を伸ばした。
ずしん!!!
タツヒコの踏み込んだ足が搬入用道路に踏み込まれ、アスファルトが破裂する様にめくれ上がる。
走っている車からは、旧に巨大なブーツが踏み潰す様に迫ってくる恐怖。
数台の車が急停止してタツヒコの巨大なブーツの前で行列を作った。
「うわああ?!…あれ?」
落ちた若い鳶職がおそるおそる目を上げると、巨大なタツヒコの掌の中だ。
現場の全員がその様子を見張っていた。
タツヒコが腕を伸ばし、何とか落ちずに住んだ。
のだが…
そのまま掌の上に乗せられた鳶職。もう一人も巨大な指に問答無用に摘まみ上げられた。
「うひゃああああ」
「な、なになになに!?」
彼等が目を開けると、巨大な掌の上で、遥か上空。
目の前には巨大なタツヒコの顔が、怒りの表情でこちらを睨みつけている。
タツヒコ「……この…大バカ野郎ども!!!!!!
仕事中にふざけてんじゃねぇ!!!!!」
タツヒコの怒声は、窓を割らんレベルで響いた。
あまりの声にゼネコンの所長から工場長まで皆転がる様に飛び出してきた。
タツヒコ「いいかお前ら!!!
今回は俺がいたから助かったけど、
ヘタしたら怪我じゃすまねぇんだぞ!!!
お前さんらの両親や仕事仲間の事も考えろ!!!!」
温厚なタツヒコからは考えられない様な怒声が響く。
ぐしゃああああ!!
怒りのあまり、片手の珈琲缶が握りつぶされ、破裂する様に珈琲の雨が周囲に降り注いだ。
その迫力とタツヒコの怒りに満ちた表情と声に、掌の2人は手を取り合って泣き出してしまった。
周りもあまりの迫力に口を挟めないでいると、所長がすたすたと歩いてきて拡声器を構える。
所長「おーい、タツヒコ君、もうその辺で!!」
タツ「…あ…」
所長「もうその子たち、落ちるより恐い事体験しちゃってるから。」
所長があははと笑った。
掌を見れば、泣きわめく若い職人と握りつぶした珈琲…
「すまなかったタツヒコ!!本当にすまない!!」
鳶職の親方が若い2人と頭を下げた。2人はまぁ見るのも可哀想なくらいに青ざめている。
タツヒコ「す、すまねぇ、俺も頭に血が上っちまって…
お前さん達、言い過ぎたよ。すまねぇ…」
若い監督「…俺、タツヒコさんに指示出すの恐くなってきました…」
所長「なに、タツヒコ君、昔に比べりゃ丸くなったよあはは。」
若い監督「…」
昼。
タツヒコの、人間だったら数十人は楽に収容出来そうな鞄の中から巨大な弁当箱を取り出した。
さっきの某幼なじみの特製…ではないが、奴に作ってもらったオカズも数種類は言っている特製弁当だ。
すこし熱くなってきたので、新築工事予定の場所に巨大な作業着を置き、ぴっちりとした黒いインナー姿でがつがつと飯を食べていく。
職人「タツさん、すげー身体…」
タツヒコの筋肉質な腕と胸に、職人があきれた様な声をあげる。
タツヒコ「そか?でもまぁ身体が資本だしなぁ。」
親方「その割には腹回りが出てるな。ビール控えたらどうだ?がはは…」
タツヒコ「うげ、おやっさん、そりゃ無いっすよ…」
新棟工事予定地はタツヒコが楽に横になれるほど広い。
ブーツで建物を蹴り壊す心配も無いほどだ。
タツヒコが横になってしばらく寝るか…と思っていると…
職人「タツさん、タツさん!お腹に乗せてくれよ!」
タツ「お前ら、今度は俺を布団扱いしやがってw」
タツヒコは一人一人摘まみ上げると、腹に乗せてやる。
ぴっちりとしたインナーの上に数人がごろんと横になった。
見上げれば、タツヒコの盛り上がった胸と、その先に髭の生えた男らしいタツヒコの顔。
向こうには監督にプレハブより太く巨大なタツヒコの足が見えた。
「ぷにぷにしてあったかい…むにゃ…」
「ぐーぐー」
タツヒコ「…」
密かにダイエットを誓うタツヒコであった。
因みにいっておくと、今年に入って30回目のダイエットの誓いである。
タツヒコ「…じゃあイくぞ…」
退避完了の知らせを受け、3階建て、タツヒコの膝ほどの工場の前で構えるタツヒコ。
午後からはこの旧棟の解体だ。タツヒコが踏み潰し、分別して捨てる。
人間がやればたっぷり二週間は見なければならない工程が、タツヒコのパワーを持ってすれば2日で終わる。
タツヒコの心は心持ち昂揚していた。
建物を踏み潰す事…それに密かな快感を感じているからだ。
タツヒコのブーツが持ち上がると、旧棟にタツヒコの太い太ももとブーツの影がかかった。
ぴたっと、そのブーツが建物の上空で止まる。
タツヒコ「…おりゃ!」
タツヒコの一言と共に、ブーツが踏み下ろされた。
ぐしゃぐしゃぐしゃぐちゃ!!!!
タツヒコのブーツは屋根と各階のフロア、配管を一機に圧し潰し、一階まで踏み抜いた。
フロアはブーツ周辺で大きく陥没し、パイプをゆがめ、梁を壊す。
中ではものすごい風圧が置き、内側から全てのガラスが割れとんだ。
タツヒコ「もういっちょ!」
タツヒコは勢いよくブーツを抜いた。
人間では運び出すのに何日もかかるほどのコンクリートの固まりをあっという間に持ち上げると、
さらに巨大なブーツを建物に喰らわしていく。
ぐしゃ!
二回目のブーツで屋根は大きく陥没し、中が自壊を始めた。
タツヒコは内心もったいない様に、何度も建物を踏みつけていく。
ぐしゃあ!!
ずがん!!
時にはブーツで床を踏み抜いたまま左右に踏みにじってみたり、中身ごと蹴り飛ばす様な感覚で建物を破壊していく。
内心、下をぺろっとだしほのかな笑みを浮かべるタツヒコ。
足の裏の微細な刺激が心地よい。
そんな事で、三階建てのビルはあっという間に倒壊した。
タツヒコはまだ残っているコンクリートや梁の上にブーツを乗せて、ぐしゃぐしゃと踏み潰していく。
分別がしやすい様にだ。
鼻歌を歌いながら、時に首のタオルで汗を拭きつつ軽快に破壊していく。
終わったら特製の熊手を使い、鉄骨とコンクリートに分け、コンクリートの山はさらに踏み砕いて砕石として使える様にした。
その様子を見ていた若い監督君。
「いやー、怪獣映画とかみるより迫力でしたわ。」
さて、そんなこんなで現場終了。
タツヒコは鞄に荷物をまとめ、部屋に戻った。
あの後タクトはソウタとタクマにそうとう絞られたようで、今日は飲めないようだ。
リクは訓練、タスクも仕事でいないとなるともう部屋で一人で飲むか、と冷蔵庫を開けた。
今日は人間の数人が一緒だ。
巨大な揚げ物と、人間が泳げるほど巨大なビール瓶。
タツヒコはひとっぷろ浴び、ご機嫌でビールのプッシュを開ける。
風呂上がりのタツヒコの身体。火照った身体は筋肉質で、多少脂肪は乗っているが若々しくリクやタスクやキョウイチにも負けない。
タンクトップにジャージと、見るからにおっさんの格好では有るが、タツヒコほどの肉体で有れば見応えも有るというもの。
人間の上に翳すと、人間たちも缶を高く持ち上げた。
タツヒコ「じゃーかんぱい!」
職人「かんぱーい!」
タツヒコが、ごくっごくっと喉を鳴らしてあっという間に一便分を飲み干した。
タツヒコ「っか〜!うめぇ!!!」
つまみに手を出し、机の上でちょこちょこ動く最年少の人間を見ながら、親方や若いのと笑いあった。
あっという間に二本目を飲み干し、三本目に手を出すタツヒコ。
親方「おいおい、ダイエットはどうしたんだよw」
タツヒコ「おやっさん、かてぇこというなよ!!明日からだ、あした!!」
上機嫌のタツヒコは机に突っ伏して寝てしまった。
親方がリクに電話をかけると、リクがすぐにやってきた。
リクはすまなさそうに平謝りすると、900tはあるタツヒコをひょいと持ち上げて人間が野球が出来るほど巨大な万年床の布団に放り込んだ。
リク「全く、幸せそうな顔しやがって…」
リクはそういって苦笑いした。
タツヒコが寝てる中、リクがメンバーを掌に乗せて部屋を出ようとしたそのとき、
がっしゃーん!!
タツヒコの寝相の悪さがちゃぶ台にクリーンヒットした。
派手に机がヒックリ返り、缶やら皿が当たりに飛び散った。
「俺たち後一分あそこにいたらマジで踏み潰されてたかも…」
「ったく、のんきな顔でいびき書きやがって…」
リク「…いやー本当にすみません…」
こうしてタツヒコの一日は過ぎていくのだった。
おしまい★
タツヒコさん短編02(2025.03.25 更新)
「………で?次はどこを押せばいいんでぇ…?」
ずずず…っ
と、軋んだ音を立てながら、タツヒコはトラックよりでかく分厚い掌を持ち上げて、眉間に皺の寄った顔に当てる。
ヨシキチは苦笑いしながら、大木の様に太いタツヒコの指の間を抜け、巨大な巨人用のキーボートによじ登ると、
「ここっす!ここ!」
とぴょこぴょこと手を挙げた。
ここはタツヒコとヨシキチの務める工務店の倉庫だ。
タツヒコが身を屈めればどうにか入れる背の高い倉庫に、タツヒコ専用の机があり、その足下にはトラックやユニック車が数台泊めてある。
奥にはショベルカーや営業用の車があり、壁際にはトラックやショベルカーを数台まとめて掬えてしまいそうなタツヒコ専用のスコップやツルハシ、人間を100人は運べてしまうような、ダムサイズの一輪車が置いてある。
側から見たら、まるで作業道具の前にオモチャのトラックやショベルカーが置いてあるかのようだ。
実際、タツヒコのヘルメットが床に転がっているがその大きさが車より大きいのだ。
今日の作業で使用していたタオルや軍手が天井に干してあり、デスクの前に、巨体を屈める様にタツヒコが座っている。
タツヒコにとっては子供の作った秘密基地のようなこの倉庫にタツヒコのデスクが置いてあるのだ。
机の上のは乱雑に次の工事の予定書や予算書が散乱し、灰皿には山のような電柱サイズのタバコが文字通り山積みになっている。
シアターサイズのPCをタツヒコが睨みつけている。
彫りが深くワイルドなラウンド髭に、ガッチリとした体格、巨人の中でも上背のある大柄なタツヒコ。
そのタツヒコがなぜモニターを睨みつけているかといえば、先日おやっさんこと社長にとある現場の予算作成を命じられたからだ。
ならば、といつも使っているペンと電卓を掴んだ瞬間。
「タツ!おめぇもいい加減にパソコンで予定書作らんか!だいたいお前の予定書をPCに入力するだけでも俺たちには重労働なんだから、今回からは全部パソコンでやれ!」
タツヒコ「…ぐぎぎ…クソォ、あぁ、つぎゃどうすりゃいいんだよ…!
えーっと、『撤去(巨人工による)』
…t…e…k………yどこだ…o…..
カッコ…カッコて…ど…どこだよ…」
タツヒコは半分涙声になりながら、くわえタバコを噛みしめる。
ヨシキチ「ま、まぁまぁタツさん、落ち着いて…」
ヨシキチは苦笑いを浮かべる。
ヨシキチは今年からここで働き出した若い人間だ。
優しいしユーモアもあるタツヒコにすっかり懐き、タツヒコも気を許したのかとても仲が良い。
少しおヤンチャしていた事もあるヨシキチだったが、今ではとても頼りになるタツヒコを、密かに心の中で兄貴と読んで慕っている。
しかし、キーボードで文字さえ撃てないとは。
歳の割にフレンドリーで気の若いタツヒコにもこんな弱点があったのか。
と、思う一方で、前に先輩から聞いた話を思い出した。
タツヒコさん達のような、景気の良い頃に職人になった巨人さん達は若い頃なんかは殆ど重機扱いで力仕事や解体をメインにさせられていたそうだ。
もちろん巨人達の最大の強みといえば、その機械をも上回る強靭なパワーと人間等とは比べ物にならない労力源だ。
しかし、おやっさんはそれだけではタツヒコに申し訳がたたねぇ。
ただでさえ、俺たちとやるのにストレスも感じるかもしれねぇ。と、そんな扱いはしたくなくてあえてタツヒコ達に人間とおなじ業務をさせているのだと。
ただ、今この工務店には巨人はタツヒコだけだし、その当本人が機械が大の苦手で今時スマホも持っていないという有様なので、おやっさんこと社長のただの取り越し苦労かもしれないが。
ヨシキチがローマ字の表と次に撃つ単語を照らし合わせて苦い顔しているタツヒコを見上げてふふ、と笑ってしまう。
タツヒコの両腕の間にちょこんと座っていると、手持ち無沙汰な左腕(ブラインドタッチはもちろん、両手でキーボードの入力も出来ない)がヨシキチの背後にずしんと置かれた。
あれ、と上を向けばタツヒコの巨大な指がヨシキチの頭をわっしわっしと撫で始める。
ちょうど中指と薬指と小指を背もたれに、親指でヨシキチを優しく包んで、ささくれ立った日に焼けた指でヨシキチの頭を撫で付けている。
ヨシキチ「も、もぅ!タツさん!!俺ガキじゃねぇっすよ!!」
ヨシキチが年相応に頬を膨らませて抗議すると、タツヒコは指を離した。
タツヒコ「お?おぉすまねぇな。なんか見てたら可愛くてよ。つい、な。」
ヨシキチ「タツさんの指に囲まれてると確かに安心しますけどね…温かいし。」
そんなこんなでタツヒコの左手に寄りかかりながらキーボードの入力を教えているヨシキチだったが、いつの間にかタツヒコの大きな掌の上でくぅくぅと寝息を起て始めてしまった。
タツヒコ「…お?ったく、しょうがねぇな…」
タツヒコはふっと笑うと、ヨシキチを軽く握ってやった。
ヨシキチは気持ち良さそうに指に摩り付いてくる。
タツヒコはどうにか入力を終わらせるとPCを落とし…それにもえらく時間がかかったが、頭をぶつけない様に腰を引いて立ち上がった。
倉庫のシャッターをしめ、倉庫の横の事務所を見下ろした。
もう明かりは付いてない。
タツヒコは自分のブーツほどの大きさの建物が暗いことを確認すると、そのままヨシキチを握って歩いて行った。
ヨシキチのお母さんが目を白黒させながらお礼を言っているのと、寝ぼけてまだ指にしがみついてくるヨシキチを家まで送り届ける。
自分の足ほどの大きさの家が建ち並ぶ、タツヒコから見れば背の低い草原の様な街を見下ろして、なるべく地響きを起てない様にそーっと歩いた。
自分の家に着いた時にはもう何もする気にはなれず、とりあえず風呂を浴び、冷蔵庫からビール缶を数本出した。
適当に数本を飲み干した頃、うとうとっとしてきてタツヒコは布団に潜り込んだ。
明日は休日。
久々にゆっくり寝るか、とタツヒコは目を閉じた。
ばちっと電気を消すと年相応の豪快ないびきを搔き出した。
おやっさん「よろこべタツ!!この街全部の再開発がとれたぞ!!」
タツヒコの目の前に広がる無人の街。
それはタツヒコの目線のはるか先まで長く続き、タツヒコの後ろにはおやっさんやヨシキチ、レイ、巨人のタスク、タクマやタクト、ソウタ、キョウイチまでが並んでいる。
タツヒコ「ほ、本当っすかおやっさん!…よぉっし、まずは一踏み…」
タツヒコは抑え難いと言った雰囲気で巨大なブーツを、まずは足の前にあった高架道路に翳した。
高架道路に巨大な影が映ったかと思うと、無人のアスファルトの橋に黒いブーツが踏み出された!
ずがぁぁぁぁん!
タツヒコの巨大なブーツは爆音を立ててアスファルトを粉々に砕いた。
タツヒコの足元が途端に陥没し、周辺の橋はシーソーのように持ち上げられる。そしてそのままバランスを崩してタツヒコの足元に降り注いだ。
足はそのままに、タツヒコの逆のブーツは掬い上げるように崩れていない高架に襲いかかる。
タツヒコは楽しそうに息を込め、高架道路を蹴り上げる。
ずどどどどどおおおおお!!!
爆音が響くと、タツヒコのラウンドの髭までコンクリートの塊と割り箸のような大きさの街灯が蹴り飛ばされて宙に舞う。
高架道路沿いに植えられた植栽もなす術なく吹き飛び、タツヒコに蹴り上げられたコンクリート塊が街に降り注いでいく。
タツヒコの蹴り上げた延長線上に吹き飛ばされた高架道路の成れの果ての餌食になって倒壊したビルが並んでいる。
タツヒコは調子をあげ、また一歩、踏み込んだ。
今度は四股を踏むように、なるべく地面と水平に足を街に叩きつけて行く。
瞬時に足の下にあったコンビニとビルが踏みつぶされ、駐車されていたミニカーサイズの車がひっくり返り、途端にタツヒコが踏み割ったアスファルトの地割れに落ちて行く。
そしてそのままブーツを横に薙ぎ払うと、となりのビルをの壁面を破壊し、巨大な砂煙を上げてブーツの上に倒れてくるがタツヒコには少しも重さを感じない。
すでにタツヒコの体重によって引き起こされる地震によって周辺のビルも傾き、崩れ、どうにかその原形をとどめながら地上に倒れ込んでいる。
タツヒコは何とか原形をとどめていたビルの真上に、巨大なブーツを翳す。
体重を載せブーツを踏み下ろすと、爆音を起てて倒れたビルの一軍は一瞬でブーツの底に消えていく。
タツヒコは楽しそうにビルや家々を薙ぎ払って行く。
普段の彼と同じく、温厚そうな面持ちのままでまるで草原を払いながら歩いているようだ。
タツヒコ(…あれ、なんかおかしくないか?)
そう思った瞬間だった。
目の前に、何か巨大な黒い物が現れた。
なんと言うかゴムの様な皮の様な、曲線を描く黒光りするそれは、タツヒコより遥かに巨大で、
よく見れば足の下の多くの建物を踏み潰してたっているようだ。
タツヒコはその見覚えのあるそれに、若干冷や汗をかく。
しばらくは迷っていたが、おそるおそる顔を上げる。
うっすらコレが夢の中だと気づきつつ、顔を上げたそこには
リク「何をしているんだ、タツ!!!!」
雲を纏い、相変わらずおっかない顔をしたリクの、超超巨大化した姿があった。
目の前の物は、リクの巨大なブーツ。
底から伸びる日本の迷彩柄のパンツに包まれた巨大な柱は、後ろの街をすっぽりと陰に隠してしまう大きさだった。
その巨大な足のさらに上で腰回りあたりには入道雲がかかっている。
年齢の割に引き締まった身体を持つタツヒコでさえ、多少腹が緩んでいるというのに、いまでも、いやすでに学生時代を凌駕した肉体を持つ上半身。
入道雲すら追い越した顔の辺りには、かすんでいても怒りの表情がありあり見て取れる。
そう、タツヒコの高校時代の悪友にして同会生、自衛隊に所属するリクだ。
そのリクがまるで自分が人間になったかの様に、ギガサイズリクが怒りの表情でこっちを見ている。
タツヒコ(…なんちゅうこってぇ…)
ヨシキチ「…タツさん、寝てっかな…?」
ヨシキチはタツヒコのアパートの人間様のドアの前にたった。
人間様のブザーをならしても一向に反応がない。
せっかく、朝から酒飲むくらいならどっかに遊びに連れてって下さい!と誘いにきたのに…
と、
そのとき。
「この大馬鹿ものぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
ヨシキチ「!!!!????」
キョウイチ「…」
キョウイチは朝食前のランニングを終え、台所で朝食の支度をしようとしていた。
ランニング前にはパンツの中に入るだの乳首に絆創膏で貼付けろだのキョウイチが思いつきもしない事を言って困らせた愛しい恋人、レイ。
あんまりに騒ぐので、とりあえず摘まみ上げてレイがベッド代わりにしてるキョウイチの古い靴の中に放り込み、干してあったキョウイチのハンカチを
入り口に押し込んでさっさと家を出た。
口喧嘩や泣き脅しに出られたらキョウイチはレイに叶わない。
しかし、本当にパンツやら乳首やらにレイを貼付けていては危ないし汚いし、何より目立つ。
巨人は雰囲気でどこに人間がいるか分かる。
パンツの中に入れてるなんてバレたらヘタすりゃ逮捕。軽くてもケイゴは一生口をきいてくれなくなるだろう。
で、帰ってきてみればハンカチは押しのけられ、スリッパの中で今か今かと身を顰めているレイ。
キョウイチは若干の頭痛を覚えつつ、レイのリクエストに乗ってやる事にした。
キョウイチ「…あれ、虫がいねぇな。どこ行っちまったかな?」
キョウイチはそう、レイに教えられた通りいいながら、スリッパを極力優しく踏みつけた。
足の下でキョウイチの体重をずしりと感じたレイがぴくんと可愛く動く。
キョウイチは少しの間レイを踏みつけながらトーストとプロテイン入りのミルクを用意した。
たまに体勢を変えてやったり、土踏まずで踏んでやったり。
嫌な予感がしたので、先に足だけ洗っておいてよかった。
このあとにレイに、
「何で足を洗っちゃうのさー!ご主人様の足を掃除するのは奴隷の役目でしょー?」
と、キョウイチの理解の範疇を超えた変態的な抗議を喰らってもだ。
可愛い恋人に汚い足等さらせようか。ここら辺がラブラブな2人の間に未だに超えがたい壁である。
キョウイチ(人間って皆こんなもんなのか…?)
即座に頭の中でテルアキとその恋人のナオから「「そんなわけないでしょ!!」」とのツッコミが聞こえてくる。
朝食の支度を終えて、キョウイチは器用に足の指でレイを摘まみ上げた。
レイ「わ、わ、わ」
レイが素直に驚いてもがいている。
こういう所が可愛い。
キョウイチは掌でレイを受け取り、皿の上にちょこんと置いてやった。
最初こそびっくりしていたレイだったが、きっとキョウイチの顔をにらみ、
レイ「何で足を洗っちゃうのさー!ご主人様の足を掃除するのは奴隷の役目でしょー?」
とまぁ、予想通りの事をいってのける。
「よぉちび。ちゃんとご主人様の帰りを待ってたんだな。えらいえらい。」
…と、指先でレイの頭を撫でながら切り返せたらレイはころっと落ち着くだろう。
しかし、純朴なキョウイチにそんな事が言える筈も無く。
キョウイチ「ば、馬鹿。今ランニングしてきたんだぞ、き、汚いだろ?」
と返す。
キョウイチは皿の上にレイを載せたまま、机の上に皿を並べた。
レイ「…キョウイチのその運動着、かっこいーなーぁ」
レイがほれぼれする様に行った。
スポーツブランドのぴっちりしたTシャツに、おなじブランドのパーカーと膝までのハーフパンツ。
レイとショッピングに行った時に買った物だ。
キョウイチ「本当か?ありがとな。」
キョウイチ強面の顔に笑みを浮かべた。
皿の上を良く見れば、器用にレイの朝食も作ってある。
キョウイチからしたら指先サイズの人間様の冷凍物のトレーを解凍してくれたのだ。
レイ「あ、僕の御飯もある!ねーねー、このやり方ってまるでペットの餌みたいだよねぇ。」
キョウイチ「し、しかたないだろ、こうじゃなきゃ俺じゃお前の飯を作れねぇよ…」
レイ「えー僕はキョウイチの食べ残しでいーのにー」
キョウイチ「ほら、アホ行ってねぇでさっさと喰うぞ。」
レイ「はーい。」
キョウイチ、レイ「いっただっきm」
てるるるるるるる!てるるるるるるる!
そこで、レイの携帯電話がなった。
着信先は「ヨシキチくん」
レイの務める居酒屋の常連の若い人間で、人懐っこい人柄からレイを年の近い兄のように慕ってくれる職人の男の子。
ついで言うと、レイより背が高いし職人なんで身体もそれなりに筋肉質でレイも密かに美味しい思いをしているわけだが。
レイはなんだろうと思い、電話をとった
レイ「あ、おはよーよしk」
ヨシキチ「レイさーーーーーん!!!!大変っす、大変!!!キョウイチさんと一緒に着てほし一っすーーーーーーー!!!!!」
キョウイチ、レイ「…はい?」
キョウイチ、レイ「「…はぁ…」」
キョウイチは頭が痛そうに目頭を押さえ、レイが呆れかえってオロオロしてるヨシキチを尻目にキョウイチの掌の上にふて寝した。
リク「ごらぁぁ!!!健康の為にビールは控えると約束しただろうがぁぁぁ!!
あとなんだこのほつれたボタンは!すぐに俺のところにもってこいといっているだろうがぁぁぁ!!」
タツヒコ「いてぇいてぇいてぇいてぇ!!!!!!!この筋肉馬鹿!!自衛隊員が善良な市民を痛ぶるなこのタコ!!」
リク「なんだとこらぁぁぁ!!」
呆れ返るキョウイチ達を尻目に、いい歳のおっさん2人が部屋の中で思いっきり喧嘩していた。
リクが技をかけたかと思えば、タツヒコが素早く振りほどいてリクに技を仕掛け返す。
リクが背中をとってタツヒコの脚を逆エビにしたかと思えば、真っ赤になって耐えたタツヒコがリクの脇腹に膝を叩き込みリクを逸らす。
巨人の中でも特にでかい2人のとっくみあいはヨシキチが慌てるほどには迫力があった。
もうもうとほこりを立てながら建物を揺らし、巨人の中でも特にでかいおっさん2人はキョウイチに全く気づかずに取っ組みあいを続ける。
キョウイチは正直かかわり合いになりたくはないが、来てしまった物はしょうがない。
キョウイチ「…そろそろ気づいて頂いてもいいですか、リクさん。キョウイチさん。」
キョウイチ・リク「「………はい?」」
ヨシキチ「もー、タツさん心配したんですからねー!!!」
タツヒコ「わかったわかった…すまねぇなヨシキチ」
タツヒコは掌の上にヨシキチを載せて、指でわめくヨシキチをなでなでと撫でてやる。
ヨシキチはタツヒコの巨大な指を両手でぽかぽかと殴っていた。
レイ「ふわー、タツヒコさんすっごい身体ですねぇ…」
レイはちゃぶ台の上でタツヒコの上半身をまじまじと見上げた。
寝起きをいきなりリクに締め上げられたタツヒコは寝起きのまんまの格好だったのでパンツ一丁のまんまだった。
少しふっくらとはしているものの、タツヒコの腕は太く、筋を主張していた。
作業で焼けた真っ黒なタツヒコの肌。
背中は広く、ちゃぶ台でも一般住宅ほどの大きさがあるというのにタツヒコの上半身はビルの様にそびえ立っていた。
くわえて、口回りにもワイルドな無精髭が伸び、男らしさとワイルドさが1、5倍強化されている。
前から覗けば、多少腹は緩んでいるものの、胸筋はがっしりと広い肩幅に繋がっていて、太い首と相まって大変セクシーだ。
キョウイチ「まったく、心配しましたよ。なにかあったのかと…」
リク「す、すまない…まさか人間のお客さんが見えるなんて想像もしていなくて…」
後ろではキョウイチとリクが散らかった部屋を掃除している。
給水タンクほどもあるビールの缶やタツヒコが脱ぎ散らかした洗濯物を片付け、乱れた布団を戻した。
キョウイチ「で、取っ組み合いの原因は?」
リク「い、いや。呼んでも出てこないから合鍵で入ったら部屋は散らかり放題だし、結局ビール飲んでやがるし…」
キョウイチ(…合鍵もってんだ…)
リク「今日は天気もいいから、その、あいつと買い物にでもと思ったんだが…あまりにだらしが無くて、つい。」
レイ(…熟年夫婦だね、これ…)
キョウイチとレイは軽く掃除すると、そのまま部屋をあとにした。
レイ「全く、あの2人は本当に仲がいいんだから…」
キョウイチ「まぁ…なんというか…リクさんもタツヒコさんもすげぇしっかりしてるのにな。」
レイ「2人きりになると、まんま子供だね…ねぇキョウイチ。」
キョウイチ「なんだ?」
レイ「このままお散歩して行こ?肩に乗っけてよ。」
キョウイチ「あ、あぁ、いいぞ。…ちょっと恥ずかしい、けどな。」
レイ「ほら、また眉間にしわ寄せてるよ。あはは」
キョウイチ「お、おぉ、すまん…はは、くすぐってぇ。」
ヨシキチ「じゃあ僕も買い物イくっす!!」
というわけで、リクはキョウイチ達に今日のお詫びとばかりに夕食に誘った。
夕方まではタツヒコとヨシキチと三人で買い物に出かける事にした。
リク「お前、もう少し格好どうにか出来ないか?」
リクが指摘したのはタツヒコの格好だ。
殆ど作業着の様な格好で出て行こうとしたのでリクが呼び止める。
リクはモッズコートにワインレッドのズボンと年相応の落ち着いた格好だが、タツヒコは茶色のチノパンに黒のタンクトップと代わり映えがない。
タツヒコ「うーん、普段外でねぇしなぁ」
とタツヒコさんが渋々ジーンズを押し入れから引っ張り出し、太い足を通した。
ちゃぶ台から見上げると、一回一回どすんどすんと足音を起こすタツヒコの着替えは工事現場のようだ。
タンクトップの上からシャツを着ると、休日のお父さん風の姿となった。
タツヒコはちゃぶ台からタバコの箱とヨシキチをつまんだ。
タツヒコ「お前さんはこん中にいろよ?」
と優しくヨシキチを胸ポケットにいれ、頭を指で撫でてやった。
リク「ヨシキチ君、苦しかったら言えよ。」
リクが屈んでタツヒコの胸ポケットに収まったヨシキチを指で撫でてやった。
ヨシキチ「えへへ、なんか2人とも俺のお父さんみたいっすね!」
ヨシキチの無邪気な返事に、タツヒコとリクは思わず吹き出した。
そして一瞬、顔を赤らめるのであった。
ヨシキチの無邪気な返事に、タツヒコとリクは思わず吹き出した。
そして一瞬、顔を赤らめるのであった。
どしん、どしんと地響きを起てながらタツヒコとリクが歩いて行く。
タツヒコはくわえ煙草で、しかし胸ポケットの当たりに手をやり、ヨシキチにかからない様に細心の注意を払っている。
巨人街区と人間街区の中間なので、タツヒコ達の間をバスや車がなれた様に通り抜けて行った。
ほかにも高校生の巨人が人間の高校生を掌に載せて歩いていたり、スーツ姿の巨人が滑りそうになりながら焦ってダッシュして行ったりと、
街には多くの巨人と人間が居た。
(直後に「すみませーん!」と言う声と、巨人が転んだ様な巨大な地響きが聞こえてタツヒコとリクは一名の巨人を頭に思い浮かべて目を掌で覆った)
ヨシキチはタツヒコの胸ポケットからリクとタツ氷魚が短い会話を交わしたりしている所を見ていた。
見て気がついたのだが、この2人は巨人の中でも大きな方に分類されるという事だ。
数人の巨巨人とすれ違ったが、特に小さな巨人はヨシキチと目が合うくらいの高さだ。
普段タツヒコばかり見上げているので気づかなかったが、タツヒコは巨人の中でも特に巨大な存在だったのだ。
確かに良く考えれば他の巨人より建物を撤去したりする工事はタツヒコの方が多い。
ブーツやなんかも、他の巨人さんが「タツヒコさんのブーツはでかいからすぐ分かる」と行っていたのを思い出した。
クウヤ「あ、タツヒコ先輩にリク先輩じゃないっすか!!こんにちはぁ!!!」
突然、タツヒコの背後から一人の巨人が抱き付いてきた。
タツヒコとリクが驚いて振り返ると、顔は破顔にかわった。
タツヒコ「お、クウヤじゃねーか。お前さん元気だったか?」
リク「聞いたぞクウヤ君。この間の大会で見事優勝したらしいじゃないか。先輩として鼻が高いぞ。」
クウヤ「うっす!!ありがとうございます!!!」
ヨシキチ「タツヒコさん!!後輩の子っすか?」
タツヒコ「お、おぉ。俺たちの母校の空手部のクウヤってんだ。今高2…だったけな。」
クウヤはにこっと笑うと、屈んでタツヒコに指を差し出した。
ヨシキチの目の前には、クウヤの筋肉質な首筋が見えた。
首から胸や続くクウヤの身体は、シャツの下から筋肉が張り出しているのが分かるほどがっちりしていた。
坊主頭にその身体はまさに空手少年と行った風貌で、太い眉毛が意思の強さを感じさせたる。
クウヤ「クウヤっす!よろしくお願いします!!」
爽やかな声に、ヨシキチも思わず笑顔になった。
クウヤの体温の高い指を掴んで握手な様な事をしていると、
「おぉ、すっげぇ!!!人間だ!!!」
と、素っ頓狂な声が下から聞こえた。
[ち、ちっさいなぁ…」
次の声は、上から聞こえる。
クウヤ「あ、紹介します!こっちのでっけぇのがジュウゴで、柔道部。ちっこいのは野球部のダイゴっす!」
ダイゴ「てめぇクウヤ!!ちっこいってゆーな!まだ成長中!!」
ヨシキチがシャツから身を出すと、タツヒコやクウヤより小柄な少年…まるで犬を思わせる様な実直そうな顔をした少年がたっていた。
さらにその奥には、タツヒコよりでかいジュウゴが、優しそうな表情でたっている。
クウヤ「この2人は島の高校で、人間が珍しいんすよ。」
タツヒコはヨシキチを摘むと、ダイゴの掌に載せてやった。
タツヒコ「よろしくな、ダイゴ、ジュウゴ。」
タツヒコが巨人達に囲まれて、その大きさを見る。
凡そ40mのタツヒコと42mのリク。キョウイチも40mなので、ヨシキチの知っていた巨人達はみな一般より一回り大きい。
クウヤも同じくらいでかいが、ジュウゴはそこから頭一つ飛び抜けて大きかった。
反対に、ダイゴは40mクラスの巨人に囲まれ、皆を見上げている格好だ。
タツヒコの胸の高さにいた掌の上のヨシキチと、ダイゴの目線が同じ程度。
クウヤ、ジュウゴ、タツヒコ、リクとでかい巨人に囲まれ、まるで高層ビル群にぽつんと残った住宅の様だ。
決して小さくはないが、スポーツをするならもう少し上背が欲しいと言うのが本音だろう。
ダイゴは楽し気に話しているでっかい巨人を他所に、少し拗ね気味でうつむいていた。
その視点の先にはヨシキチがいた。
ヨシキチ「…きにすんなよ、ダイゴ君!俺からしたら、ダイゴ君だってめっちゃデッケェから!」
ダイゴ「…そ、そっか?やっぱな!へっへー、俺もでかく見えっか…」
ダイゴは恐ろしく素早く機嫌を直した。
にこっと笑いながらダイゴもヨシキチに指を差し出した。
その指を抱える様に掴んだヨシキチを見て、ダイゴはさらに満足そうになった。
ダイゴ「へへ、俺はダイゴってんだ。なぁヨシキチ。お前は身長どれくらいだ?」
ヨシキチ「俺?185cmくらいだよ。」
ダイゴ「……………それって俺たち換算で40m超えてんじゃねーーーーーかーーーーーー!!!!!!!!」
ジュウゴ「…面白い先輩達だったな。」
クウヤ「だろ?俺たちの間じゃおしどり夫婦って呼ばれてんだぜ。」
ジュウゴ「それは言えるな…………お?…ダイゴ、どうしたんだ。」
ダイゴ「…この世には神も仏もねぇ…ぐすっ」
クウヤ・ジュウゴ「???」
タツヒコ「なんかダイゴが泣きながら走り出したけどなんかあったのか?」
ヨシキチ「さぁ…わからないっす…俺変な事いったかな…」
リク「…」
←何となく察しがついたので複雑な顔で黙っている。
さて、ショッピングモールで服を見たり、本を買ったり。
タツヒコが料理本を買ったのにタツヒコはびっくりした。
リク曰く、休日はさらっとおつまみを自分でこしらえてしまうらしく、それが中々美味しいらしい。
リクはと言えば、裁縫が趣味という事で糸やボタン等をでかい身体を屈めてみていたのが面白かった。
タツヒコがソフトクリームを買うと、テーブル席に座ってポケットのヨシキチを摘まみ上げてテーブルに下ろしてやった。
タツヒコ「お前さんも食うかい?」
タツヒコはスプーンですくって、ヨシキチから見たら大盛り山盛りのソフトクリームを分けてくれた。
リクは珈琲をすすりつつ、その様子をみている。
ヨシキチが顔にソフトクリームを付けながら食べている様を3人で笑いあいながら、楽しい午後は過ぎて行った。
タツヒコ「おーっす、テル。邪魔するぜー。」
タツヒコが暖簾をくぐったのは居酒屋てる。
タツヒコのお気に入りの店で、料理がおいしいのと人間と巨人が一緒に御飯を食べられる居酒屋なのだ。
カウンターには鍋を震う、ふくよかで幸せそうな巨人がたっていた。
テルアキ「あ、タツさんいらっしゃーい。ツレが出来上がってるよー!」
テルアキの指差す方向には、真っ赤になってすっかり出来上がった巨人タクシーのタクトが真っ赤になって両隣の巨人に抱き付いている。
清掃員のソウタが苦しそうにタクトの腕を解き、
隣りには真っ赤になってほぼダウン状態の宅配員のタクマが(///×∀×///)
こんな顔になりながら泥酔していた。
タクト「あははははははwうめぇぞテルー!!!ナオー!!」
タクマ「ふにゃ〜もうらめ〜」
ソウタ「おーい、2人とも帰ってこーい…」
タツヒコは苦笑いしつつテーブルに座った。
ヨシキチの席には、人間のナオが水を持ってきてくれた。
[今日のおすすめ」には大王イカのカルパッチョ、タイタン野菜サラダ、ダイダラボッチ地鶏の唐揚げ、コウダイ印のビーフシチューなど、さまざまな料理が並ぶ。
タツヒコ「…えーとじゃあ、ダイダラボッチ地鶏の唐揚げに、巨人ネギマ、コウダイ印のビーフシチューと、生。巨人用二つと、人間用一つな。」
ナオ「はーい。今日はコウダイ君家から食材いっぱい届きましたからねー。」
と、行ってるうちにキョウイチとレイも到着した。
ヨシキチとレイは、リク、タツヒコ、キョウイチの巨人に囲まれての食事だ。
三人のビルほどもある上半身を見上げる。
レイは密かに、三人ともに双丘をなすムキムキな巨人達の胸筋に見とれていた。
特にタツヒコは上着を脱いだ所為で、肩のふっくらした筋肉まではっきり見て取れて、その岩山の様な巨体をレイは密かに心行くまで堪能した。
レイ「いやー、でっかい巨人がそろいでいいねー。」
ヨシキチ「迫力あるっすね!!」
といってると、どしどしと料理が運ばれてきた。
ナオが巨人アイドルのマナトとリポーターのヤストが受け答えをしている番組を消すと、ソウタやタクト、タクマが集まって来る。
タツヒコ「あれ、どうしたんでぇ、お前さん達。」
と、タツヒコが言うと、リクが深刻そうな溜め息をついた。
それに関してはソウタやテルアキ、キョウイチも同じ反応だった。
リク「…やっぱり忘れていたか。この馬鹿が。何の為にヨシキチ君が訪ねてきたと思ってるんだ!」
キョウイチ・レイ(自分もわざわざ来た事は言わないんだね…)
タツヒコ「???なんでぇ??」
ヨシキチは席を立って、タツヒコの巨大な掌の前まで来た。
タツヒコがいつも付けている無骨な腕時計と、がっしりした焼けた掌、そして男らしく毛の生えた太い腕が目の前にある。
ヨシキチ「まったくもぉ…忘れちゃダメっすよ!!タツヒコさん!!誕生日オメデトーーー!!!」
タツヒコ「…へ?」
リク「…ま、まぁ毎年の事だからな…」
キョウイチ「おめでとうございます。」
レイ「おめでとー!」
タクト「ぎゃははははwおめでとーたつさーん!!」
タクマ「ふぇぇ、おめれとー!」
ソウタ「うん、タツさん、おめでとー!」
ナオ「おめでとうございます、タツさん。」
一気に鳴り響くおめでとうコールにきょとんとするタツヒコ。
そう、今日は10月10日(と言う事にしておいてください)。タツヒコの誕生日だったのだ!
テルアキ「はーい、リクさんから密かに注文受けてたケーキでーす!」
リク「あ、こらテルアキ君!!!言うんじゃない!!!」
テルアキが奥から、レイ達が家を建てられるほど巨大なケーキを運んできた。
ケーキにはひげを生やしたデフォルメしたタツヒコの絵がチョコレートで書いてあった。
ごちそうとケーキ、そして皆の笑顔。
ぽかんとしていたタツヒコの顔が、温かい笑顔に変わって行く。
タツヒコ「…へへ、ありがとうよ、みんな!!!」
タツヒコは嬉しそうにジョッキを持ち上げると、巨人達はみな巨大なグラスを手に、乾杯し始める。
がちんがちんと、大きな音を起てて黄色のグラスが中を舞う様は、巨大な気球が上下しているような幻想的な光景だった。
タクトが音頭をとる様に、巨人達は皆料理やグラスに目を奪われた一瞬、
タツヒコはその太い腕をリクの肩に回した。
リク「なっ?!」
反射的にはなれようとするリクの肩をタツヒコの掌が押しとどめる。
目が合う2人。
リクの顔が明らかにアルコール以外の要員で真っ赤になって行く。
タツヒコは得意満面に、少しだけ目を泳がせて照れている事も分かった。
タツヒコ「ったく、素直におめでとうもいえねーのかよ、俺の幼なじみ様は。
…ありがとよ、親友。」
最後の一言は、リクと、近くにいたヨシキチにしか聞こえない声でタツヒコがささやいた。
リクも少し照れながら
「おぅ…」
と応酬して、その太い腕を肩から剥がした。
リク「ったく…ヨシキチ君、この事は内緒にしてくれよ…」
リクの照れた笑顔に、ヨシキチもタツヒコも笑った。
そのあと、おそくまでパーティは続き、タツヒコもリクもヨシキチも笑いあった。
料理で、運送で、送迎で、清掃で、インストラクターで、防衛で、そして、人間と巨人が一緒になれる建築を通して、
巨人と人間が関わってきた街で、タツヒコの楽しい1日はくれて行くのだった。
「おしまい!」
巨人狼(2025.04.13 更新)
『巨人狼?』
タツヒコさんが、タクトさんから聞いた言葉をそのまま聞き返した。
『そっす。ちょっとしたゲームなんですけど、少しやってみませんか?』
ここはタツヒコさんの家。
『寒くなってきたし鍋でもしようぜ!』というタツヒコさんに呼びかけられて、俺と、レイさん&キョウイチさんのカップル、そしてタクトさん、タクマさん、ソウタさんの、「居酒屋てる」常連巨人の3人組の、計7人が集まって、鍋パーティーをすることになった。
タツヒコさんの作る美味しい鍋をごちそうになって、一息ついた頃。タクトさん達3人から、あるゲームを持ちかけられたのだ。
タクトさんの説明によると、こういうゲームらしい――
あるところに平和な人間の村があった。その村に、人喰いの巨人狼が紛れ込んだという。
巨人狼は、昼の間は人間の姿に化け、嘘をついて正体を隠しているため、村人達には誰が巨人狼なのか分からない。
そして巨人狼は、夜になると元の姿に戻って、村人を襲撃して捕食してしまう。
毎晩、ひとり、またひとりと村人は数を減らしていく……。
そこで村人達は、毎朝会議を開き、巨人狼と疑わしい人物を1人選び、処刑することに決めた――。
『……まあ要するに、村人陣営と巨人狼陣営に分かれて、紛れ込んだ巨人狼を見抜ければ村人の勝ち、嘘がバレずに村人を喰い続けられれば巨人狼の勝ち、っていうゲームなんですけどね。動画サイトに遊んでるところアップしてる人とかいて、面白そうだなーと思って。ちょっとやってみませんか?』
とタクトさん。
『へー、結構面白そうじゃねえか。いっちょやってみるか!』
タツヒコさんは乗り気な様子で、口の端をニッと吊り上げた。タツヒコさんは、こういう勝負事みたいなのは結構好きみたいだ。
俺も、なんだかワクワクしてきて「そうっすね!面白そうっす!」と巨人に負けないように声を張り上げた。
レイさんも「面白そうだね。やってみよう?」と、キョウイチさんを誘っている。
『む……俺はあんまり嘘とか演技は得意じゃないけど、レイがそう言うなら、ちょっとやってみるか』
と、キョウイチさんはあまり自信はなさそうだったけど、最後は覚悟を決めたような表情で参加する意思を示した。
『良かった! 俺達、前からやってみたかったんですけど、ある程度人数が必要だから、なかなか実際にプレイできてなかったんですよね』
『そうそう』
タクマさんとソウタさんが、互いに頷き合いながら言った。
タクトさんも、嬉しそうに俺達に笑顔を向けて話す。
『よし、じゃあ早速始めてみましょうか! ルールをもう少し説明すると、さっきも言った通り、村人陣営と巨人狼陣営に分かれて、話し合いをしてそれぞれの陣営の勝利を目指すゲームって感じっす。村人陣営は、巨人狼を追い出したら勝ち。巨人狼は、村人を自分と同数まで減らしたら勝ち。で、村人陣営には、ただの村人以外にもいくつか役職があるっす』
と言いながら、タクトさんは何枚かのカードを取り出した。タクトさんにとっては掌サイズだが、俺からすると布団ぐらいの大きさがある。
『例えば占い師は、毎晩別の誰かを占って、その人が巨人狼かそうではないかを判別することができる役職っす。他にも騎士は、毎晩巨人狼の襲撃から自分以外の誰かを一人守ることができるっす。今回は村人3人、占い師1人、騎士1人、巨人狼1体でやってみましょっか。あと、今回は俺がゲームマスターをやるっすね』
「ゲームマスターって?」
俺が尋ねると、タクトさんが
『簡単に言うと、ゲームの進行役っすね。話し合いの時間を計ったり、誰が喰われたのか発表したりするっす』
と解説してくれた。
『役職は、このカードをランダムで配るんで、それで決めていきまーす』
タクトさんは、手にしていたカードをシャカシャカとシャッフルし、表面を伏せてみんなの前に1枚ずつ配った。
『じゃあ、ひとりずつ、自分にだけ見えるようにカードをめくって役職を確認していきましょう。めくった時のリアクションも、推理のヒントになるから皆さんしっかり見ててくださいねー。あ、ヨシキチ君とレイ君はめくりづらそうっすから、ゲームマスターの俺がめくるっすね』
タクトさんの進行で、タクマさん、ソウタさん、レイさん、キョウイチさん、タツヒコさん、そして俺の順番で、それぞれ役職を確認していった。
タクマさんは、カードを見た後も、いつも通り朗らかな感じで、でもちょっとドキドキしているような気もする。
ソウタさんは、カードを伏せてから、フーっと息を吐いていた。
レイさんは、あまり普段の様子と変わりなく、ニュートラルな感じだ。
キョウイチさんは、口を真一文字に結んで、やや緊張感が漂った表情をしている。
そして、隣にいるタツヒコさんの顔を見上げた時には、ニヤッと口角を上げていた。
……うーん、これだけだと誰が巨人狼なのか判断するのは難しそうだ。
最後に、俺が確認する番になった。タクトさんの大きな手の指先が、俺の目の前に伏せてある布団サイズのカードを、そっとめくった。俺だけに見えているカードの表面には、光る水晶を覗き込む人物のイラストが描かれていた。
なるほど。俺の役職は占い師か。
俺は合図して、役職を確認し終えたことをタクトさんに伝える。するとカードは再び伏せられ、タクトさんの巨大な手もスッと引っ込まれた。
『じゃあ、全員見終わったところで、まずは役職の確認のため、夜のターンに入るっす。みんな目を伏せて眠りについてくださーい』
タクトさんの指示で、全員伏せる。
『それでは、巨人狼の人だけ目を覚ましてくださいっす』
この瞬間、巨人狼だけが顔を上げて俺達を見下ろしてるのか……と思うと少しドキドキした。
『はい、了解っす。じゃあ巨人狼さんはまた伏せてください。じゃあ次は占い師の人、目を覚ましてくださいっす』
俺はそっと目を開けて、顔を上げる。他の巨人4人と人間1人が机に顔を伏せているのと、タクトさんがこちらを見下ろしているのが見えた。
『はい、それでは占い師さん。今晩誰を占いたいか教えてくださいっす』
そう問われて、俺はちょっと困惑した。5人の中にいる巨人狼をピンポイントで当てるのは、なかなか難しそうだ。まだ誰が怪しいのかの見当も付いていない。……でも、強いて言うなら、カードを見てニヤッと笑っていたタツヒコさんが怪しい、のかもしれない。それにもし、占いの結果タツヒコさんが村人である事が判明すれば、心強い見方になってくれそうだ。
そう思って、俺はタツヒコさんを指差した。
『はい、了解っす。その人はコレっす』
タクトさんは、両手の人差し指でバツを作った。マルが巨人狼のサインで、バツが村人のサインだと先ほど説明を受けていた。
そっか。タツヒコさんも村人なのか。そう思うと、ちょっとホッとした。
『じゃあ占い師さんも再び眠りについてくださーい』
タクトさんの指示に従って、俺は顔を伏せる。
『それでは、夜が明けました。みんな起きてくださーい!』
俺が顔を上げると、他の人も同じように顔を上げているところだった。
『これから朝の会議を始めます。話し合いで、巨人狼と疑わしい人を探ってください。時間は2分っす。では、会議スタート!』
タクトさんはスマホでアラームをセットし、スイッチを押した。
『さて……この中に1人巨人狼がいるってことだよね』
少し眉を下げながら言ったのはタクマさん。そして、そこから様々な意見が飛び交い始める。
『ソウタ、カード見た後ため息ついてなかった?』
『いや、村人だったからホッとしたからで! そう言うタクマもちょっとソワソワしてなかったか?』
『いやいや! 俺は、今回始めて巨人狼するからちょっとテンションあがってて……』
とか
「ヨシキチ君は、何か役職があるような気がするんだよね~」
『……俺もそう思う』
「えぇっ? いや、そのー……」
なんてやりとりをわちゃわちゃやってると、話がまとまらなくなってきた。
その時、タクトさんの『あと1分でーす』と、残り時間を知らせる声が聞こえてきた。
するとタクマさんがみんなに質問を投げかけた。
『役職見たときのリアクションで、他に何か気になった人はいる?』
それに対し、ソウタさんが小さく手を上げながら発言した。
『俺、タツヒコさんがカードめくった後ちょっとニヤっとしてたのが気になったような……』
いきなり話を振られたタツヒコさんが、びっくりしたように肩を震わせ、
『お、俺か!? 俺は違うぞ、絶対村人だからな!』
と大声で潔白を主張した。しかし、
『俺も笑ってたようなのがちょっと気になっていました』
タクマさんも、ソウタさんの意見に同調するように頷いた。
ヤバい。タツヒコさんが疑われてる……。タツヒコさんは巨人狼じゃないって占いの結果が出ているのに。
ていうか今この場でタツヒコさんは違うって証明できるのは、俺だけ、のはずだよな。
「お、俺はタツヒコさんは巨人狼じゃないと思うっす!」
なんとかタツヒコさんを助けないと!っと思って俺は咄嗟に叫んでしまった。すると、レイさんが俺の目をじっと見つめてくる。そして
「じゃあ、何かそう思う根拠があるの?」
と尋ねられてしまった。
う……そりゃあ占いで分かってるからだけど……このタイミングで、俺が占い師だと名乗り出ても大丈夫なんだろうか? 巨人狼にも正体を知られるわけで、そうなったら、巨人狼の脅威である占い師は真っ先に餌食にされてしまうはず。……いや、騎士がいるから、俺を守ってくれれば……。
そんなことをグルグルと考えていると、タクトさんの『あと10秒です』という声が。
くっ、こうなったら……!
「俺、占い師っす!んでタツヒコさんを占ったら村人だって出ました!だからタツヒコさんは違うっす!あと、騎士さん俺を守って欲しいっす!」
俺は言いたい事を一気にまくしたてた。するとタツヒコさんは、驚いた顔で俺を見下ろす。
『お、おおっ!? 俺の無実を証明してくれんのか? よーしよし、偉いぞー!』
タツヒコさんが、木の幹のような太さの人差し指で俺の頭をガシガシと撫で回してくるので、俺はしばらくタツヒコさんの指のなすがままにされていた。そうこうしてるうちに、スマホのアラームがピピピっと鳴って、『はーい議論終了でーす』とタクトさんが会議の時間の終わりを告げた。
『じゃあ、会議の内容を踏まえて、一番怪しいと思う人にせーので指をさしてください。いきますよー?せーのっ!』
タクトさんの掛け声と共に、全員が思い思いに指をさす。結果、一番票を集めたのは、3人から指をさされたソウタさんだった。
「タツヒコさんが巨人狼じゃないっていうのを信じるのなら、そのタツヒコさんを疑ってたソウタ君かなぁって思って」
ソウタさんに1票入れたレイさんが、その理由を答えた。
『えぇー!? そんなぁ』
当のソウタさんは、驚いてうなだれていた。
『俺もレイと同じ理由でソウタに入れたぞ』
「俺もっす!」
タツヒコさんに続いて、俺も答えた。
キョウイチさんを指したタクマさんは、まだ決めかねてるといった雰囲気だけど、理由を説明してくれた。
『うーん、俺はとにかく、今議論の中心だったタツヒコさんやソウタ、ヨシキチ君は外しといた方が良いかなぁっと思って、あまり喋ってなかったキョウイチさんに何となく入れてみました』
『……俺も、いまいち良く分からなかったから、勘で入れた』
タクマさんを指さしたキョウイチさんも、そう短く答えた。
『会議の結果、処刑されるのはソウタになりましたー!』
『うーん、残念……』
ソウタさんはがっかりとしながら、テーブルから少し下がった位置にズシンと座り直した。脱落した者は、一切喋ったりヒントになるような動きをしてはいけないルールだからだ。
『さーて、処刑を行ったにもかかわらず、恐ろしい夜がやって来たっすよー。みんな眠りについてくださーい!』
タクトさんの号令で、みんな顔を伏せる。
『では巨人狼さん、起きて今晩誰を餌食にするのか教えてくださいっす』
しばらく静かな時間が過ぎた後、
『分かりました。ではもっかい伏せてください。次は占い師さん、起きて誰を占うのか指定してほしいっす』
タクトさんの指示に従って、俺は顔を上げる。今度はタクマさんを占おうと思っていたので早速指さした。
『了解っす。その人はこうっす』
タクトさんが、指でバツを作った。それを確認して、俺はタクトさんに頷いて見せた。
『では占い師さんも伏せてください。次は騎士さん、起きて今晩誰を守るのか教えてくださーい』
またしばらく静かな時間が流れてから、
『オッケーっす。では伏せてください。……さて、朝がやってきましたよー!みんな起きるっす!』
タクトさんが皆に声をかける。全員顔を上げたのを確認した後、タクトさんは発表した。
『この日……なんと、襲われた人はいないっす!』
一瞬、みんなの頭の上に「?」が浮かぶ。しかし
「それってつまり……騎士が誰かを守ったってこと?」
レイさんの言葉に、みんなおぉーっと声を上げた。そして誰とも分からない騎士へ向けてパチパチと拍手が沸き上がった。
『じゃあ今から2分間、朝の会議スタートっす』
タクトさんの進行により、再び朝の会議が始まる。最初に口を開いたのはタクマさんだった。
『巨人狼はきっと、占い師のヨシキチ君を襲おうとして失敗したみたいだね。それでヨシキチ君、今回は誰を占ったのかな?』
俺は素直に答える。
「タクマさんを占いました。そしたら村人だって出ました!」
『おっ!そうか! だったら俺の疑いも晴れそうだな!』
タクマさんは嬉しそうに笑った。
「いやいや、まだ信頼するのは早いかもですよ~? ヨシキチ君が巨人狼の可能性だって捨てきれないんだし」
レイさんが、そんなタクマさんに釘をさすように言う。
『うーん、そりゃあ、ヨシキチ君が絶対占い師だとは言い切れないけど……』『でも嘘を付く理由なんか……』『いや、もしかしたら、自分が疑われないために占い師を名乗ってる可能性だって……』などと憶測が飛び交う。
そんな中、話題を変えるように、タクマさんはキョウイチさんの方へ向き直った。
『前回の会議でもあまり口数が多くなかったですけど、キョウイチさんはどう思います?』
この時、タクマさんも、特別確信があってキョウイチさんに話題を振ったんじゃないと思う。でも、全員の目が集中したキョウイチさんは、なぜか妙に硬くなっていた。
『お、俺、は……巨人狼じゃない……ぞ?』
かろうじでそう話すキョウイチさんの額には汗がにじんでいて、話し終えた後に固く結んだ口は真一文字を通り越して若干への字になってしまっている。
その発言や表情から、なんだかもう色々と明らかだった。恋人であるレイさんですら「あーあー……」みたいな顔をしてキョウイチさんを見上げている。
結局そのままキョウイチさんは自分への疑いを晴らせないまま、会議の時間が終了し、5票も入れられたキョウイチさんが処刑される羽目に。
『さて、皆さんを脅かす巨人狼はもういません!村人陣営の勝ちっす!』
タクトさんの発表で、あっさりとこのゲームの勝負がついたことが明かされた。
『おっしゃあ!勝ったぜ!!』
タツヒコさんが嬉しそうにガッツポーズを決めている。そして俺を見下ろして、布団サイズのでっかいカードを指先で摘み上げ、その表面を見せながら話してくれた。
『俺、騎士だったんだよ! 面白そうな役もらったなーって思わずニヤッとしてたら疑われちまって焦ったけどよ』
なるほど、あの笑みはそういう意味だったのか。
『で、占い師が襲撃されそうだなぁと思って、ヨシキチを守ってやってたんだ』
「えっ、そうだったんですか!? ありがとうございます、タツヒコさん!」
タツヒコさんが俺を守ってくれてたのか!と嬉しくなった俺はタツヒコさんの指にギューっと抱きついて、感謝の気持ちを示した。その一方で、ズーンと肩を落としているキョウイチさん。
『くそー……やっぱり俺、嘘吐くの下手だなー……』
レイさんが、キョウイチさんの手元まで駆け寄って、指をよしよしと撫でて慰めていた。
「まぁまぁ、そこがキョウイチの良いところだしね。今回はツイてなかったね」
『ははっ。まあ、巨人狼ひとりで嘘突き通さないといけないのは大変だったかもなぁ。じゃあ、今度は狂人を入れてもっかいだけやってみないっすか?』
タクトさんが、皆が持っていたカードを回収しながらそんな提案をした。
『狂人?』
キョウイチさんが聞き返す。
『狂人っていうのは、村人でありながら、巨人狼側に味方する役職っすね。巨人狼が勝つと、狂人も勝ち判定になるっす。ただし、巨人狼からは誰が狂人かは分からないし、狂人からも誰が巨人狼なのかは分からないところが注意点っすね。あと、占いされた時は村人だという結果が出るっす』
なるほど、そんな役職もあるのか。そうなると、余計に巨人狼を探り当てるのが難しくなりそうだ。
『そうか……。それなら、万が一もう一度俺が巨人狼になってもなんとかなるかもしれないな。それに、このまま負けたまま帰るのも悔しいから、もう一回やってみよう』
キョウイチさんはレイさんに慰められたからか、気を取り直したようにグッと拳を握り締めて、そう呟いた。レイさんもそれを聞いてうんうんと首を縦に振っている。
「確かに、俺も面白そうだと思います! タクトさん、やりましょう!」
俺もタクトさんに向かってそう言った。するとタクトさんはニカッと笑って
『よっしゃ! それじゃあ決まりっすね!』
と、嬉しそうに声を上げた。そんなタクトさんに、タクマさんが声をかける。
『じゃあ、今度は俺がゲームマスターやるよ。タクトもプレイヤーやってみたいだろ?』
『お、そうか。ありがとなタクマ!』
とお礼を言ったタクトさんは、持っていたカードの束をタクマさんに手渡した。タクマさんは、その束から村人のカードを1枚引き抜き、代わりに狂人のカードを入れて、何度かシャッフルした後みんなの前に配った。
『では、第2回戦開始です。ひとりずつ役職を確認していきましょう』
タクマさんの進行に沿って、1回戦と同じようにカードをめくって確認していく。
皆、さっきよりもポーカーフェイス気味で、読み取れることが少ない感じだった。あのキョウイチさんですら、強面の顔に多少力が入ってるものの、見るからに怪しいといった雰囲気は無い。
一通り互いの反応を確認した後、ゲームマスターの巨人狼の確認と、占い師が誰を占うのかを決める時間が取られる。
『それでは、朝が来ましたので全員起きてください』
タクマさんに促されて、全員が顔を上げる。
『では今から2分間、朝の会議スタートです』
タクマさんの合図の後すぐ、レイさんが両手を上げながら発言した。
「僕、占い師です! ヨシキチ君を占ったら村人って出ました!」
『えっ……? 占い師は俺なんだけど』
ソウタさんがきょとんとしながら答える。
『どういうことだ?』
キョウイチさんも、眉間にしわを寄せて、ちょっと戸惑ったように言った。
『っつーことはつまり……レイとソウタのどっちかが嘘吐いてる狂人ってことか?』
と、片方の眉を上げて話すタツヒコさん。そこにタクトさんが付け足すように言う。
『嘘をついてるのが、巨人狼の可能性だってあるっすよ』
うーん、なんだか1回目の時よりも複雑になってきた気がするぞ……。
『ソウタは誰を占ったんだ?』
キョウイチさんが尋ねると
『俺もヨシキチ君。村人だって出ました』
と返すソウタさん。
それなら、俺はどちらの占い師からも疑われてないってことなのかな?
なんて風にひとりで安心してる間にも、そいつはカードを見る時間が長かっただとか、あいつはカードを見た後耳が赤くなってなかったか?とか、みんなそれぞれの証言を元にガヤガヤと議論していく。でも、結局結論が出ることはなく、時間切れになってしまった。
『はい、じゃあここで投票タイムに入ります!』
タクマさんがそう宣言すると、各々一番疑わしい人を指さす。
一番票を入れられたのは、3票のタクトさんだった。
『とりあえず、レイとソウタとヨシキチ以外に票入れようと思ってよ。キョウイチに入れるか迷ったけど』
「俺もそんな感じっす!」
「僕もだよ」
タツヒコさんの意見を筆頭に、俺とレイさんも投票の理由を答えた。
ソウタさんはキョウイチさんに入れて1票、タクトさんとキョウイチさんはタツヒコさんに入れて2票集めることとなった。
『では、朝の会議の結果、処刑されるのはタクトです!』
『うがー!くそー!できればもっと長く生き残りたかった……』
タクトさんは相当悔しそうに呟きながら、少しテーブルから身を離した。
『さぁ、疑わしい人を処刑したにもかかわらず、恐ろしい夜がやって来ました。全員眠りについてくださいね』
タクマさんのアナウンスで、全員が一斉に顔を伏せた。ゲームが続行しているってことは、まだ巨人狼が潜んでいるということだ。
『巨人狼さんは目を覚まして、今晩のターゲットを選択してください』
しばらくの間の後、
『はい。分かりました。では眠りについてください。では続いて占い師さん。今夜占いたい人を指定してください』
それからまたしばらくして
『分かりました。この人はこうです。では伏せてください。……続いて、騎士さん。目覚めてください。そして今日、巨人狼の襲撃から守りたい人を選んでください』
今回は特別な能力のない村人だからか、顔を伏せている間のドキドキ感もさっきより増しているような気がする。
やがて、今晩の皆の夜の行動が決まったようで、タクマさんが全員に呼びかけた。
『皆さん、朝になりました。起きてくださーい!』
皆が顔を上げると、タクマさんが続けて発表する。
『さて、皆さんが目を覚ますと、一軒の家の屋根に無残にも大きな穴が開いてるのが見えました。……そこはキョウイチさんの家でした。そしてキョウイチさんの姿はどこにも見当たりません。恐らく巨人狼に食べられてしまったのでしょう。ということで、キョウイチさんはここで脱落です』
タクマさんの宣言に、
『むぅ……そうか……』
キョウイチさんは残念そうに俯いて、少し後ろに身を引いた。
『それじゃあ、朝の会議を始めましょう。時間は2分です』
タクマさんの仕切りで会議が始まった途端に、レイさんが大きくアピールするかのように両手を振りながら言った。
「はいはーい!僕、タツヒコさんを占いました! 村人だって出ました!ヨシキチ君とタツヒコさんが村人だから、巨人狼は絶対ソウタ君です!」
『ええっ? 違うよ、俺がタツヒコさんを占って、巨人狼だって出たんだ!だから巨人狼はタツヒコさん!』
真っ向から意見が食い違うふたり。
でっかいソウタさんを相手にしても、全く気圧されずに意見を主張するレイさんと、若干押され気味な様子のソウタさん。
しばらく「巨人狼だ!」『巨人狼じゃない!』と押し問答が続いた後、タツヒコさんが口を開いた。
『俺から見れば、レイとソウタのどっちかが狂人なんだと思うんだよなー。で、俺を陥れようとしてくるソウタが怪しいと思う』
そう……なんだろうか。でも確かに、強いて言えば、いの一番に発言しているレイさんの方が信用できる……のかな?という気がした。ソウタさんの発言は、後手後手に回っている印象だった。
『はーい、議論終了です!投票タイムに移ります』
タクマさんの合図に合わせて、みんな一斉に、疑わしい人物に指をさす。
ソウタさんは自分の宣告通りにタツヒコさん、レイさんも先ほどの主張通りにソウタさんを指さした。タツヒコさんもソウタさんを、そして……俺もソウタさんを選んだ結果、ソウタさんが3票集めて処刑されることになった。
『ぃよっしぃ! これで村人側の勝利だな!』
タツヒコさんが嬉しそうにガッツポーズをしてるところを見ると、どうやら本当にタツヒコさんは巨人狼ではないらしい。俺はホッとため息をついた。
そんな中、タクマさんが『では今回の会議で、ソウタが脱落となります』と宣言する。
『そっか、まぁ……こうなったらもう仕方がないね……』
残念そうに微笑みながら、ソウタさんはテーブルから少し身を退いた。
と、ここでタクマさんが突如、全員の注目を集めるようにパンパンと手を叩いた。
『はーい、もう騎士が生き残っていないので、この時点で村人がひとり必ず捕食されるのが確定して、巨人狼の勝ちとなりました! 今回のゲームの巨人狼は――』
タクマさんがそう言いかけたところで、突然、俺の身体が宙に釣り上げられる感覚に襲われた。
「えっ、うわあっ!?」
思わず声を上げてしまう俺。すると、俺の目の前には……。
舌なめずりをしながら、ジロリと大きな瞳をこちらに向けるタツヒコさんの顔があった。
『へへへ……悪いなヨシキチ』
そう言うと、ほくそ笑むような視線で俺を睨みつけたまま、タツヒコさんはゆっくりとその巨大な口を開ける。大きな歯が露になり、その向こうに巨大な軟体生物のような赤い舌が覗いている。
「ま、まさかタツヒコさんが……」
俺が呆然としている間に、俺を摘んだタツヒコさんの手が更に上空へと移動し、俺はタツヒコさんの口の真上で宙ぶらりんになってしまった。下から、タツヒコさんが吐いた息が吹き上がってくる。先ほどまで食べていた鍋の出汁の臭いが漂ってきた。そして下を見る俺の視線の先、歯と歯の間に、鍋の具材だった肉の欠片が挟まっているのが見えた。
お、俺もああなっちゃうのか……!?
「う、嘘ですよねタツヒコさん……助けてぇ!」
俺が必死に叫んでいると、タツヒコさんはニヤニヤと笑いながら『あ~ん』と更に大きく口を開け、手をゆっくりと降ろしていく。
赤くテラテラと不気味に光る舌が、俺を待ち構えるかのように口から飛び出している。
その舌にあと数10センチで着地してしまう……というところで、
『はい、そこまでー! もう、タツヒコさん、結果を発表する前にネタバレしないでください!』
タクマさんがストップをかけてくれたおかげで、タツヒコさんは慌てて口を閉じ、俺を静かにテーブルへと降ろした。
『ははは、わりぃわりぃ。ちょっと面白そうなこと思いついちまったもんだからよ』
『まったくもう……。それじゃあ、もうバレちゃったけど改めて発表しちゃいます。今回の巨人狼は、タツヒコさんでしたー! そして狂人はレイ君でした!』
タクマさんの宣言で、村人側はええっ!と声を上げた。
『よーしぃ!また勝ったぜー!』
タツヒコさんが両腕を突き上げて喜びの声を上げる。そして左手を下ろすと、人差し指をレイさんの方へ向ける。すると
「やりましたね! タツヒコさん!」
『おう!』
レイさんはタツヒコさんの指に掌をパンッと合わせ、ハイタッチのようなことをしていた。
「僕、最初の役職確認の時から、なんとなーくタツヒコさんが巨人狼じゃないかなーって目星を付けてたんだよね。だから占い師を騙って、タツヒコさんを村人だってことにして、僕が狂人だって気付いてもらおうとしたんだよね~」
と、レイさんは種明かしをしてくれた。
タツヒコさんも、イタズラがバレた後のイタズラッ子みたいな表情で話してくれた。
『おう、レイが俺を村人だって言ってくれたから、すぐに狂人だって気付いたぞ!』
なるほど、俺達が気付かないうちに、巨人狼陣営で結託が出来上がっていたのか……。
『お、俺は騎士だったんだけど、レイを守っちまってた……』
キョウイチさんは、がっくりとしながら打ち明けて、「あらら、狂人の僕を守ってくれてたんだ~。ありがとね~キョウイチ~」とレイさんはニンマリ勝ち誇ったような顔をしていた。それを見ながら、
『はははっ、まあ、こういう騙し合いがあってこその、巨人狼ゲームですからね~。俺は結構楽しめたけど、皆さんはどうでした?』
とタクマさん。
『俺も楽しかったぞ!なんせ2勝したからな!』
ガハハと笑うタツヒコさん。レイさんもそれに続いて
「僕も! ハッタリ仕掛けるのはドキドキしたけど楽しかったー!」
と、満面な笑顔を見せた。一方キョウイチさんは
『……俺は負けちまったけど、次は勝てるようにがんばりたい』
ちょっと悔しそうに顔を歪めていた。
「あ、じゃあ僕が演技指導つけてあげるよ~。本性を隠す、恐ろしくて悪辣な人喰い巨人狼……どんな風に演じてもらおうかな~……!」
レイさんが、目を閉じて頬に手を当てて、自分の妄想の世界へ入り込んでしまったのを見て、
『うっ……、そ、それは勘弁してくれ……』
と、キョウイチさんはたじたじになっていた。それを見ながら苦笑するソウタさん。
『はははっ、俺も、今回はあんまり長生きできなかったから、次は最後まで生き残れるようにしたいなぁ』
俺も、思ったことを素直に口に出す。
「俺も……勝ち負けはともかく、騙されたー!っていうのも含めて面白い体験でした」
そしてタツヒコさんの方に向き直る。
「でもっ!いきなり食べようとするフリは止めてください!ホントにびっくりしたんですからね!」
と俺はプンスカ怒りながら言った。タツヒコさんも流石にきまりが悪そうに
『いやぁ、すまなかったな。最後まで生き残ったから嬉しくなっちまって、巨人狼の気分のままつい、な?』
と言って左手で頭をポリポリ掻きながら、申し訳無さそうに右手を顔の前に立てる。その表情は、巨人狼だった時のタツヒコさんのものではなくなっていて、すっかり元のタツヒコさんの顔に戻っていた。
そしてタツヒコさんは、右手を俺の頭上まで持ってきて、人差し指で俺の頭を、詫びるように優しく撫で始めた。
時々、こうやって急に摘み上げられたりとか、作業着の胸元にポイッと放り込まれたりするのだが、こんな風に謝られると許したくなっちゃうのが、この人のズルいところだ。
むしろ普段は巨人一倍、人間には丁寧に接するタツヒコさんが、こうして俺には気さくに接してくれるのは、実は結構嬉しいことだったりもする。
……だからと言って、食べられるのは勘弁だけど。だから俺は、
「もぅ、これからは気をつけてくださいね?」
と、今回の巨人狼ゲームでほんのちょっとは向上したであろうポーカーフェイスで、それだけ言った。
そんな俺達2人のやりとりを見た後、タクトさんが
『ははっ、まあ、みんなにも気に入ってもらえたんなら俺も嬉しいっす。もうちょっと人数が多いと、巨人狼2体とか、もっと違った役職入れたものもできたりするんで、また人数が集まったときなんかはやってみましょうね』
と笑顔で言って締めくくった。
そろそろ良い時間なので、鍋パーティーもそのままお開きになった。
ソウタさんが『あんまりやり過ぎると人間不審・巨人不審になっちゃいそうだな~』と言ってたり、レイさんが「普段のキョウイチもカッコイイけど、巨人狼になっちゃったキョウイチも、それはそれで……」と相変わらずうっとりしながら呟いているのを聞きながら、みんなで後片付けをする。
その間にも、俺は、タツヒコさんの口まで持っていかれた時のドキドキ感が、密かに収まらずにいるのを感じていた。謝られたし、別にもう根に持ってるわけでもないんだけど……このドキドキ感がどこから来るものなのかは、自分でも分からなかった。
終わり
〈オマケ〉
その日の夜。気が付くと、俺は雪深い山村の、一軒の家の中で暖炉に火を入れている最中だった。
暖炉なんて普段めったに見ることもないのに、俺はなぜか自然な手つきで薪を足して炎の大きさを調整していたりする。
パチッ、パチッという薪の音を立てて炎が燃えているのを眺めていると、玄関の方からドンッドンッと扉をノックする音が聞こえてきた。
玄関へと向かい、鍵を外して扉を開ける。すると現れたのはタツヒコさんだった。
人間サイズで俺の前に立っているタツヒコさんに特に何の違和感も持たず、俺は話しかける。
「あれ? タツヒコさん、どうしたんですか?」
「あぁ、ちょっとお前さんに用事があってな」
そう言うとタツヒコさんは、若干そわそわと部屋に入りたそうな素振りをしている。こんな夜遅くに何だろう、と思いつつも俺はタツヒコさんを家の中に招き入れることにした。
「まあ、ここじゃ寒いですし、とりあえず中に入ってください。お茶くらい出しますよ」
「おっ、ありがとな」
タツヒコさんは礼を言いつつ、そのまま家へと入っていき、こちらに背を向けたままリビングのテーブルの前で立ち止まった。
「それで、用事って言うのは?」
異様な雰囲気のまま立ち尽くすタツヒコさんに俺がそう尋ねると、タツヒコさんは振り返ることもなく、何やらブツブツと呟き始めた。
「いや、なに……ちぃっと腹が減っちまったもんでよ……」
「えっ?食料の貯蔵なくなっちゃったんですか? 少しでよかったら、野菜とか差し上げましょうか?」
「……」
なぜか無言のままのタツヒコさん。
「あの、タツヒコさん?」
俺が恐る恐る声をかけると、
「いやぁ……んなもんは喰ってらんねぇよ……だって……」
と言って、ようやくこちらを振り向く。その瞳は赤黒く輝き、狂気的な光を放っていた。
「俺が喰いてぇのは、お前なんだからよ!」
そして次の瞬間、タツヒコさんの髪の毛が逆立ち、口が大きく裂け、牙が伸びていくのを目撃した。
「ひっ!?」
思わず尻餅をつく俺。そんな俺を見下ろしてニヤリと笑うと、タツヒコさんの身体は突如としてむくむくと膨れ上がり、灰色の体毛が覆い始める。そのままぐんぐんと、体積を増やしていくタツヒコさんの身体。ついには天井にぶつかり、そのままドゴオォォン!と大きな音を立てながら屋根を突き破ってしまった。
「あっ、あああ……」
恐怖で腰が抜けてしまった俺は、這うようにして逃げようとするものの、そんな俺を逃すまいと、長い爪が伸びた巨大な手が俺に向かって伸びてくる。そして、がっしりと巨大な手に掴まれる俺。そのまま、軽々と持ち上げられてしまい、俺はタツヒコさんの顔の高さにまで引き上げられる。
「うぅ……ひぐ……うぐ……」
あまりの怖さに涙目になりながらも、タツヒコさんに目を向ける。タツヒコさんの身体はいつも以上に筋肉質になっており、その上をゴワゴワとした灰色の毛がびっしりと多い尽くしていた。これが、巨人狼の姿なのか……。
『へへへ……悪いなヨシキチ』
タツヒコさん、いや、巨人狼が、そう言いながら口を大きく開ける。その口の中には鋭い牙がズラッと並んでいた。
「い、嫌だ……」
俺はどうにか巨人狼の手から逃れようと抵抗するものの、ビクともしない。そのまま、大きく開いた口の上まで高々と持ち上げられてしまう。その時、ふと、視界の端に、地上で物陰からこちらを窺うような人影があるのに気が付いた。
それは、狼の頭をかたどった妙なローブを身に纏い、ジャラジャラと装飾の付いた杖を手にした、レイさんだった。
「あぁ……巨人狼様……!この村から生け贄を捧げることができて、わたくしは幸せです……」
祈りを捧げるようなポーズを取るレイさん。その顔には狂喜が浮かんでいた。
しかしそんな様子には一切目もくれず、こちらをジッと見つめる巨人狼。
『昨日喰った騎士も美味かったが、お前もかなり期待ができそうな、良い身体をしているな……。じゃ、いただきまーす!』
巨人狼の野太い声が響き、俺を摘み上げていた指がパッと開かれる。
俺の身体はヒューっと巨大な口の中に落ちていく。舌の上に着地した俺は、粘ついた液に絡め取られ、なす術もなく巨人狼の喉奥へと運ばれてしまう。やがて、大きな口がゆっくりと閉じられ、視界が暗転したかと思うと、ゴクリという嚥下音が耳に届き――
そこで俺は、ハッと目を覚ました。額には汗が浮かび、心臓はバクバク鳴っている。
俺は上半身を起こし、あたりを見回す。いつもと変わらない、俺の部屋だった。
……夢、だったのか。俺は頭をガシガシ掻いた。
なんつー夢だよ……。それだけ、今日の出来事が強烈に印象に残っているということなのだろうか。
「はぁ……」
すっかり寝るような気分ではなくなっていたが、明日仕事中に眠くなるわけにもいかない。仕方なく、俺はため息を吐いた後、体を横たえ、無理矢理眠りについた。
そしてそれからしばらくの間、俺は昼休憩の時、タツヒコさんが弁当を食っている時に妙にドキドキとしてしまうのだった。
終わり
タツヒコ、レイジルームへ行く(前編)(2025.07.11 更新)
「タツさん! 最近新しくできた“レイジルーム”に行ってみませんか?」
ヨシキチの弾んだ声が、工務店の倉庫に響いた。
『レイジルーム? なんだそりゃあ?』
昼休憩中のタツヒコは、ヨシキチの言葉に首を傾げた。
あぐらをかき、手に持った弁当から、唐揚げを箸で摘まみ、口に入れてもぐもぐと頬張る。ラウンド髭の口元に油が少しついた。
既に弁当を食べ終えたヨシキチは、タツヒコのクロスした足の側へ、スマホを手に近づく。そしてスマホの画面をタツヒコに向けながら、説明を始めた。
「簡単に言えば、物を壊してストレス発散できる施設のことっす。一般的にはお皿とか古くなった家電とかを壊すものらしいんですけど、最近オオヒト区にできたのは巨人向けのスペシャル仕様で、ビルとか自動車とかをぶっ壊して好き勝手に暴れまわることができる施設なんですって。ほら、これ見て下さいタツさん!」

タツヒコは目を細めてヨシキチのスマホ画面を覗き込む。若干老眼気味のタツヒコだが、巨人の眼力をもってすれば、人間用の小さなスマホ画面でも内容を読むことはできる。
画面には「RAGE ROOM RAMPAGE」というロゴと、ツナギ姿をしたワイルドな風貌の巨人がビルを踏み潰している写真が表示されていた。巨人のブーツがビルの上層部分を滅茶苦茶に破壊し、コンクリートの破片が飛び散る瞬間が写っていた。
『ほぉー……』
感心するような声をあげたタツヒコ。その口元には、ほのかな笑みが浮かんでいた。
それもそのはずだった。仕事で建物の解体をよく行うタツヒコは、建物を踏み潰す感触を密かに気に入っており、仕事上のちょっとした楽しみとなっていたのである。――そんな楽しみを仕事以外でも体感できる場があるのか、と途端に興味を惹かれたのだ。
そういえば、とタツヒコは先日の解体現場でのちょっとした出来事を思い出した。
その日も、タツヒコは意気揚々と廃ビルを踏み潰そうと、6mもある安全ブーツを高々と振り上げていた。上から見るとコの字型をした、少し特徴的な4階建てビルを見下ろし、コンクリートが足裏で砕ける感触を期待していたタツヒコだったが、そこに人間の作業員からの慌てた声が飛んできた。
「タツヒコさん! ちょっと待ってください! この建物、移築することになったんで、踏み潰さないでください!」
『……あん? 移築?』
タツヒコはピタッと足を止めると、ブーツを下ろし、首をかしげた。
こんな廃ビル、どこに移築するんだ……? と訝しげに思いつつ、結局その日は解体作業をできずに終わり、なんとも残念感の残る一日だったからよく覚えている。
その後別の作業中に、その廃ビルを地盤ごと持ち上げて帰っていった巨人を見かけたのだが、どうも写真に写っているのはその時見た巨人とよく似ている気がする。
今、ヨシキチのスマホ画面を見て、タツヒコは合点がいった。
(なるほどなぁ……。ぶっ壊す用に、使われなくなったビルを集めてたってわけか)
タツヒコは髭を撫でながら呟き、唐揚げをもう一つ口に放り込んだ。
ヨシキチはスマホを手に持ったまま、さらに話を続ける。
「実はレイさんが、キョウイチさんとタツヒコさん、レイさんと俺の4人で行ってみない?って誘ってくれたんすよ! どうです、タツさん?」
タツヒコの目がパッと輝く。
建物の踏み潰し大好きなタツヒコに、断る理由など皆無だった。
『おぉ、そりゃ面白そうだな! 乗った! ヨシキチ、俺は行くぞ!』
タツヒコがニっと歯を見せながら言うと、ヨシキチは嬉しそうにスマホを取り出し、レイにメッセージを送信する。
「了解です! じゃあ、レイさんに参加OKって送りますね! あと、いつ行くかとかも決めないといけないですねー」
ヨシキチがスマホをポチポチと操作している間、タツヒコはふと疑問が浮かんだ。
『そういや、巨人の俺とキョウイチはともかく、人間のヨシキチやレイは行ってどうするんだ? 俺らが暴れてるところに一緒にいたら危ねぇだろ?』
タツヒコが心配そうに言うと、ヨシキチはニコッと笑って説明を始めた。
「それがですね、人間は強化アクリルガラスで保護された部分から、巨人の暴れっぷりを観覧できるんですって。 結構人気みたいで、俺もレイさんと一緒に観覧席からタツさんたちを見たいなって思ってるんです!」
タツヒコは感心したように頷く。
『なるほどなぁ……。人間にとっては、俺らが建物ぶっ壊すのを見るのもスリル満点のショーになるってわけか』
その時、ヨシキチのスマホがピロンと鳴る。レイからのメッセージだ。ヨシキチが画面を確認し、タツヒコに伝える。
「レイさんから返信来ました。〈今週の日曜で予約してもOKいいかな?〉ですって」
タツヒコは豪快に頷いた。
『おう、それでいいぞ! いやぁ楽しみだなぁ、ヨシキチ!』
タツヒコは期待に胸を膨らませ、次の日曜日を心待ちにするのだった。
日曜日の朝。タツヒコは黒のタンクトップと擦り切れたジーンズに身を包み、ヨシキチの家へ向かった。
『おーい、ヨシキチー。迎えに来たぞー』
ヨシキチの家の扉を、小指の先でそーっとノックすると、中からヨシキチの元気な声が飛び出した。
「おはようございます! タツさん!」
ヨシキチは、軽快なハーフパンツ、Tシャツにキャップを被ったアクティブな装いで現われた。
『おう! じゃあ早速行くか!』
タツヒコが巨大な掌をヨシキチの前に差し出す。ヨシキチは慣れた様子でその掌によじ登り、タツヒコの手のひらの中央に立ってスマホを取り出す。
「オッケーっす、タツさん! じゃあ、俺が地図見ながら行き先ガイドしますね!……えっと、この道をまっすぐ行って、巨人用通路を左に曲がってください!」
ヨシキチがスマホを見ながら案内を始めると、タツヒコはズシン、ズシンと軽快なリズムで歩き出した。
しばらく歩くと、オオヒト区の外れに辿り着いた。タツヒコの目が、巨大なドーム状の建物を捉える。
『おっ、あれがそうか?』
ドームはタツヒコの身長の何倍もの高さで、巨人向けの巨大な施設であることが一目で分かる。そのドームの大きな扉の前に、キョウイチが掌にレイを乗せて立っているのが見えた。
キョウイチはスポーツブランドのTシャツとハーフパンツ姿で、引き締まった体格が一層際立つ。レイは黒いパンツにゆるいパーカー姿。タツヒコは、2人の方に向かって歩みを進めた。
『よぉ、キョウイチ、レイ! 待たせちまったな!』
それに対しレイが元気よく手を振り返す。一方、キョウイチはいつもの強面な顔に、わずかに困惑の色が浮かんでいる。
「タツヒコさん、ヨシキチ君、おはよう!全然待ってないよ。僕たちもさっき来たばっかだから!」
レイがニコニコしながら言うと、キョウイチが少しため息交じりに口を開いた。
『俺、ついさっきレイにここがどういう施設か聞いたところなんですよ。
……レイに事前には「身体を動かす施設だよ」とだけ聞かされてたんですけど……まさかビルを壊してまわる場所だったとはな……。ちょっと騙された気分だぞ?』
キョウイチは掌の上のレイを、胡乱な目でじーっと見つめた。しかしレイは少し悪びれもせず、口元に笑みを浮かべながら返す。
「えへへ、だってこうでも言わないと来なかったでしょ?」
その返しに、キョウイチはガクッと肩を落とすが、タツヒコが豪快に笑って場を和ませた。
『ハハハ!まあ来ちまったもんはしょうがねーじゃねぇか! とにかく入ろうぜ、その、レイジ……なんとかってとこによ!』
タツヒコがとりなして、4人は連れ立ってドームの中へと入っていった。
入ってすぐのところに受付があり、そこにはツナギ姿のワイルドな風貌の巨人が待ち構えていた。身長はタツヒコよりほんの少し高い40.8mほど。日々肉体労働をしているタツヒコや、ジムのインストラクターのキョウイチにも引けを取らない、がっしりした体格と無精髭が印象的だ。レイがキョウイチの掌の上から、スマホの画面をその巨人へと差し出し話しかける。
「こんにちは! 予約した人間2人、巨人2人のグループです!」
巨人は目を細めて画面を確認すると、ニカッと豪快な笑みを浮かべ、低いが良く通る声で話し始めた。
『ようこそRAGE ROOM RAMPAGEへ! 俺の名前はジュウゾウ。RAGE ROOM RAMPAGEの管理人だ!』
ジュウゾウと名乗った巨人は、タツヒコとキョウイチの2人に向けて更に言葉を続ける。
『ここはオオヒト区内でありながら、普段はやっちゃあいけない、建物を壊してまわるってことを可能とする空間だ! 制限時間は1時間。その間、思う存分楽しんでくれよな!』
ジュウゾウの言葉に、目を活き活きと輝かせるタツヒコと、少しだけ居心地が悪そうに押し黙っているキョウイチ。
ジュウゾウは次に、レイとヨシキチの方に顔を近づけ、案内を続けた。
『人間さん2人は、ここから通路を通って観覧エリアから巨人の大暴れを見てやってくれ。スリル満点だぜ!』
ジュウゾウが足元にある小さな通路を指し示す。それはトンネル状となっており、強化アクリルガラスで覆われた観覧エリアに繋がっている。トンネル内は枝分かれし、複数のポイントから巨人の大暴れを見ることができるようになっている。そう説明を受けたレイとヨシキチは、胸をドキドキさせながら頷き、通路へと向かった。
ヨシキチがタツヒコを見上げて手を振る。
「タツさんの暴れっぷり、楽しみにしてますね!」
『おう、任せとけ! ヨシキチ、しっかり見ててくれよ!』
「キョウイチもかっこよく暴れるところ見せてねー!」
『あ、あぁ……』
タツヒコが豪快に笑う反面、キョウイチはなんとも押しの弱い返事だったが、レイとヨシキチは通路の中を進んでいった。
その後、ジュウゾウはタツヒコとキョウイチを振り返り、案内を続けた。
『それじゃ、巨人2人はこっちだ。まずはロッカールームで準備を整えてくれ』
ジュウゾウの誘導で、タツヒコとキョウイチはロッカールームへと通され、そこで専用のツナギに着替え、目を保護する透明なゴーグルを着用した。
『よーし、それじゃあいよいよメインルームに向かうぞ!』
準備が整うと、ジュウゾウは施設の奥へと進むよう促した。
メインルームへの扉の上には垂れ幕が掲げられ、「ここでは普段のルールに縛られず、本能を解き放て!」と力強い筆で書かれている。タツヒコはその言葉に胸を弾ませ、はやる気持ちを抑えきれなかった。
『いよいよか……!』
足を進める。足音がズシンと響き、キョウイチも静かにその後を追った。
タツヒコとキョウイチはジュウゾウに案内され、メインルームへと足を踏み入れた瞬間、二人同時に『おお……!』と声を漏らした。眼前に広がっていたのは、青空の下に多くのビルが立ち並ぶ、まるで本物の街の風景だ。しかし、よく見てみると、空はドーム状の天井にペンキで描かれた精巧な模造だった。ぐるりと周囲を見渡すタツヒコとキョウイチ達へ、ジュウゾウが豪快な声で呼びかけた。
『ようこそRAMPAGEのメインルームへ! ここが今日のお前たちの遊び場だぜ!』
ジュウゾウは誇らしげに腕を広げて部屋を見せながら説明を続ける。
『足元にあるビルは、不要になって取り壊し予定だった本物の人間用の建物や、俺が自分で組み立てた模型だ。だから何の遠慮もなくぶっ壊してもらって構わないぜ! こんな風にな!』
そう言いながら、ジュウゾウは足元のすぐ横にあった3階建ての雑居ビルに目をやり、足を振り上げた。
ズズーン!
一気に踏み降ろすと、ビルの屋根がグシャリと潰れ、コンクリートとガラスが飛び散る。
ジュウゾウはニヤリと笑い、説明を続ける。
『こんな風に踏み潰しても構わないし、金属バットも貸し出すから、思いっきりぶっ叩いて壊しても良いぞ!』
そう言いながら、ジュウゾウは巨人サイズのひしゃげた金属バットを、タツヒコとキョウイチにそれぞれ手渡した。タツヒコはバットを手に持つと、その重さと感触に満足げに頷く。説明を聞いているうちに、タツヒコは身体の芯から妙に熱くなっていくのを感じていた。
『面白そうじゃねーか! じゃあまずは手始めに……』
タツヒコは目を足元のコンビニに向け、意気揚々と足を振り上げた。コンビニの建物に、タツヒコの足の影が落ちる。
ズシン!と勢い良く踏み降ろすと、その途端天井があっけなく踏み抜かれ、陳列棚がタツヒコの巨大な足の下で粉々に砕かれた。足サイズ6mのブーツがコンクリートを砕く微細な感触が、靴の裏を通してタツヒコの足の裏へと伝わる。その振動に、タツヒコは背筋にゾクゾクとした感覚が走る。
『おおぉっ、 工事現場ならともかく、こう普通の街っぽいところでこんな風に建物踏み潰しちまうなんて……なんか、いつもと違って妙な気分になるなぁ!』
タツヒコは興奮気味に声を上げると、普段解体工事のときに瓦礫を細かくする為にやるように、グリグリと足を動かす。
それを見たジュウゾウは腕を組みながら豪快に笑った。
『おお、なかなか良い壊しっぷりだねぇ!』
タツヒコは照れくさそうに笑いながらも、腰に手をあてて答えた。
『へへっ、自分は仕事柄、よく建物の解体工事をするからな。ちょっと慣れてるだけだよ』
『おお、なるほどな! 道理で壊すのが上手い訳だ!』
『おいおい、そんな褒めんじゃねーよ!』
初対面ながら、似た性格なのか妙に気の合い、すぐに打ち解けるタツヒコとジュウゾウ。
タツヒコは興奮気味のまま、キョウイチの方を振り返った。
『キョウイチ、お前もやってみろよ! こりゃたまらねぇぞ!』
真面目で堅物なキョウイチは、普段ではとてもじゃないができないようなことを目の前に、少し尻込みしているようだった。
立ち尽くし、足元の一軒家をじっと見つめるキョウイチの表情には、ためらいが浮かんでいる。
『いや、俺はタツヒコさんのようには……』
キョウイチが呟くと、タツヒコは豪快に笑い、ジュウゾウもニヤリと笑みを浮かべた。
『別に俺みたいにやる必要はねぇよ。お前さんだって普段から鍛えてんだから、そのパワーをそのままぶつければいいんだよ』
タツヒコが太い腕でキョウイチの背中をバシバシ叩いて励まし、ジュウゾウがさらに声を掛ける。
『さあさあ、恥ずかしがってちゃ始まらねぇ! ともかくやってみろよ!』
促されるまま、キョウイチは覚悟を決め、『わ、分かりました……』と答えると、意を決して、建物の上に足を振り上げた。ゴクリと唾を飲み込むと、足を一気に振り下ろす。
ズシン!
キョウイチの巨大な足によって天井は簡単に陥没。木枠と瓦礫が飛び散り、キョウイチは驚きの声を漏らした。
『う、うぉわっ、こんな簡単に壊れるのか……』
目を丸くするキョウイチに、ジュウゾウがニヤリと笑って言った。
『うんうん!いい壊しっぷりだぞ!その調子だ!
さて、身体もほぐれてきた頃だし、そろそろ人間さん達がいる方へ行ってみるか? 観覧エリアから見られれば、さらに気分が盛り上がるぜ!』
ジュウゾウが二人を誘導すると、タツヒコは目を輝かせ、キョウイチも少し緊張しながら頷いた。
〈後編につづく〉
タツヒコ、レイジルームへ行く(後編)(2025.07.18 更新)
観覧ゾーンにいるヨシキチとレイは、強化アクリルガラスの向こう側に目を凝らしていた。二人はワクワクした表情で話を交わす。
「はー、キョウイチ、どんな風に暴れてくれるのかなぁ……!」
「タツさんが暴れる姿、めっちゃ楽しみっす! 仕事の時以上の破壊が見られるかも!」
すると、遠くからズン……ズシン……ズシーン!……ズシイィン!と重厚な足音が複数近づいてくるのを感じる。強化アクリルガラスの向こう側、ビルの谷間からツナギ姿に金属バットを手に持ったタツヒコ、キョウイチ、ジュウゾウの3人の巨人が姿を現した。
「タツさん! キョウイチさん! ジュウゾウさん!」
ヨシキチが大きく手を振ると、レイもぴょんぴょん跳ねて応援の声を上げる。
「頑張ってねー! 楽しみにしてるよー!」
その声に気付いたタツヒコは、ヨシキチとレイの方を見やり、ニッと歯を見せて笑った。
『おう!ヨシキチ、レイ!しっかり見とけよ!』
そして、目の前にあった5階建てのビルに視線を落とすと、気合を入れて足を思いっきり蹴り上げる。
『おりゃっ!』
ズガアアアン!
強烈なキックを放つと、巨大なブーツによってビルの上半分が破裂したかのように吹っ飛んだ。コンクリートとガラスが空中で砕け散り、タツヒコは満足げに髭を撫でる。
『ハハ! こりゃあ気持ちいいぜ!』
続いて、タツヒコはすぐ近くにそびえる、自分と同じぐらいの高さの10階建てビルに目を向けた。左手に持つ金属バットを握り直す。そして左から右へと水平に思いっきり振り抜くと、ドガーン! と衝撃音とともにビルが砕け、建物は倒壊。普段の解体工事ではできないような荒々しいやり方でビルを崩したタツヒコは、思わず声を上げた。
『うおおぉ! これも中々に痛快だな! こんなやり方は仕事じゃ味わえねぇしな!』
豪快な暴れっぷりを加速させていくタツヒコの隣で、キョウイチも覚悟を決めたように小さく息を吐いた後、行動に移る。自分の膝ほどの高さの小さなビルの上に、足を高々と上げて、一気に踏み降ろす。ズガン!と音を立ててビルは粉々に。キョウイチは自分の破壊力に目を丸くする。
『うおっ、こ……こっちもこんな簡単に……!』
巨人達の大暴れによる地響きが観覧ゾーンにも伝わるが、強化アクリルガラスによって守られているため、瓦礫などが飛んでくることはなかった。安全な環境で迫力を味わえるこの仕組みに、レイは目を輝かせた。
「ふ、ふわぁぁ~~、ついに夢にまで見たキョウイチの大暴れが本当に見られるなんて……!」
レイは興奮を抑えきれず、スマホのカメラを構え、パシャパシャパシャと何度もシャッターを切る。
ヨシキチも、タツヒコが豪快に蹴りを放って破壊するのを見ながら胸が高鳴る。普段の解体工事以上に荒々しくビルを壊すタツヒコの姿に、興奮が伝染してきたのか、なんだか血が騒ぐような感覚が湧いてくるのだった。
「タツさん、な、なんだかよくわかんないっすけど、俺の心臓もなんだかドキドキします、すごいっす……!」
「うんうん、そうだよね!」
ヨシキチが呟くと、レイも笑顔で頷いた。
ヨシキチやレイに見られていることで興奮が高まるのを感じつつ、タツヒコが次に壊すものを探していると、少し広めの駐車場があるのを発見した。
『おい、キョウイチ! こっちに駐車場があるぞ! 車がいっぱいだ!』
キョウイチの方を向き、そう呼びかけた後、
タツヒコは意気揚々と駐車場の一角へと足を踏み下ろす。
ズズウウン!
音を立て、巨大な黒いブーツが自動車を下敷きにし、ペラペラの金属の板と化してしまう。
『くうぅ~、こっちもいい感触だな!』
噛みしめるように言うタツヒコの後ろで、追いついてきたキョウイチも駐車場へと足を踏み入れる。グシャッ!っと軽い音を立てて潰れた空き缶のようになってしまう自動車。
『確かに、ビルとかとは違った感触ですね……』
と控えめながら同意するキョウイチ。
駐車場の車を全て踏み潰し終えた2人は、それぞれまた勝手気ままに歩みを進めていく。ビルを蹴り進むタツヒコがふと足元を見下ろすと、4階建ての少し大きめのビルが目に止まった。上から見ると丁度カタカナのコのような形をしている、特徴的なビルだ。
『あれ、このビル、なぁんか見覚えがあるんだよなぁ……』
と呟く。そして頭にある記憶が蘇った。移築すると言われて、踏み潰せなかったあのビルだった。
『あっ!あの時壊し損ねたビルか!やっぱりここに運び込まれてたんだな』
そう合点が行った後、タツヒコはニイッと笑みを浮かべると、ズシン!と足を踏み降ろす。筋肉のみっちりとついた太い足が、あっという間にビルを踏み壊す。
『あの時はできず仕舞いだったからな!』
心残りだったことがようやくできたことで、満足のいった様子のタツヒコ。
一方、人間の2人も、巨人が移動するのに合わせて場所を移っていた。
「ヨシキチ君、今度はここからの眺めが良さそうだよ!」
「本当っすね、レイさん!」
人間用通路であるトンネルをくぐった後エレベーターに乗り、5階建てのビルの屋上を模して作られた観覧ゾーンへとやって来たヨシキチとレイ。目の前にいるタツヒコへ「おーい!」と大きく手を振る。
強化アクリルガラスの向こう側から応援する二人の視線を感じながら、タツヒコはさらに大胆な行動に出てみることにした。自分より少し大きな12階建てのビルに相対すると、金属バットをパッと手放した。
バットがゴロンゴロンと転がっていくのを放ったまま、タツヒコは空手の構えを取った。足を肩幅くらいに開き、両腕を構えるその姿は、40歳を越えた今でも衰えを感じさせない、精悍さを醸し出していた。
『おっしゃぁ、行くぞっ!』
気合と共に、思いっきり正拳突きを繰り出す。
ドゴオオォン!
巨大な拳がビルの中腹に直撃し、衝撃音とともに穴が開く。ガラガラガラと瓦礫が崩れ落ち、煙が立ち込める中、ビルはみるみるうちに崩れ去った。
『うおおっ、空手の技をこんな風に使っちまうなんて、なんかすげぇやっちゃいけないことやってるって感じがする……!』
そう口にするタツヒコは、まるでこっそりタバコを吸っているのが先生にバレた不良高校生のような、年甲斐もないはっちゃけた表情をしていた。興奮と少しの罪悪感が入り混じったその顔に、観覧ゾーンからヨシキチが笑い声を上げる。
その様子を見て側にやって来たキョウイチも、普段スポーツジムでボクササイズを教えているのを活かし、近場にあった9階建てビルに目を向ける。体を軽く前傾させ、顔の前で握り拳を構える。
『よし…やってみるか!』
シュッと素早く強烈なパンチを喰らわせると、ビルの上部が吹き飛ぶ。コンクリート片が空中で砕け散り、キョウイチは自分の力に驚きを隠せなかった。
『確かに、俺も不思議な感じです、タツヒコさん……!』
胸に手を当てながら呟くキョウイチの声には、真面目な性格ゆえの戸惑いと、新たな興奮が混じっていた。
観覧ゾーンでは、ヨシキチとレイがその光景に目を奪われていた。タツヒコが他のビルに前蹴りや回し蹴りを食らわせたり、キョウイチがパンチキックによってビルを次々と崩す様子に、二人の興奮も高まりまくっていた。
その後もタツヒコは巨大なブーツでビルを蹴ったり踏み潰したり、キョウイチも建物を粉々に踏み砕く。興奮の波に乗り、時間さえ忘れて暴れ続ける。
そこに、ジュウゾウが手を叩きながら声を上げた。
『おーい!そろそろ1時間経過だ! 終了の時間だぜ!』
その音と声に、ハッと我に帰ったタツヒコとキョウイチは、動きを止めた。タツヒコは周囲を見下ろすと、瓦礫が散乱し、自動車が空き缶のようにペシャンコになった光景に目を見開いた。キョウイチも同様に、自分の足元に広がる破壊の跡に息を呑む。
『いやー、脳内麻薬でてたなこりゃ……すげぇ集中してた……』
タツヒコがポキポキと肩を回し、腰に手を当ててグーッと伸びをしながらつぶやくと、キョウイチも短く返す。
『俺もです……』
二人の息が少し荒く、興奮の余韻が残っていた。ジュウゾウはその様子を見て豪快に笑い、2人に近づいてきた。
『ハハハ! どうだった、2人とも? 感想を聞かせてくれよ!』
タツヒコは髭を撫でながら率直に答えた。
『こりゃ最高だったぜ! 仕事じゃ味わえねぇ自由な感じがたまらんかった!』
キョウイチも少し照れながら口を開く。
『最初は戸惑ったけど……やっぱり身体を動かしてると気持ちいいですね』
ジュウゾウはニヤリと笑い、特にタツヒコを褒めた。
『さっすがタツヒコさんは手際が特に良かったぜ! 見てて惚れ惚れする、俺まで満足のいく大暴れだったぜ!』
ジュウゾウは親指を上げながらそう言った。
そろそろメインルームを出る時間となったため、タツヒコとキョウイチは観覧ゾーンからヨシキチとレイを呼び寄せ、掌に乗せた。
ヨシキチは興奮を隠せず、タツヒコの掌の上でぴょんぴょん跳ねながら叫んだ。
「タツさん、めっちゃすごかったっす! あの正拳突きでビル壊した時、シビれたっす!」
レイもキョウイチの掌で目を輝かせて加わる。
「キョウイチの踏み潰しもパンチも最高だったよ! 写真いっぱい撮っちゃった!」
タツヒコは豪快に笑い、キョウイチも複雑そうにしながらも、珍しく微笑んだ顔を見せた。
『人間のおふたりさんも楽しんでくれたなら良かったぜ!』
大興奮の人間2人に顔を近づけて、ジュウゾウも笑顔でそう言った。
タツヒコとキョウイチはロッカールームに移動し、着替えを済ませると、ジュウゾウの案内で建物の出口へと向かう。出口のドアの上部には、「ここから出れば、オオヒト区の規則を守ることを忘れるな。共存社会を生きる巨人としての自覚を持った行動を」と筆で書かれた文が掲示してあった。タツヒコとキョウイチは、その言葉をきちんと心に留めた。タツヒコは髭を撫でながら呟く。
『そうだな……当たり前だが、さっきまでやってたようなことを、この外でやっちゃあとんでもねぇことだからなぁ』
キョウイチも静かに頷き、ヨシキチとレイを掌に乗せたまま、RAGE ROOM RAMPAGEから出て行った。
『また来てくれよな!』
ジュウゾウの言葉を背に、ドームの外へと繋がる扉をくぐると、2人の巨人の姿はオオヒト区の街並みの中へと溶け込んでいった。
RAGE ROOM RAMPAGEから帰宅し、キョウイチやレイ、ヨシキチと解散したタツヒコは、日常へと戻っていた。
レイジルームで汗をかいた体を洗うためひとっ風呂浴びることにした。
日が沈む頃、自宅の台所で簡単に調理を済ませ、夕飯をとる。その後は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ビール片手にテレビを眺め一息つく。うつらうつらし始めた頃、万年敷かれている巨大な布団にゴロンと横たわり眠りに就いた。
そんなタツヒコは、夢を見ていた。
足元に広がるのは、どこまでも広大に続く、無人の人間サイズの街。
『なんだ、ここ……?』
呟くタツヒコの声が、しんと静まり返った街に響く。ただ呆然と立ち尽くすタツヒコはふと、ああ、そうかここはあのレイジルームみたいなもんか、という考えがひらめき、ひとり納得する。
『じゃあ、ここの建物はぶっ壊してもいいってことだよな』
ニッと笑みを浮かべると、膝にも満たない高さの建物へと足を振り上げ、一気に振り下ろす。ズズン! と音を立てて崩壊する建物に、タツヒコの心が躍る。
『おっ、こっちには駐車場があるじゃねーか!』
駐車場に10台ほど停車してあるのを発見すると、自動車を立て続けに踏みつけまくってペシャンコに潰れた金属の板へと変貌させる。ドクドクと脈動が加速するのを感じながら、タツヒコは今度は高架橋を蹴り上げる。
『うおりゃっ!』
タツヒコの太い足が、高架橋をめちゃくちゃに崩落させてしまう。ヒートアップしてきたタツヒコは、間を置かずに今度は川にかかる大きな橋に目をつける。
『おっ、川に橋がかかってんな。これもぶっ壊しちまうか!』
そう言うと川の水で濡れることなど厭わずに、ザブザブと分け入っていく。そして川の真ん中あたりで橋の前に立つと、右足を大きく持ち上げ、空中でピタリと止める。一瞬の間の後、躊躇なく一気に踵を橋へと打ちつけた。
ズガガアアアン!
橋に踵落としを食らわせた瞬間、えもいわれぬような快感が身体の芯から湧きあがり、全身を突き抜けていくような心地がした。
『う……ぐぅっ……!』
少しの脱力感を覚えつつ、再び踵落としを喰らわせようとした――その時、タツヒコはパッと目を覚ました。
『……んあ?』
無人の人間の街で暴れていた夢から覚めたタツヒコは、寝ぼけ眼を擦る。しばらくボーっとした頭で考えて、今のが夢だったことに思い至ると、布団の中で大きく息を吐いた。
『はぁっ……ったく、なんつー夢見てんだ。レイジルームの体験がよっぽど楽しかったのか? 俺の脳よ……』
あまりにも欲望に忠実な夢を見たことに自ら突っ込みを入れた。
しかし、ふと股間にぐしょっとした違和感を感じ、慌ててパンツをグイッと引っ張った。パンツの中の光景に、タツヒコは頭を抱えた。
『うおおっ、なんじゃこりゃっ!……こんな歳にもなって、 どんだけ元気なんだよ、参ったなぁ……』
呟きながら、下着を処理するために、タツヒコはよっこいしょと重々しく立ち上がった。その口元には、照れくささと自嘲の混じった笑みがわずかに浮かんでいた。
終わり
タツヒコの仕事納め(2025.12.30 更新)
巨人と人間が共存する地区、オオヒト区。
その広大な街の一角にある工事現場では、年末の冷たい風が吹きすさぶ中、仕事納めとなる建設作業が行われていた。
その現場でひときわ目を引くのは、身長が40.4メートルもある巨人作業員――タツヒコだ。巨人の中でも大柄な彼は、彫りの深い顔立ちとラウンド髭が印象的な巨人だ。40代だが、日々の労働で鍛えられたがっしりとした体躯を持っており、その分厚い身体を今は防寒仕様の作業着に包み、黄色いヘルメットを被っていた。
タツヒコは、足元に積まれた鉄骨を掴み上げては、建設中のビルの上に乗った人間の作業員の前に慎重に差し出す。人間が溶接作業を進める間、彼はその手を動かさずに支え続ける。
巨人の圧倒的な力と人間の繊細な技術。オオヒト区ならではのチームワークが、ひとつのビルを着実に形作っていた。
『今日で仕事納めか……月日が過ぎるのは早いねぇ』
作業の合間の昼食時に、タツヒコはふと空を見上げて呟いた。今年も数々の大仕事を乗り越えてきたが、今日はその締めくくりだ。そして、その仕事を終えた後には楽しみにしていることがある。
高校時代からの友人であり今は自衛隊員をやっているリクや、仲の良い常連客たちと「居酒屋てる」で忘年会を開き、酒を酌み交わす予定があるのだ。タツヒコは、仲間たちとの楽しいひとときを想像しながら、自然と笑みを浮かべた。
『さて、もうひと踏ん張りするか!』
昼休みが終わると、タツヒコは再び現場に戻り、残りの作業に取り掛かった。
そんな作業が続けられている、午後3時ごろ。
タツヒコが大きな手に鉄骨を掴んで持ち上げようとしたその瞬間、ズズズ……と足元の地面が微かに揺れるのに気が付く。なんだ?とタツヒコが違和感に気が付いたと同時に、
「じ、地震だ!」
一人の人間作業員が叫んだ。その声をきっかけに、周囲の人間作業員たちが慌てふためき、現場は一気にざわつき始めた。意識を足元に集中すると、さっきより地面が揺れているのが感じられる。巨人である自分でも感じられるのだから、人間達にとっては自分が感じる以上に恐ろしい揺れなのに違いなかった。
『落ち着け。俺が建物を押さえてるから大丈夫だ』
タツヒコは慌てる人間たちをなだめるように言うと、がっしりとした大きな手を建設中の建物に添え、揺れる鉄骨や資材を支える。
『お前ら、揺れが完全に収まるまで動くなよ』
低く落ち着いた声が現場に響く。それは自然と周囲に安心感を与えるものだった。タツヒコの言葉を聞いた人間作業員たちは、ざわめきを収め、次第に冷静さを取り戻し、揺れが収まるのをじっと待つ。
やがて地震の揺れが完全に収まると、タツヒコは建物の状態を確認した。
その大きな手を器用に使って、細かい部分にも異常がないかを慎重に触って見定める。
『よし、どうやら大きなダメージはなさそうだな。作業を再開しよう。ただし余震には警戒しねぇとな』
タツヒコの的確な判断と指示に、人間作業員たちは再び仕事に取りかかり始める。その姿を見て、タツヒコはふぅっと大きく息を吐くと、作業を続行した。
地震というトラブルはあったものの、工事はその後順調に進んでいた。
しかし夕方が近づいた頃、タツヒコの視界に、小さな人影が手を振りながらこちらに向かってくるのが見えた。タツヒコが勤める工務店の、人間の社長だった。
「おーい、タツヒコ!」
息を切らしながら駆けてきた社長は、タツヒコの足元に到着するや否や、声を張り上げた。
「タツヒコ!すまないが、今すぐ別の現場に行ってくれ。緊急の仕事だ!」
タツヒコは眉をひそめる。
『おいおい、どうしたんだ?落ち着いて話してくれよ』
「実はな、さっきの地震で人間の住宅街の橋が崩れちまってな……」
話を詳しく聞いたところ、その橋は人間の住宅が密集する地域とオオヒト区の中心部を結ぶ重要な生活動線であり、近隣住民にとって欠かせないものだという。もし復旧が間に合わなければ、年末年始の生活に大きな支障をきたしてしまうとのことだった。
通常なら数日かかる工事だが、この時期に急ピッチで対応するには、タツヒコの力を頼るしかないというのだ。
話を聞いて、タツヒコは深くうなずいた。
『そういうことなら、ほっておく訳にもいかねぇよなぁ。よし分かった!いっちょやってやるか!』
急な話ではあるが、困っている人々を放っておける性分ではない。タツヒコは迷わず快諾した。
詳しい段取りを決めた後、タツヒコは準備を整えるため一旦工務店に戻る。
工務店の倉庫の中にあるタツヒコ専用の巨大なロッカーを開けると、中には雑然としながらも作業用の備品がきちんと整備して収納されていた。タツヒコはロッカーの奥をガサゴソといじると、河川作業用のウェーダーを取り出した。防水加工が施された長靴とズボンが一体化した装備で、水の中でも体が濡れることを防ぐ作業着だ。
『よっこらせっと……』
タツヒコはゴムの独特な手触りを感じながら、ウェーダーを履いていく。その動きに合わせてずしん、ずしんという足音が倉庫内に響いた。
最後にしっかりとベルトを締め、肩紐を調整して固定する。
『よし、これで準備万端だな』
ウェーダー姿のタツヒコは、足を振ったり肩りを軽く回して動きやすさを確認した。その後、他に持ち出す工具を取り出してチェックし、ロッカーの扉を閉めようとしたとき、ふと頭の中に今日の夕方からの予定がよぎる。
『あぁ、そうだ忘年会!』
本来であれば今日は「居酒屋てる」での忘年会に行くはずだったのだが、そんなことを言っていられる状況ではない。
『……仕方ねぇな。こりゃ今日の忘年会には行けそうにねぇなぁ……』
少しだけ肩を落としつつ、タツヒコは電話をかけることにした。
『はい、居酒屋てるです!』
店主テルアキの明るい声が受話器越しに響く。
『テルアキか?俺だ、タツヒコだ』
『あ、タツヒコさん!どうしたんですか?』
『実はな……』
かくかくしかじか。タツヒコは状況を手短に説明した。
『そうですか……さっきの地震でそんなことになってたなんて……。仕方ないですね。タツヒコさん、しっかり橋を直してあげてくださいね!』
テルアキの応援の言葉に、タツヒコは笑顔を見せる。
『あぁ、すまねぇな。リク達にも悪ぃって言っといてくれ。年が明けたらまた顔を出すからよ!』
電話を切ると、タツヒコは改めて気を引き締め、緊急の現場へと向かった。
『おーおー、こりゃ大変なことになってんな……』
タツヒコが人間の住宅が集まる現場に到着すると、崩れた橋が無惨な姿をさらしていた。橋脚だけが残り、床版は瓦礫となって川の中に散乱している。幸い、崩落自体に巻き込まれた人間はいないということだが、左右を見渡しても迂回できる橋もなさそうなので、このままだと交通が遮断されたままになってしまうだろう。
既に集まっていた人間作業員たちがタツヒコを見つけて駆け寄ってきた。
「タツヒコさん!来てくれて助かります!」
人間作業員の一人が声を上げる。タツヒコは現場を見渡しながら頷いた。
『状況はだいたい聞いた。瓦礫を取り除いて、新しい床版をかければいいんだな?』
「ええ、でも水深が深くて我々では作業が難航していて……」
『まぁ、そこで俺の出番って訳だろ。任せとけ!まずは瓦礫の撤去だな』
タツヒコの頼もしい言葉に、作業員たちの表情が明るくなる。
「ありがとうございます!さすがタツヒコさん!」
タツヒコは冷たそうな水の流れる川面へと目を向け、覚悟を決めたようにパシンッ!と自分の頬を両手で挟んだ。
『よっし、じゃあやるかっ』
そしてザブザブと川の中に足を踏み入れていく。
巨人であるタツヒコにとっては、川の中央部分であっても太ももの付け根程の深さだが、冬の川の冷たさがウェーダー越しにじわりと伝わり、思わず体を震わせる。社長に話を聞いた時点で覚悟していたことではあったが、体の丈夫さには自信のあるタツヒコをもってしても、なかなかにこたえる水温だった。
『……あぁ、冷てぇなぁちくしょう!』
タツヒコはそうぼやきながらも、水を掻き分け、川底に大きな瓦礫が沈んでいる箇所まで足を踏み入れた。崩れた橋のコンクリート片が一部川の流れを妨げている。
『まずは、この辺から片付けるぞ』
タツヒコは両手を川底に伸ばし、大きな瓦礫を一つ掴むと、慎重に川岸へ運び始めた。川の水の冷たさと、吹きつける風の寒さが身にしみるが、それでも黙々と作業を続ける。巨大な手で瓦礫を一つ一つ慎重に取り除き、次々と川岸へ運んでいった。
人間の作業員のみで行えば一つの瓦礫の撤去だけでも多くの時間を消費してしまうが、タツヒコはひょいひょいと大きな瓦礫を持ち上げては、次々と撤去していく。
『……ふぅ、これで片付いたな』
川の流れがスムーズになったことを確認し、タツヒコは一息ついた。
『次は新しい床版だな。準備できてるか?』
「はい!こちらに運んであります!」
人間作業員が指差した先には、何台もの大型トラックに床版が積み上げられていた。
『よっしゃ、持ち上げるぞ』
慎重に床版を持ち上げるタツヒコ。人間達が重機を使って運んできたものも、タツヒコは両腕で軽々と持ち上げていく。
人間作業員たちは細かく位置を確認しながら的確な指示を出し、タツヒコはそれに従い慎重に床版を設置していった。
1時間ほど経つと日が沈んできたため、工事用のライトが点灯される。
タツヒコや人間の作業員達は、手を止めずに懸命に橋を架けるための工事を続ける。
その様子を、両側の川岸から人間たちが見守っていた。ランドセルを背負った小学生や、スーツ姿のサラリーマンなど、住宅街に住む住民たちだ。
凍える寒さの中、橋の修復を見守っていた。その姿を見ると、タツヒコも気が引き締まる。
「巨人のおっちゃん、がんばれー!」
子どもたちの声援に、タツヒコは笑みを浮かべながら親指を立てる。しかし、それはやせ我慢で、その笑顔の裏では冷たい水が腰から下を容赦なく襲い、彼の巨体をガタガタと震わせていた。
『よっしゃぁ…これでどうだ!』
最後の床版をぴたりと設置し終えると、人間たちから歓声と拍手が巻き起こる。
「ありがとう!」「やった!これで家に帰れる!」「年越しも安心して迎えられる!」
小さな声が風に紛れながらも、確かにタツヒコの耳に届いた。
『へへ、いいってことよ!』
その顔には疲労の色が見えるが、どこか満足げな表情も浮かんでいた。
人間の作業員と巨人が協力して困難を乗り越え、多くの人間に感謝されるその光景に、心の中に大きな達成感が湧いていた。
『うー、寒ぃ寒ぃ』
日が完全に沈み、冷え切った体を擦りながらタツヒコは家へ向かっていた。
玄関の鍵を取り出そうとした時、ふと自分の家の窓から漏れる明かりに気が付いた。
『……あれ? 俺、電気つけっぱなしで出たか?』
首をかしげながら玄関を開けると、台所から美味しそうな出汁の香りが漂ってきた。そして、台所からリクが姿を現す。
タツヒコとは学生時代からの付き合いがあり、20年以上の友人関係にある巨人・リク。大柄なタツヒコ以上に背が高く、かつ自衛隊で鍛え上げられた肉体をしているが、今は家庭的なエプロン姿をしている。
『おかえり、タツ』
『リク……なんでここに?』
予想外のことに驚くタツヒコ。リクはそんなタツヒコの反応を見て、少しぶっきらぼうに答えた。
『忘年会が終わった後に来て、合鍵で入らせてもらった。テルアキから話は聞いたからな。んで、台所も使わせてもらってるぞ。ほら、川での作業だったんだろ? 鍋用意してやってるから、とりあえず風呂に入れ。お湯は張ってある』
言葉の調子はそっけないが、寒さでこわばったタツヒコの体を気遣うかのような準備をしてくれている。ぶっきらぼうな態度の裏に隠された細やかな気遣いや面倒見の良さを、タツヒコはひしひしと感じ取っていた。
『あ、あぁ……悪ぃな。ありがとう』
タツヒコはリクの言葉を受けて少し照れくさそうに頭を掻きながら、風呂場へと向かった。
タツヒコはため息をつきながら湯船に足を浸け、そのまま体を沈める。冷え切っていた筋肉がほぐれていくのを感じ、思わず声が漏れた。
『ふぅ……生き返るな、こりゃ……』
湯船の中で目を閉じると、今日の出来事が次々と頭をよぎる。
冷たい川の中での作業のことや、周囲から聞こえた子どもたちの元気な声援、人間たちの感謝の声。寒さで震えながらもやり遂げた達成感がじんわりと胸に広がる。
『……大変だったけど、まぁやってよかったよな』
ぽつりと独り言を漏らしながら、タツヒコは肩まで湯に沈んでいった。湯船の中で体が完全に温まるまで、しばし疲労を癒す時間を楽しんだ。
風呂から上がったタツヒコを待っていたのは、リク特製の美味しい鍋だった。
『ん~!うめぇ!やっぱ冬は鍋に限るなぁ!』
タツヒコは鍋を豪快に掻き込み、勢いよく頬張る。湯気と共に広がる食材の香りが食欲をさらにそそり、タツヒコの顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
風呂と鍋のおかげで、冷え切っていた体はすっかりほくほくと温まり、タツヒコの顔に赤みが差す。
リクも向かいで鍋をつつきながら、穏やかな笑みを浮かべてぽつりと労いの言葉をかける。
『まったく、お前の働きっぷりには頭が下がるよ。この寒い中でよくやったな』
『へへ、まぁな!』
タツヒコは缶ビールをゴクゴクと喉へ流し込みながら答えた。美味しい鍋にすっかり気分を良くしている様子だった。
『あと、テルアキからこれも預かってきた。お仕事大変だろうから、おでんをどうぞってよ』
リクが差し出したのは、香り高い出汁の匂いが漂う、おでんが詰められた小鍋だった。
『……』
タツヒコはふと急に、胸の奥がジーンと熱くなるのを感じた。仕事で疲れ切った身体に、リクの気遣いやテルアキの心配りがじんわりと染み込んでくるようだった。
『へへ……みんな、ありがとな!』
目頭が熱くなっているのを悟られないようにタツヒコは再び鍋を掻き込み、ひたすら口を動かしてごまかした。
リクはそんなタツヒコを少し微笑ましそうに見ながら、今日の橋での工事のことについて話すタツヒコに相槌を打つ。
それからも2人で近況を話したり、学生時代の思い出話に花を咲かせていたとき、タツヒコがふと時計を見ながら、新しい缶ビールのプルトップを開ける。
『そういえばお前、門限とか大丈夫なのか?』
『ああ。元々忘年会みたいな時は外泊届け出すようにしてるから問題ない。……それより、流石に呑みすぎだぞ』
リクは軽く睨むように指摘したが、タツヒコは既にゴクゴクと喉を鳴らしていた。
『いいじゃねぇか。頑張ったんだ、今日くらい良いだろ!な!硬いこと言わずにお前ももっと呑めよ!』
そう言いながら、タツヒコはリクのすぐ横へ移動し、リクの肩に腕を回すと缶ビールを手渡した。
リクは呆れながらも、あまり強くは言い返さず、その缶を受け取った。
それからもタツヒコは調子に乗って飲み続け、次第に顔全体が赤くなり、頭もぼんやりとしてきた。
『ほら、もうやめとけって……』
リクが嗜める声ももはや耳に入らない様子で、タツヒコは缶を片手に大声で笑いながら飲み続けた。
二人で時間を気にせずくだらない話をしているうちに、タツヒコの記憶はだんだんと曖昧になっていった――。
翌朝。タツヒコは重い瞼をこじ開けた。いつの間にか万年敷きっぱなしの布団の中に入っていたようで、モゾモゾと掛け布団から腕を出す。
自分の周囲には空になったビール缶が散乱しており、食卓には昨日の晩の鍋がそのまま放置されている。
『うー……呑みすぎた……』
掛け布団を引っぺがしながら、酒の残った頭を押さえながら体を起こそうとすると、何やら妙にスースーすることに気づいた。
『んん……?』
そして、自分が裸であることに気づく。
さらに隣を見ると、同じ布団の中で自分と同じく全裸の状態で寝息を立てているリクの姿があった。
『な、な、なんじゃこりゃ――!』
慌てふためくタツヒコの声に、目を覚ましたリクも一緒になって朝からギャーギャーと騒ぐことになるが、それはまた別の話。
終
- このフォーラムには<div class="gw-forum-author-col"><a href="https://gigantworlds.net/forums/users/soda/"><img alt='' src='https://gigantworlds.net/wp-content/uploads/2025/01/soda_avatar-24x24.jpg' srcset='https://gigantworlds.net/wp-content/uploads/2025/01/soda_avatar-48x48.jpg 2x' class='avatar avatar-24 photo' height='24' width='24' loading='lazy' decoding='async'/><span class="gw-name">ソーダ</span></a></div>件のトピックがあり、最後に
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